「飲むなら本物を飲め」と、おじいちゃんがコーヒーメーカーを買ってくれたのを覚えています

栢沼(かやぬま)良行さんは2005年に単身中米に渡り、3年かけて農園などと独自のネットワークを構築してきました。2008年にはエルサルバドルでは外国人として初めて豆の品評会「カップ・オブ・エクセレンス」の審査・運営過程に参加。2008年、世田谷に中米スペシャルティコーヒーの専門店を設立し、新しい高品質の基準を提唱しています。

コーヒーの風味の違いはどこからくるのか

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 私は子どもの頃からコーヒーが好きで、高校時代には自分で淹れたコーヒーを学校に持って行くほどでした。毎朝、手回し式のコーヒーミルで豆を挽き、ドリップして飲む。高校1年の時、「飲むなら本物を飲め」と、おじいちゃんがコーヒーメーカーを買ってくれたのを覚えています。
 焙煎豆屋がインターネット販売を始めた2000年頃、初めて他のコーヒーと区別できる豆に出合いました。明らかに、豆自体が違う。それがスペシャルティコーヒーでした。
豆の個性がはっきりしていて、特徴がわかりやすい。香りや深み、キャラメル、チョコといったフレーバーがある。これまで嘘だと思っていた豆の専門書の味の解説が、初めて理解できました。
この風味の違いはどこから来るのだろう? 風味の違いの起原を知りたい。
某外食大手に就職した後、日本のスペシャルティコーヒーの先駆け「堀口珈琲」に入社しました。喫茶を経て焙煎専門の部署に配属されましたが、焙煎の先に何かがあると直感。原産地栽培に興味を持ち、会社を辞めて単身中米に渡ったのです。

外国人として初めて豆の審査会に参加

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グアテマラ、コスタリカ、ニカラグア、メキシコ。これらの国をめぐり、ホームステイをしてスペイン学校に通いながら、地元のコーヒー協会を訪ねたり、農園を見に行ったりしました。
数えきれないくらいの農園をまわりました。このとき、日本にまだ輸出されていない数多くの素晴らしいコーヒー豆に出合ったのです。
ニカラグアで焙煎所を併設するカフェで働いたあと、中米を3年かけてまわった締めくくりに、日本人として初めて、エルサルバドルのコーヒー学校「Escuela de Café」に入学しました。
コーヒー学校で勉強していると、先生が「COE(カップ・オブ・エクセレンス)2008」の現地審査員をやってみないかと薦めてくれました。先生は自らが審査員で、プログラムづくりにも関わっていました。トップと面接したところ、正式オブザーバー兼スタッフとして参加することが認められ、エルサルバドルでは外国人として初めて、COE国内予選から国際審査まで、すべての審査過程に参加することができたのです。COEには翌年も、スタッフとして参加することになりました。
地方で予選会が2回あり、上位は国際大会へ進出できます。COEに優勝するとインターネットオークションにかけられ、豆は高値で取引されるのです。
日本からは茨城の「サザコーヒー」鈴木太郎氏が国際審査員として訪れていました。「自分で店をやればいい」と薦められたことで意を新たにし、2008年に帰国。開業準備に入りました。

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多品種・少量生産の中米コーヒーの魅力

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 2008年10月、中米スペシャルティコーヒー専門店「cafetenango」を設立しました。
いま10カ所の中米の農園とつき合いがあり、扱う豆の種類は30近くになります。
中米コーヒーの特徴は、農園が機械化されていないことです。ひとつの農園で多品種の豆を栽培し、豆の扱い量はとても少ない。
対して南米は大規模農園が多く、とくにブラジルは大農園という印象があります。単一品種、大量生産でプランテーション的です。
中米コーヒーはいまひとつ知名度が低いため、なんとかブランド化して、“中米コーヒーはすごい”ということをアピールしていきたいと考えています。

生豆の精製法によって風味は変わってくる

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中米に渡って確信したのは、生豆の精製法により、コーヒーの味は大きく変わってくるということです。
コーヒー豆の精製といっても、ほとんどの方は知らないでしょう。
まず、摘み取った新鮮な果実は、果肉除去機にかけられ、コーヒーチェリーの実がざっくりと取り除かれます。種の周りにはぬめりが残っているので、発酵槽に漬けて分解をうながします。次に水で洗ってぬめりを取り、乾燥させるのです。乾燥した豆は脱穀して袋詰めにします。これが精製の一連の流れです。
果肉を除去するこの方法は「Washed」という一般的な精製法で、味がクリーンで澄んだ印象になります。
「Natural」という精製法は果肉は取らず、摘み取ったらすぐに乾燥させます。味は果実が発酵した感じで、ワイニー(赤ワインっぽい)ともストロベリーらしいとも言われます。
「Honey」はざっくり果肉を除去したあと、完全には取り除かずにそのまま乾燥させる精製法です。糖分である果肉をつけて乾燥させると表面がキャラメル化し、そのような風味になります。
乾燥はパティオに広げて天日干しにしますが、農園の設備や規模により、自分で行なうところと他に任せるところがあります。半生の状態の豆を運ぶことになりますから、できれば乾燥までは移動時間が近いほうがいいわけです。
スペシャルティコーヒーという新しい評価基準が導入されたことで、コーヒーへの視点は大きく変わりつつあります。
これまでは、焙煎されたコーヒー豆の違いを評価する時代でした。しかし、これからは、生豆の精製法や産地の環境にまで気を配っていく、新しい捉え方が求められていると思います。生産地を含め、精製法から焙煎、抽出まで、コーヒーをトータルに捉える時代へと転換しているのではないでしょうか。

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本記事は2015年3月現在の情報です。