コーヒーと寿司というのはアンマッチですが、いつかその約束を実現したい思いはあります

デザイン家具と雑貨を扱う三鷹のカフェ「DAILIES」。そこに突然、高架下のカフェ開業の話が舞い込みます。「DAILIES」代表取締役の横田千里さんは厨房を担当していた浅野茂雄さんに白羽の矢を立て、「DAILIES CAFÉ ヒガコ」店長としてオープンさせます。そこには親子のような信頼関係がありました。

高架下のイメージを変えるショップづくり

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 JR中央線・三鷹駅の南口を出て、商店街を約10分ぐらい真っすぐ進んだところに、僕が勤めていた雑貨とカフェの店「DAILIES」があります。元々は家具屋からスタートしたその店は、日常の生活にちょっとした豊かな雰囲気を与えてくれるような、デザインへのこだわりのある品々を取り扱っています。
 僕が厨房を任されていた2014年2月、JR東日本の営業の方が、ふらりと店にやってこられました。聞けば“東小金井駅の再開発プロジェクトで、高架下のイメージをがらりと変えるような店舗をつくりたい。ついては「DAILIES」に店舗として入ってくれないかというものでした。唐突な話に面喰らいましたが、社長と一緒に話を聞いていくうち、「おもしろい話なのでやりましょう」ということになったのです。
 中央線のこの武蔵野界隈では線路の高架化工事が進んでいて、駅周辺の風景ががらりと変わりつつあります。すでに東小金井駅には駅直結のショッピングエリア「nonowa東小金井」が2015年2月にオープンし、東側には地元小金井のつくり手たちの工房兼ショップやイベントスペースが、西側にはコミュニティサイクル「Suicle」のポートと「DAILIES CAFÉ ヒガコ」が入っています。

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JR東日本の話では、この時すでにプロジェクトのかなりの部分が進んでいて、デザイン費用も含めてJR東日本が準備する、店舗にはコンテナを使う、内装は低コストでデザイン重視といった方向性が定まっていました。
 社長は最初から、僕を「ヒガコ」の店長にする腹積もりのようでした。とはいえ、開業予定の11月1日まではあまり時間がありません。内装を中心に、「DAILIES」らしさを出すためのアイデアづくりが始まったのです。

家庭の延長にあるくつろげる空間

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 まず初めに、家具のレイアウトを考えました。ソファやテーブル、チェアは自分の家の延長として考えられるもので、デザイン的にも妥協しないものを選んでいます。家具はすべて「DAILIES」で販売しているものですが、「ヒガコ」では購入できず、あえてその主張はしていません。
経営的には席を増やしたほうがいいのは当然ですが、売り上げベースではなく、お客さんがゆったりとくつろげる空間をつくることを優先しました。ベビーカーでいらっしゃる方にとっても、入りやすくなっていると思います。

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壁があまりにも殺風景だったので、美大生のスタッフに描いてもらった絵を飾るようにしました。彼は「DAILIES」のグループ店に足かけ3年ぐらいいるのですが、すべて売り物で、これまでに2枚売れました。
「DAILIES」には、卒業したスタッフが開業したいくつかのグループ店があります。
 雑貨をセレクトしているのは、「DAILIES」と小古道具店「四歩」(しっぽ)。
 食器やインテリア雑貨は「四歩」が担当。商品のりんご箱もアクセントとして棚代わりに使用しています。「ヒガコ」にいらっしゃるお客さんに、どちらの商品を選択してもらえるかは試行錯誤中です。

スペシャルティコーヒーをさりげなく提供

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 コーヒーは「横森珈琲」が担当することになりました。社長の横田さんとシフォンケーキ専門店「モリスケ」の森さんが共同経営する喫茶店で、8年ほど前に「モリタコーヒー」を開業。2014年7月に焙煎機を導入し、スペシャルティコーヒーを提供する「横森珈琲」として生まれ変わりました。
 焙煎機は最大1㎏まで対応する「富士珈機」の「R-101」。農園指定の良質の生豆を、少量ずつ入念にハンドピックして自家焙煎しています。「横森ブレンド」はケニア、ブラジル、グアテマラの豆を使用したフルシティロースト。ねっとりとした豊かな甘みと深い味わいが特徴で、「ヒガコ」のブレンドにも採用しました。
 エスプレッソは提供せず、機械式のペーパードリップで、一杯一杯お湯を注いで淹れています。豆の蒸らしも考え、お湯は数度に分けて少しずつ淹れていきます。本来はハンドドリップで淹れたいところですが、おいしいコーヒーを淹れるにはつきっきりで2~3分はかかってしまいます。お客さんはコーヒーマニアではないので、注文に対応するにはこの方法が妥協点といったところでしょうか。
 オープンして間もないことから、シングルオリジンを扱うことは考えていません。今後ブレンドが定着してきた段階で、どういうものを仕入れるかを考えていくつもりです。

「ヒガコ」のコーヒーにいつか巻物を添えて

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 僕自身、三鷹の出身で、親父は「あさの寿司」という寿司屋を経営していました。太巻きの「あさの巻」が名物で、妹の名も“まき”。息子には茂雄と名前をつけるほどのジャイアンツファンで、「DAILIES」社長の横田さんも常連のひとりだったのです。
親に反発し、大学卒業後は食品卸の会社に就職しました。ところが2年ほど勤めたところで、親父が交通事故で他界。
僕の手に寿司を握る技術があるわけもなく、継ぐこともできずに廃業させてしまいました。それまで、親父みたいにはなりたくないという自分がいたのですが、早朝から築地に仕入れに行く父を見て、尊敬する気持ちもありました。自分には寿司屋を継ぐ力すらないことに、亡くなってから気づいたのです。
会社を辞め、居酒屋でバイトをしながら、ロサンゼルスを拠点に放浪。ビザが切れるぎりぎりまで過ごして日本に帰ってきた時、見かねた横田さんが声をかけてくれました。
親父は「DAILIES」の空間とオムライスがお気に入りで、よくコーヒーを飲みに通っていました。
「DAILIES」に就職することになった時、社長に「いつの日かお前のカフェで、親父の寿司である巻物を出せ」と言われたのです。それもあってでしょうか、僕は「DAILIES」で厨房を担当することになったのです。
コーヒーと寿司というのはアンマッチですが、いつか「ヒガコ」でその約束を実現してみたいという思いはあります。カフェ流にアレンジした巻物を出すことが、いまの自分のひとつの目標であり、到達点かなと思うのです。

本記事は2015年3月現在の情報です。