【商いの​コト】特集:ものづくりの、​一歩先へー筒井時正玩具花火製造所

成功も​失敗も、​すべては​学びに​つながる。​ビジネスオーナーが​日々の​体験から​語る​生の​声を​お届けする​「商いの​コト」。​3回に​わたり、​九州で​ものづくりに​まつわる​商いを​する​方々を​紹介します。​伝統的な​ものづくりを​続けながらも、​変化を​敏感に​捉え、​新しい​ことに​取り組む​その姿は、​きっと​私達にも​ヒントを​与えてくれるはずです。

つなぐ加盟店 vol. 54 筒井時正玩具花火製造所 筒井良太さん・​今​日子さん

どんな​業界にも、​その世界の​常識が​ある。​その常識から​外れるのは​勇気の​いる​ことだ。​
江戸時代から​続く​玩具花火の​代表と​いえば、​線香花火。​今や​花火は​海外の​量産品に​押されて、​国内の​工場が​衰退の​一途を​たどる。​唯一線香花火を​作り続けているのが、​筒井時正玩具花火製造所。​安い​量産品が​当たり前の​業界に、​1箱1万円の​高級花火を​投入した。

仕掛け人の​筒井さん​夫婦が​大事に​したのは、​“これならうまく​いく”と​信じた​直感を​最後まで​貫き通した​ことと、​“線香花火”の​本質を​見極め、​それを​生かす商品を​開発した​こと。​逆境の​中で​どう​その​答えを​見つけ、​成功に​至ったのか。​これまでの​道のりを​聞いた。

目次



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玩具花火の​世界

筒井時正玩具花火製造所​(以下、​筒井時正)は、​福岡県みやま市に​約90年続く、​玩具花火の​製造会社だ。​玩具花火とは、​家庭で​気軽に​楽しめる​花火で、​打ち上げ花火などの​「煙火」と​区別して​称される。

現・代表の​筒井良太さんは​3代目。​高校卒業後しばらく​別の​仕事を​した後に​家業に​入ったが、​その頃、​日本の​玩具花火業界は​厳しい​状況に​あった。​安い​海外産との​価格競争に​負け、​多くの​工場が​廃業していた。

当時すでに​国内で​線香花火を​製造していたのは、​筒井時正の​親会社である、​良太さんの​親戚が​経営する​製造所一社のみ。​その工場も​いよい​よ厳しくなり、​「線香花火の​作り方は​お前が​覚えて​継げ」と​良太さんに​声が​かかったのだ。

自社に​引き継いだ後も、​始めの​10年間は​まったく​売れなかったと​話す。

「昔の​花火は​すごかったとか、​日本産の​線香花火は​大きい​火花が​出ると​聞いていたけど、​継いだ時点で​それほど​いい​作り方を​していたわけではなかったんです。​原料の​配合から​やり直しました」

もともと​研究熱心な​良太さんは、​いい線香花火を​つくる​ための​研究を​始めた。

この頃、​奥さんの​今日子さんは​家事と​育児に​専念していたが、​毎朝​真っ黒に​なって​帰宅する​良太さんを​見て​「毎日​何しているんだろう」と​不思議に​思っていた。​ある日、​良太さんが​自宅の​台所で​花火を​試してみているのを​見て、​驚いた。

「うわぁ、​何これーーーって。​子ど​もの頃よく​線香花火を​やっていましたが、​それとは​全然​違っていて。​火花が​バシャバシャ​大きくて、​こんなの​見た​ことないって​びっくりして。​これは​中国産と​並べて​安く​売るような​ものじゃないのではないか。​国産の​いい​ものとして​売り方を​変えた​方が​いいんじゃないって​言ったんです」

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▲筒井時正の​お店には​昼間でも​花火を​試せる​暗室が​あり、​その場で​花火が​楽しめる。

筒井時正の​線香花火は、​ほかと​どう​違うか

そこから​新商品の​開発に​乗り出した​2人。​もっとも​大切に​したのは​花火の​質だ。​
線香花火と​いえば、​細くて​小さな​火の​玉が​すぐに​ポトッと​落ちてしまう​イメージが​ある。​ところが​筒井時正の​線香花火はとにかく​長く​“もつ”。​パチパチと​火花の​散りようが​見事で、​人の​一生になぞらえれば​「太く​長い」。​これは、​良太さんの​研究に​よる​絶妙な​火薬の​配合と、​従来の​巻き紙より​燃えやすい、​質の​よい​和紙を​使っている​ため。​それに​合わせて​撚り方も​工夫してある。

2人は​「ひと目で​国産と​わかる​高品質な​花火」に​する​ために、​和紙を​草木染めして​四季の​花に​見立てる​ことや、​桐箱に​収めて​贈答品にもできるようにと​いった​要素を​決めていった。

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▲写真提供:筒井時正玩具花火製造所

デザインの​力を​知る

そこへ​新商品開発に​使える​補助事業の​話が​舞い込む。​同時に​紹介を​受けたのが、​県主催の​地域事業推進の​ための​デザイン講座。​これが​筒井さん​夫婦が​大きな​扉を​開ける​きっかけとなる。

