【商いのコト】暮らすように商う −「1日2組」のライフスタイル型ゲストハウス

“Oil Street Guest House and Spaceのお客さんの 8〜9割は、外国人だという。お客さんによっては、1週間ほど長期滞在する人もいる。3年目に突入して、リピーターも少しずつ増えてきた。”

つなぐ加盟店 vol. 13 Oil Street Guest House and Space  山元 康弘さん

「住み開き」の延長線上にある、京町家のゲストハウス

宿名はいたってシンプル。「Oil Street Guest House and Space」は、築90年の京町家を使ったゲストハウスである。外国人観光客を主なターゲットに、1日2組限定のスタイルで2013年7月にオープンした。オーナーの山元康弘さんは、この町家に愛犬ブリトーと暮らしながら、国内外の客人を迎え入れている。

ここには「友人の家に訪れるような」あるいは「山元さんの家に遊びにいくような」宿泊体験があり、家を”住み開き”したようなゲストハウスと言える。その原点は、海外の友人が日本に訪れたときの経験だという。

「フランス人の友人が、日本での滞在で自分の家に3ヶ月寝泊まりをしたことがあったんです。そのとき、ハウスメイトと空間をシェアする暮らしは悪くないなと感じました。今振り返ると、その経験が現在の宿泊スタイルのきっかけですね」(山元さん)

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▲Oil Street Guest House and Space 山元康弘さん(1Fラウンジ奥の畳の間にて)

はじまりは「京都で住んでみたい」気持ちから

そんな山元さんが、ゲストハウスの運営者になったのはどんな理由があったのだろう。

大学卒業後、電機メーカーに就職したものの、26歳のときに退職。兼ねてから「ツーリズム(観光学)」に関心のあった山元さんは、アメリカの大学へ留学することに。そこではレクリエーション・マネジメントを学んだ。もともとスポーツ観戦が好きだったこともあり、野球チームの運営のインターンなどを経験。

帰国後には、国内サッカーチームの運営会社で6年間働いたが、「定年まで会社員として勤め上げる自分がどうしても想像できなかった」ことから、40歳を目前にして退職することに。自分が理想とする暮らし方を考えると、会社員として働くには限界があったという。

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▲「ROOM WEST」の部屋。1日2組限定のなか、「ROOM EAST」と共に1部屋5人までが宿泊できる。それぞれ、8畳ほどの寝室と専用のバスルームが備え付けられる。

「神戸出身で海の近くで生まれ育ったこともあり、ずっと水辺に住みたいと思っていました。京都は古い町並みはもちろん、川べりを外国人がジョギングしていたり、地元の人が犬の散歩やサックスの練習をしたりしている鴨川の風景が特に印象的でした。次第に京都に住むことが、自分のなかで現実味を帯びていったんです」(山元さん)

古いお寺や観光名所にあふれ、鴨川という豊かな水辺の環境がある京都なら、自分の理想とする暮らしが実現できるんじゃないか。そんな思いを抱き、京都に移住することを決意する。

そもそも、山元さんは「もし京都で暮らすなら町家に住みたい」と以前から考えていたという。京町家での暮らしをベースにできる仕事を突き詰めた結果、かつてハウスメイトと過ごした経験から「ゲストハウスをつくる」という発想に。新たな土地で、新たな仕事をつくる挑戦が待っていた。

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▲Guest House and Space”と名づけているように、サロンとして宿泊者以外も参加できるイベントやワークショップが開催されることも。伝統的な町家の客間が広がり、少し開いた障子の間からは小さな庭園が見える。

地域住民との細やかなコミュニケーションが、宿の安心感を生んだ

地縁のないIターンでよそ者の山元さんにとって、町家を借りることはかなりハードルが高いことだった。さらに、賃貸で借りた家をゲストハウスとして運営する場合、ネックになるのはやはり大家さんの存在だ。そんな中、偶然にも町家と人のマッチングを行うNPOを知人から紹介してもらうことに。その出会いが今のOil Streetへとつながる。

「昔は西陣の織物の小売店として使われていたと聞いています。5年間も空いていた物件で、大家さんとしては借りてくれるならゲストハウスとして自由に改修していいと言ってくださいました。寛容な大家で運が良かったと思います」(山元さん)

オープンに向けた町家の改修は、大工さんに任せきりにはせず、自身でも壁を塗ったり、ワークショップと称して友人などを巻き込んだりしていった。順調に滑り出したように見えたのだが、今出川油小路の通りにゲストハウスができることを、近隣に住む方たちに理解してもらうまでには時間がかかったという。

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▲2階へ上がる階段の手前には、リビングルルームような共有スペースがある。まるで山元さんのお宅にお邪魔したかのような、アットホームさを感じられる内装になっている。

「ゲストハウスのオープンにあたっては、町内会の方たちを呼んで説明会を行いました。中には『海外のお客さんが来たことで、事故や犯罪が起きたらどうするのか。運営者としてどこまで責任を取れるのか』と厳しい質問をされる方もいらっしゃいました」(山元さん)

山元さんは、近隣住人の疑問や不安に一つひとつ丁寧に耳を傾け、誠意を持ってできる限り答えていった。改修工事においても、住民の不安を解消するためにデザインに工夫をこらしたことも。

「2階の部屋の窓についている格子は、障子のような和風なデザインにしています。これは近隣の方からの『窓から屋根づたいに隣家に侵入されたらどうするんだ』というご指摘をもとに、窓から外に出られないようにしました。小さなことかもしれませんが、それくらい自分が思っている以上に不安にさせてしまっているんだと痛感しました」(山元さん)

