味はジオメトリー。味を比較しながらからみ合ういくつかの数値を厳密に決めていく

建築デザイナーとしてシアトルに事務所を構える辻純一さんは、エスプレッソマシンのLA MARZOCCO社とともに「マキネスティコーヒー」の前身を創業。エスプレッソの抽出の学び舎として、多くのバリスタが腕を磨きました。現在は錦糸町に焙煎所と一体となったカフェをオープン。コーヒーにまつわる文化を伝えています。

はじまりはカフェを教えるカフェとして

Alt text

「macchinesti」とは、イタリア語でマシンを取り扱う人、指導する立場にある人という意味で、2000年にカフェを教えるカフェとして開業したのが始まりです。
 シアトル在住の建築デザイナーとして、会社を経営していた私は、エスプレッソマシンメーカーの「LA MARZOCCO」米国法人社長と知り合いました。日本にショールームを設けたいとの相談を受け、ジョイントベンチャーで東麻布に小さな会社をつくりました。
 マシンの使い方を説明するだけでなく、カフェラテやラテアートの”葉”を表現するロゼッタのつくり方を教えたり、業界の人を対象としてエスプレッソの抽出法を伝えていました。
 イタリアでカフェを開業する際に、豆の業者がエスプレッソマシンを無料で提供する文化があります。しかし「LA MARZOCCO」は高額のため贈られることはなく、ショップがわざわざマシンにお金を投じるだけの価値があるメーカーとみなされています。
 ちなみに日本ではなぜか「マルゾッコ」と言うようですが、「macchinesti」ではアメリカにならって「ラマゾッコ」と呼んでいます。
 創業者の息子で名誉会長のピエロ・バンビ氏は品質に対する妥協のない人で、組み立ての流れ作業を嫌い、ひとりの熟練したエンジニアがすべての工程を担当して1台のマシンをつくり上げます。使っているうちに馴染んできて、もちろん故障もしますが、直す都合よりも一杯のコーヒーをつくるための、最高の淹れ方を優先させたマシンなのです。

大量生産ができない場所にスペシャルティはできる

Alt text

その後、両国に事務所を置き、空輸による豆の劣化に対処すべく、事務所内に焙煎所を設けました。広尾や代官山にもカフェを出店しましたが、リーマンショックの影響もあり閉店。焙煎所とカフェが一体となった念願の店を2013年春に錦糸町にオープンし、現在に至っています。
 店で出すシングルオリジンでポァーオーバー用の豆は中米のコスタリカ、グアテマラ、東アフリカのエチオピア、ケニア、イエメン、環太平洋ではハワイ、インドネシア、インドなどが中心です。
中米のスペシャルティコーヒーの木が生える場所は、標高1500m〜2000m、斜度45度ぐらいの急斜面も活用されています。当然、雨期になれば嵐になります。どしゃぶりなんてものではありません。1m離れている人の声が聞こえなくなるぐらいの激しさです。場所にもよりますが、水はけを考えれば、急斜面でないと作れないコーヒーの風味もあるのです。畑の場所もバラバラで、重いコーヒー豆をトラクターの荷台に積み、急斜面を折り返しながら、道なき道や川の中に入っていく。手間ひまがかかり、大量生産もできない。でも、厳しい環境だからこそおいしい豆が育つのです。

味は幾何学で数値を厳密に決めていく

Alt text

おいしいエスプレッソを出している店かどうかは、抽出しているときのバリスタの視線を見ればわかります。「バスケット」から落ちてくる液体に注意し、落ちるポジション、落ち方、色具合を見て抽出をいつ止めるか判断します。
 豆を入れるバスケットにはいろいろな形があり、底の穴の形状、側面のふくらみやカーブの仕方、突起の有無、豆を入れる深さなどが選べるようになっています。

Alt text

バスケットの豆を上から押さえる「タンパー」も、53~58㎜の幅から選択できます。挽いたコーヒーの粉は均等にバスケットに入れ、タンパーを水平に押します。そうでないと、お湯が密度が低い部分へ流れ込んだり、傾斜の方へ多く流れたりし、豆全体に行き渡らず、出がらしの部分や不十分な抽出など、ばらつきがでて、結果としておいしく抽出できません。
 タンパーは体の重みをあずけるようにして20㎏の力で押します。手の力は使いません。次にバスケットを収納しているポルタフィルターの横を叩いて内部のコーヒーを整えます。さらに、10㎏の力で2回、タンパーを回しながら押していきます。コーヒー豆の表面をスムーズな平面に押し固めます。

Alt text

お湯の温度も0.125度Cごとに調整し、空気の温度、湿度などを考慮しながらその豆にとってのベストなポジションを探していきます。
 味はジオメトリー(幾何学)。味を比較しながらからみあういくつかの数値を厳密に決めていく。この作業なくして、おいしいエスプレッソはつくれません。

コーヒーを通じて多様な文化に目を向ける

Alt text

当店では、スタンダード、カスタム、オリジナルのさまざまなコーヒーの飲み方を提案しています。ひと口にエスプレッソといっても、国によっていろいろな飲み方があります。
「ロマーノ」は、カップの底にグラニュー糖を沈ませ、抽出したあとにレモンピールでカップの周りを香りづけしたものです。ローマ風と謳っていますが、本場イタリアでは見られず、アメリカで好まれている飲み方です。「macchinesti」では、飲み終わったカップにセカンドコースとしてお湯を注ぎ、カップに残ったエスプレッソの風味を楽しみます。さっぱりしているのに深みがあり、驚くほどコーヒーの味が立ちます。
「ウェットカプチーノ」は伝統的な北イタリアの飲み方。ミルクにスチームをかけてからエスプレッソを抽出し、そして注ぎます。ミルクがまったりと濃厚で、なめらかになります。
「ドライカプチーノ」はシアトルの文化。ふわふわのミルクの泡と底に沈んだエスプレッソをスプーンで1、2回混ぜ合わせ、泡を食べて楽しむ”食べるコーヒー”です。
「コルタディート」はラテン風、中南米のカプチーノ。キューバは砂糖の産地で、キャラメル化するなど、その扱いに様々な工夫があります。コーヒーは華やかな香り。カリブ風の味を出すために手を加え、スパイシーな風味に仕上げています。
「キュバーノ」はラテン風エスプレッソです。甘くフルーティで、とくにスパイシーなのは独自に香辛料を加えているから。長年コーヒーを挽くミルで香辛料も挽いていたので香辛料の削残は当然コーヒーと交じり合い、独特な風味を醸し出します。
世界は広く、コーヒーの楽しみ方は地域によって異なります。コーヒーの産地は非常にエキゾチックで魅力的。21世紀の現代的な社会だけが人間社会ではありません。コーヒーを通じて、それらの国々の文化にも興味をもっていただけたらと思っています。

Alt text

本記事は2015年3月現在の情報です。