「賢者の声」はビジネス業界の著名人や、現場第一線で活躍する有識者の方々からの意見を集めた言論媒体です。この投稿ではオムニチャネル事情に精通する岩田昭男さまに寄稿を頂きました。
著者プロフィール
岩田昭男:消費生活ジャーナリスト。1952年生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。
同大学院修士課程修了後、月刊誌記者などを経て独立。流通、情報通信、金融分野を中心に活動する。
オムニチャネルとは
ネットショッピングが相変わらず人気ですが、少し前までネットに関してO2Oという言葉が盛んにいわれていました。O2Oとは、オンライントゥーオフラインの略で、それまでネット中心に展開していたIT事業者が、自らの事業範囲を、リアル市場にも拡大しようとして掲げた戦略です。
IT事業者たちは、2000年頃からのネットショッピングのブームで、十分に稼ぎ、自信をつけたので、もっと外に出て儲けようと考えたからです。
野村総合研究所の調べでは、2012年当時、インターネット市場の規模は8兆円だったのに対して、リアル市場はその13倍の110兆円もあるといわれており、それが手付かずの状態で残されていました。そこに目をつけたのです。
この戦略をいい出したのはGoogle、Apple、Facebook、Amazonの世界4大IT企業でしたが、日本ではネット通販大手の楽天がいち早く反応しました。
日本企業が目をつけたのは共通ポイント
楽天市場がオープンしたのは1997年。以来、手厚いポイントサービスと様々なキャンペーンで急速に業績を拡大しました。2005年には楽天カードを導入しポイントと連動させてお得感を演出し、さらに業績を伸ばしました。
2014年にはO2O路線を鮮明に打ち出し、その突破口として共通ポイントを選びました。共通ポイントとは業種を超えて貯まるポイントサービスのことで、利用者が生活導線に沿って買い物していけばポイントがたくさんたまるので評判は上々でした。当時はTポイントとPontaが二強でしのぎを削っていましたが、誕生から日の浅い市場だったので、くみしやすいと楽天は三番手で「楽天Rポイント」として名乗りをあげました。
共通ポイントの歴史
ここで一旦日本における、共通ポイントの歴史を振り返ってみましょう。Tポイントが登場したのが2002年。二番手のPontaが出たのが2010年で、その間8年のひらきがあったので、主なナショナルチェーンブランドはTポイントがほとんど囲い込んでしまいました。ファミリーマート、エネオス、ガスト、マルエツ、ANAなどそうそうたる企業が揃っています。その際も一業種一社という厳しい決まりを作り、グループ内の秩序を守ることを優先しました。
一方のPontaは出遅れ感がありましたが、三菱商事という強力な後ろ盾があったので、JAL、昭和シェル石油、ローソン、ケンタッキーフライドチキンなど、Tポイントに入るのを躊躇していた二番手企業がごっそり入ってきました。
そして上述した三番手で飛び込んだ楽天は、大変に苦戦しました。というのも、残った企業でめぼしいところは大手でほとんどなく、何とか大丸松坂屋百貨店と出光興産、さらにコンビニで第4位のサークルK・サンクスを手に入れたくらいだったからです。Tポイントの1業種1社というルールが徹底されていて、楽天とTポイントの両方に入る掛け持ちを許さない空気がありました。これに楽天側は反発しましたが、業界全体がTポイントのいい分に従ったために、枠組みを崩すことはできませんでした。
ネット事業にとっての具体的課題
加盟店の開拓も思ったようには進みませんでした。そもそも加盟店獲得に必要な泥臭い営業は、ネット事業者たちが最も不得手な分野です。さらに、打撃になったのがサークルK・サンクスがファミリーマートに取り込まれたことでした。これから共通ポイントの拠点に育てようと思っていた矢先だったので楽天側のショックは大きかったといえます。その上扱う共通ポイントが全てファミリーマートのTポイントに変えられてしまったのも痛手でした。
楽天のリアル参入から4年が経って最近になってやっと楽天スーパーポイント(途中でRポイントから名称を変更)は共通ポイントとしての認知を受けたようです。しかし、リアルの壁は未だ高くそびえています。
1業種1社の壁、企業吸収によるパートナーの脱落、加盟店営業の難しさなど、新興事業がオムニチャネルを展開するには、こうした逆風を真正面から受けて耐える必要があります。楽天もリアルの世界はネット程簡単にはいかないということを肝に銘じたことでしょう。しかし、楽天の優れた所は、それでもめげずに多角的にビジネスを展開し、仮想通貨などにも進出し金融部門や他の事業で成長を見せている事でしょう。