「仕事が​終わった後、​夫婦で​通ったんです。​ちょっと​した​デザインの​ハウツーを​学べるのかな​くらいに​思っていたんですが、​本格的な​デザインの​考え方や​本質を​学ぶような​内容で。​はじめは​まったく​わからないし、​主人も​もう​俺は​行かんで​よかろうって​毎回​言っていて​(笑)。​でも​今​思うと、​すごく​いろんな​ものを​吸収したんです。​お題を​もとに、​コンセプトから​商品づくりまでを​各自で​やる​課題が​あったんですが、​一つの​ものが​見る​角度に​よって​大きく​変わる​ことや、​デザインって​表層的な​色や形を​決めるだけではないんだって​ことを​知りました」​(​今​日子さん)

仕事の​仕方や​会社全体を​デザインすると​いう​視点を​得て、​「うちは​事務所もないし、​ホームページや​名刺もない」と​気づく​ことがたくさん​あった。​この​講座が​縁で​プロの​デザイナーを​紹介して​もらう​ことに​なり、​新商品の​デザインだけでなく、​ホームページなども​刷新する​ことに。

「毎回​デザイナーさんが​数パターン、​アイデアを​持ってきてくれるんですが、​それが​斬新でかっこよくって。​同じ​花火でも​こんなに​変わるんだって​毎回​ワクワクしましたね」​(良太さん)

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この​デザイナーとは、​その後も​付き合いが​続き、​初めて​出展した​ギフトショーの​ブースデザインや、​工房を​改装した際の​空間デザインなど​すべてを​託してきた。​デザインの​力が、​新商品を​成功に​導いた​大きな​要因の​一つだと、​今2人は​確信している。

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▲現在の​筒井時正玩具花火製造所の​店内。

「もちろん、​デザインを​新しく​したからって、​それだけで​モノが​売れるわけじゃないです。​動かなければ​モノは​売れないので。​でも​デザインを​入れた​ことで、​こうして​取材に​来て​もらえるようにもなったし、​商品の​本質や​伝えたい​ことがより​明確に​なっていったと​思っていて。​デザインの​力って​大きいと​思っています」​(​今​日子さん)

だが​新商品の​開発や、​デザインと​いう​目に​見えない​ものに​お金を​かける​ことに、​当時責任者だった​2代目、​良太さんの​父親からは​大反対を​受ける。

「まぁ​この​業界の​常識を​知っている​人からすると​当然の​反応です。​いかに​安く​大量に​つくれるかで​勝負を​してきたわけなので。​デザインなんて​印刷会社に​頼んで​おけば​安く​やってくれる、​そんな​ことに​時間や​金を​使わんで​いいって」​(良太さん)

会社の​ためと​信じて​やっている​ことが​認められず、​心が​折れそうになった​ことも​あったと​いう。​その反対を、​どう​押し​切ったのだろう?

「最後まで​了承を​得られたわけではないです。​でも​やれば​絶対成功するって​自信が​あったので、​やめたくなかった。​もう​やって​見せるしかないと​思って。​主人に、​借金して​でも​やらせてくれって​頼んでいたら、​ちょうど​補助金の​話が​あったので。​それが​なかったら​やれていなかったかもしれないです」​(​今​日子さん)

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アドバイスを​素直に​受け入れる

一方で、​新商品に​関する​アドバイスには​熱心に​耳を​傾け、​素直に​取り入れていった。​商工会の​求評会では、​1万円の​価格設定に​するには​付属品が​あった​方が​いいと​いう​アイデアや​一つ​下の​価格帯の​商品も​つくった​方が​いいと​いう​提案を​受け、​すぐに​実行した。​さらに、​知ったのが​ギフトショーの​こと。

「ギフトショーなんて​聞いた​こともなかったんですけど、​出てみたら​どうかって​言って​もらって。​それを、​経営革新計画の​最終目標に​したんです」

人は​何かに​夢中に​なり動いている​とき、​天に​導かれているのではと​思うような​偶然に​遭遇する​ことがある。​その後の​筒井さんたちの​展開も、​聞いていると​一遍の​ドラマのようだ。​ギフトショーに​応募し、​一度は​選考から​漏れた​ものの、​驚くような​偶然と​幸運が​重なり、​もともと​希望していた​「JAPAN MODERN」の​コーナーに​出られる​ことになった。

「結果​的に​これが​大成功でした。​4日間の​展示の​ために​しっかり​デザインした​ブースを​つくって​もらった​おかげで​沢山の​人が​見てくれたし、​この​時一番​最初に​来てくれたのが​BEAMSの​バイヤーだったんです」​(​今​日子さん)

雑貨、​インテリアの​視点で​見る​花火は​多くの​バイヤーに​新鮮に​映ったに​違いない。​今で​こそ一箱40本入りで​1万円の​高級線香花火​「花々」は​筒井時正の​看板商品だが、​それまでの​花火業界では​考えられない、​異例の​挑戦だった。