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▲38歳での新たな挑戦であったが、「早すぎる遅すぎる、は思っていなかった」と山元さんは話す。宿開業前には数件のゲストハウスを回り、「これはやらない方がいい」などの自身のゲストハウス運営方針を考えていたという。

京都ならではの、言葉の裏に意図のあるコミュニケーションにはじめは戸惑うことも。慣れるまでには先輩移住者たちの手を借りながら、近所の方々と交わした言葉を“翻訳”してもらっていた。

「例えば、工事の翌日に『昨日は夜遅くまで作業されてはって、大変ですねえ』と声をかけていただいたら、それは「夜、工事の音が大きかったですよ」という注意喚起の意味なのだと教えてもらえました。

京都には独特の文化があるとは聞いていましたが、移住した当初はここまでわかっておらず、困惑しました。ですが、今ではこういうわかりにくさも含めて、京都らしさだなと思っています」(山元さん)

ゲストハウスオープン後には、宿泊者に「この通りですれ違った近隣の方には、挨拶をしてくださいね」と注意を促し、夜中に大きな音を立ててしまったときには山元さんが近所に菓子折りを持参して挨拶することを繰り返してきた。そうしたやり取りを通じて、次第に住民の方々からの信頼や理解を得られるようになったそうだ。

最近では、犬の散歩に出ると必ず立ち話をする人もいれば、「宿泊客の外国人からきちんと挨拶をしてもらった」と喜んでくれるお年寄りもいるという。

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▲玄関の引き戸に入っているロゴ。山元の「山」を表すカサの下に「Oil Street(油小路通り) 」を表す一本線が入っている。「ゲストハウスには壁がなくて自由に出入りできるので、ロゴ全体でゲストハウスを表現しています。あと、京都ではガラスに屋号を抜くデザインが多いので、それをやってみました」(山元さん)

「無理はしない」、一人と一匹に合わせたシンプルな運営方針

Oil Street Guest House and Spaceのお客さんの8〜9割は外国人だという。その中でも、特にアメリカやオーストラリアからの宿泊客が多い。お客さんによっては、1週間ほど長期滞在する人もいる。3年目に突入して、リピーターも少しずつ増えてきた。

「すでに2、3回泊まりに来てくれた人もいます。自分たちの国に来ることがあれば、ぜひ家に泊まりに来てと言ってくださる方もいて、とても嬉しいですね」(山元さん)

素敵なお客さんと会えることの次に嬉しいのは、「自分の予定と暮らし方を自分で決められること」と話す山元さん。ゲストハウスの運営方針も「ゲストの方に喜んでもらえて、人間と犬が細々と暮らせるだけ稼げれば充分。あまり無理をしていません(笑)」と話す。

オンラインの旅行サイトや民泊サイトへの登録、SNSで大きな宣伝をすることもしていない。集客はウェブサイトのみで、インバウンドを意識して英語表記がメイン。価格設定も、低すぎず高すぎずのギリギリの設定にしている。

「正直なところ『バックパッカーの方も気軽にどうぞ来てください』という設定ではありません。一人と一匹で運営していることもあって、ある程度、時間やお金に余裕があって旅に慣れている宿泊客を選んでいます。そうした自分なりの考えで運営しているんですが、この空気感も含めてファンになってくれる人が出てきているのかもしれません」(山元さん)

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▲通り庭”のキッチンの奥の部屋が、山元さんの住居スペースとなっている。そのためか、余計に安堵感がある。

ゲストハウスも十宿十色で、「どんな宿泊客がうちと合うのか?」というマッチングが、運営者にとって悩ましいことでもある一方で、そういった自身のポリシーに合う宿泊客が訪れてくれるのは、3年間で築き上げたブランドあってこそだ。

自分の暮らしをシェアするように営む

「京都で町家に住んでみたい」を体現しながらも、その暮らしの場をシェアするようにゲストハウスを運営する山元さん。暮らしながら働いているため、住居スペースは町家内にある”通り庭”の奥にある。

通り庭は京町家形式の典型で、表口から裏口へ通り抜けられる土間のことを指す。屋内のプライベートな敷地の中にありながらも、公共の場所である「通り」へとつなぐ半公共的な空間だ。

Oil Street Guest House and Spaceは、暮らしと旅、日常と非日常の間にあるような空間であり、”通り庭”的なゲストハウスと言えるかもしれない。「暮らすように過ごせる宿」として、京都を行き来する客人をもてなし、関係性を築き上げてきた。

今後の展望としては、次なるゲストハウスを他の地域でも展開していくこと。

「僕、大橋巨泉さんのライフスタイルが好きなんですよ(笑)。なんだか、あの動き方がいいなと思って。だから僕も彼に倣って夏は北海道、秋は京都、冬は沖縄とシーズン制で住む場所を変えながら宿を開けたら、と妄想しています」

宿の名前もその運営方針もシンプル、かつミニマムな職住一体のかたちを実践している山元さんなら、そんな暮らしもさらりと実現してしまうかもしれない。

ワークスタイルだけでなく、自身のライフスタイルを見直してみる。そこから生まれる新たな商いのかたちを証明しているのが、Oil Street Guest House and Spaceである。

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▲今出川油小路の通りを歩いていくと、目に映り込んでくる水色の小さな看板。閑静な住宅街に溶け込むやさしい佇まい。

Oil Street Guest House and Space
京都市上京区今出川油小路上がる水落町87-2
075-432-8867

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文:鈴木 沓子

写真:久保田 狐庵