現実路線に舵を切ったオフライン陣営
ほっと胸を撫で下ろしているのがリアルな店舗を展開する流通事業者たちでしょう。IT事業者の侵攻が成功していたら、片端からその軍門に下ることになった可能性もあったからです。しかし、今回は何とかリアルの壁が防いでくれたので、業界全体には安堵感が広がっています。
しかし、これらの企業は、すでにO2Oに対抗してオムニチャネル戦略を展開しています。IT事業者がネットからリアルに出てきたのに対し、こちらはリアルからネットに出て行こうとするのはもちろん、ネットからリアルの流れも含めた双方向のコミユニケーションを考えています。それがオムニチャネルです。
セブン&アイ、ヨドバシカメラの顧客管理術
代表的な採用企業がヨドバシカメラやセブン&アイ・ホールディングス、イオングループ、青山商事などです。最近動きが激しいのがセブン&アイグループでまずここから見ていきましょう。
同グループのサービスは、オムニ7といいます。これまではアマゾンに対抗できるような大規模なネット通販サイトの構築を考えていましたが、業績不振に加えて、経営者が変わったこともあり最近は方向転換し、リアル店舗を中心とした展開に改めています。イトーヨーカドーとセブンイレブンは6月からアプリを顧客に提供して、顧客ひとり一人との関係作りを急ぐ方針といいます。
量で攻め立てるAmazonなどのIT事業者のやり方を見ていて、小売り流通としての立場から別のオプションを提案しているといえます。IT事業者たちが軽視した「現実感」をより重視する方向に舵を切ったとみられています(現状はまだオムニ7のサイトを見るとまるでAmazonのポータルサイトのようですが、いずれ簡素なものになるでしょう)。
その点でもうまくやっているのかヨドバシカメラではないでしょうか。ヨドバシ.comというサイトが有名ですが、ここは値引率の大きさと即日配送が中心といったところが人気になっています。ヨドバシカメラは自前で配送員を抱えてやっていますから、スピーディなのです。またリアル店舗と連携して対応してくれる点も評価できます。
リアル店舗とネットが別々に存在するのではなく両者の融合を積極的にやっているのが高評価の理由です。その仲介をするのが電話ということになるでしょう。リアル店舗に電話をすると係員が親切にアドバイスしてくれます。
それからネットで買うか、店舗に行くかを考えればよいのです。これはIT事業者では絶対やってくれないサービスです。セブン&アイ・ホールディングスとヨドバシカメラに共通するのはリアル感であり現実の強みです。ネット向けに特化するのではなく、リアル店舗の強みをそのまま生かして融合させて利用者のニーズに合わせようとしています。強い足腰を生かして、またコミユニケーション能力を制限することなく取り込むことで個人のニーズに応えている、これが成功の秘訣と思われます。
中国版ヨドバシカメラをみつけた
一方で、中国でも同じ傾向が出てきています。最大手のネット通販サイトであるアリババは、権威があって多くの人に利用されていますが、個人向けサービスからするといまひとつといわれています。それは、社員が、自分たちは情報サービス業者で、他とは違うと、お高くとまっているために、決して、現場に出て接客したり、アドバイスをすることはしません。そうした点で、限界が見えてきたというのです。
それに対して、最近急速に伸びているのが二番手の「ジンドン」(=JD.com)というネット通販です。ここは家電製品が人気になっていますが、常にリアル店舗と連携して良いものを探してくれるので評判が良いのです。今後はこちらの方が伸びていくとみられています。現実感のある方が伸びるといった点は、日本も中国も同じようです。そして、消費者の好みもどんどん変わり、厳しくなってきていることも付け加えなくてはなりません。
まとめ
消費者のことを本当に考えるのなら、ネットか店舗かではなくどちらもまんべんなく対応できる体制を作ることが先決です。ネットだけではなく、リアル店舗のネットワークを生かして商品を提供したり、店舗側もネットで予約を受け付けて商品を取り置きするなどのコラボ体制がきちんとできないと十分とはいえないでしょう。そうしたところが最も優れた流通業者となるのです。
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