五感のスイッチを切り替える非日常的な空間として、嶋田耕介さんが次に選んだ場所は、複数の鉄道が乗り入れる郊外の住宅地。駅前の地下100坪という店舗面積をぜいたくに使い、非日常性を演出。コーヒーやクロワッサンの品質の高さをあえて主張しないことが、意外性のある驚きを生んでいます。
時間をかけて発酵させたクロワッサンの香ばしさ
JR横浜線・橋本駅前にある「ZEB Coffee & Croissant」スタッフの朝は、4時半に始まります。
前日から14時間かけて寝かせ、一次発酵が終わってふくらんだ生地に、バターを折り込んでいくのです。生地の折り畳みを繰り返し、18層にまで重ねていきます。クロワッサンの形に成形し、さらに二次発酵に入ります。
9時になると、いよいよ焼き始めです。店は10時にオープンし、昼頃に焼き終わるようになっています。週末はとくにクロワッサンが売れるため、作業開始は深夜2時になることもあるほどです。
おいしさの秘密のひとつは、フランス・ボース産の特注の小麦粉。高価なため通常は香りづけに少量を混ぜて使いますが、「ZEB」ではこの粉を100%使用します。無精製のきび砂糖、シチリア産の塩、良質なバター100%は控えめに、ごくわずかな小麦酵母とイーストを加え、時間をかけて発酵させます。
焼き上がりの皮がクリスピーなのは当然として、中をしっとりと生地のもつ香りを味わうために、試作の段階からサイズはどんどん大きくなっていきました。両手がちょうど隠れるくらいのリッチなたっぷりサイズ。ずっしりと重量感のあるクロワッサンです。
ドアを開けて驚く100坪の広大な空間
都心に近い20㎞圏内で、「ZEBRA」の理念を感じられる非日常空間をつくりたい。それが新店舗のコンセプトでした。橋本駅前の店舗候補地は地下にあり、日中は外光が入りません。しかし、むしろ外界から遮断したほうが、日常から離れられる。店舗の床面積は100坪。「ZEBRA」よりも広く、ドアを開ければ意外なほど大きな空間のサプライズがメリットになると思ったのです。
周囲には多摩美など大学がいくつかあり、文化的な施設もあります。「ZEB」を起点にしたカルチャーが生まれることも期待して、ここに店舗を設けることを決めました。
誰もがおいしいと感じるナッティとフルーティ
「ZEB」で使用する豆は、「ZEBRA」で焙煎しています。
豆を選ぶ基準は「ナッティ」と「フルーティ」の2軸です。
ナッティはナッツのように香ばしく、しっかりしたボディでオイルのコクと旨味があるもの。フルーティはフルーツのように華やかで甘味があり、フルーツとしてのコーヒーチェリーを感じさせるものを重視します。
このふたつの要素を5段階評価にし、総合点の高いものを選ぶようにしています。扱っているシングルオリジンの豆の種類は5種類。コーヒーはワインよりも出来上がりの振れ幅が大きく、雨が長引くと影響を受ける種類があります。候補10種類の中から、その年の出来、不出来によって5種を入れ替え、日々「本日のコーヒー」として数を絞って提供しています。
焙煎は2日に1度のペース。1種類の豆を5日で使い切るようにしています。焙煎直後から味が落ち着くのに2日程度かかるのですが、それは焙煎したての豆に炭酸ガスが多く発生するためです。100gの豆に対し、約200ccほど。コーヒーの袋がパンパンになったり、ガス抜き孔があるのはそのため。フレッシュさがおいしさにつながる豆もあるので一概には言えませんが、お湯を注いだ時に新鮮な豆ほど泡が出て、焙煎臭が強くなるのはそういう理由があるからです。
スペシャルティコーヒーと気づかせない配慮
メニューはすべてシングルオリジンで、「本日のコーヒー」の抽出法はフレンチプレスで提供します。
あえてスペシャルティコーヒーという言い方をしていないのは、コーヒーをオーダーする際のハードルをあまり上げたくないからです。コーヒーマニアが来る店ではなく、誰もがふつうに飲める店でありたい。種類がたくさんありすぎて頼めないというふうにはしたくありません。
だから、人気があるのは、甘味がストレートに伝わってくるブラジル産のダテーラ農園の豆。嫌いな人はいない、みんなに薦めたくなるようなアフターテイストをもっています。
最高級品質の豆を入荷していますが、ふらりとやってきた方に「意外な場所でこんなにおいしいエスプレッソが飲めるとは」と言っていただくと嬉しいです。
ここでは、非日常を体験していただきたいと思っています。価格を高くしてハードルを上げたり、コーヒー豆をたくさん売ることが目的ではありません。
五感のスイッチを切り替えられる場所。
それは場所が違っても「ZEBRA」に共通する考え方なのです。
本記事は2015年3月現在の情報です。