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▲2011年の​ギフトショー出展時の​ブース。​写真提供:筒井時正玩具花火製造所

新しく、​作り手を​育てる

ギフトショーで、​手元に​残った​名刺の​多さに​びっくりしたと​いう​良太さん。

「商品を​評価して​もらえたのは​嬉しいけど、​つくる​体制を​どうしようかって。​これ全部注文受けたら​無理や​ねって。​そこから​職人募集の​広告を​出して、​新しい​人たちの​育成を​始めました。​毎回​ひと​会場に​30〜40人相手に​講座を​開いたんです」​(良太さん)

一方で、​火薬を​巻く​紙が​和紙に​なった​ことで​従来より​燃えやすいため、​もとの​撚り方では、​火の​玉が​すぐに​落ちてしまう​ことが​発覚する。

「うわぁ……​どうしよう、​1万円も​するのに​これじゃクレームの​嵐だって、​頭真っ白に​なって。​それから​毎日​必死で​考えて、​ようやく​紙の​撚り方を​変えると​火が​落ちない​ことが​わかりました」​(​今​日子さん)

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▲紙に​火薬を​乗せ。​手作業で​拠っていく。​この​撚り方が、​花火の​燃え方を​左右する。

昔からの​職人は​作業している​うちに、​手癖が​昔の​撚り方に​戻ってしまう​ため、​新しい​作り方しか​知らない、​新たな​職人を​養成しようと​決めた。​現在職人の​数は​約20人。​その後も​オリジナル商品は​好評を​博し、​もともと​OEMと​オリジナルの​比率が​「9:1」だった​ところ、​今や​「5:5」にまで​伸びている。

「問屋さんからは​こんな​高い商品売れないよ、​誰が​買うんだって​言われ続けていましたし、​できるだけ​問屋さんと​重複する​売り先は​避けてきました。​でも​お客さんの​方から​注文が​来るようになって。​おかげで​問屋から​問い​合わせが​あっても​安売りする​ことなく、​価格を​維持できています」​(​今​日子さん)

花火から​派生した​展開の​広がり

筒井時正では、​今線香花火に​限らずさまざまな​オリジナルの​玩具花火を​作り、​販売している。

一つ​一つを​研究し、​商品開発する​良太さんと、​営業や​PR・情報発信を​担当する​今日子さん。​
​今​日子さんは​直感に​忠実に、​どんどん前へ​進むタイプ。​理性的で​ブレーキを​かける​役割の​良太さんとの​バランスが​とても​いい。​お互いを​尊重し合える​二人​三脚が​できているからこそ、​スムーズに​ものごとが​進む。

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いま、​2人は​花火を​起点に、​さまざまな​展開を​考えている。​一つは、​関西の​線香花火​「スボ手牡丹」に​使う、​稲ワラを​自分たちで​調達する​ため、​米づくりを​始めた。

「ワラなら​何でも​いいと​いうわけでなく、​しっかりした​特殊な​品種なので、​手に​入りにく​いんです。​ただ​米づくりを​自分たちだけでするだけではなく、​お客さんも​一緒に​田植えや​稲刈り、​花火づくりを​楽しめる​体験型の​イベントと​して​行う​ことを​考えています」​(​今​日子さん)

さらに​火薬の​原料である​松煙や​ニカワなども​含めて、​花火の​製造研究の​ため、​知り合った​学者や​有志とともに​「玩具花火研究所」を​立ち上げた。

「花火の​原料を、​自分たちでも​つくれるように​したいと​思っているんです。​原料が​変わってしまったら、​本来の​モノじゃなくなると​思っていて。​代用品を​使うと、​別物に​なってしまう。​昔から​ある​ものづくりを​守る​ために​できる​努力は​したい。​研究した​ことを​HPなどで​発信していこうと​考えています」​(​今​日子さん)

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筒井さんたちの​花火づくりは、​こうして​多方面に​発展している。

2人の​話は、​幸運な​偶然に​導かれた​サクセスストーリーに​聞こえるかもしれない。​けれど​すべては​「うわぁ、​何これ!」と​感じた​今​日子さんの​驚きから​始まった。​この​一瞬を​見逃せば、​それで​終わる​話だったかもしれない。

新たな​一手の​ヒントは、​些細な​瞬間に​潜んでいる。​常識にとらわれず、​ワクワクした​気持を​大切に​前へ​進んだ​ことが、​筒井時正を​新たな​展開に​導いた​大きな​要因だろう。

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筒井時正玩具花火製造所
福岡県みやま市高田町竹飯1950-1
Tel :0944-67-0764
営業時間 :11〜18時​(7〜8月)​/13〜17時​(1〜6、​9〜12月)​
定休日 :水曜​(7〜8月)​/水・土・日・祝祭​(1〜6、​9〜12月)

文:甲斐か​おり
写真:藤本 幸一郎