【商いのコト】特集:地域活性のロールモデル「西粟倉村」を訪ねる ー あわくら温泉元湯

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つなぐ加盟店 vol. 28 あわくら温泉 元湯 井筒耕平さん、安東勇人さん、奥村さなえさん

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岡山県西粟倉村。
兵庫県と鳥取県に隣接する人口約1,500人の小さな村は、森林に囲まれた上質な田舎を目指す「百年の森林構想」を掲げ、森林事業で村の自立化を図ろうとしている。

今回の特集では、そんな西粟倉村で商いをしている方々を紹介する。第2回は天然温泉のゲストハウス「あわくら温泉 元湯」に関わる人達。村楽エナジー株式会社代表取締役の井筒耕平さん、店長・安東勇人さんと、副店長・奥村さなえさん。同ゲストハウスは、村役場が廃業した公営温泉を村楽エナジーに業務委託し、『こどもの笑顔がまんなかにある大きな「家」』をコンセプトに新しく生まれ変わったものだ。

元湯に対して、3人はそれぞれどのような想いを抱いているのだろうか。

西粟倉村の魅力が詰まったゲストハウス

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「あわくら温泉 元湯」は、バイオマス事業を手がける村楽エナジー株式会社の手によって、2015年春にリニューアルオープン。以前村楽エナジーの代表が、ゲストハウスに宿泊しようとした際に「子ども連れは泊まれない」と言われた経験から、子どもと共に安心して楽しめるような施設運営を目指す。

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脱衣所にはベビーベッドとおむつ用のゴミ箱を完備。小さな子ども連れにとっては嬉しい心遣いだろう。

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浴場は、地元の人に長年愛されてきた趣をそのままに残している。泉質の良い天然温泉を、西粟倉村産の薪で加温しているのが特徴だ。

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▲カフェスペース。写真右には子どもが遊べるキッズスペースがある

カフェスペースでは、地元や近郊で取れた野菜・肉・魚などを使った食事をとることができる。また、お酒や染め物をはじめとした、西粟倉村のベンチャー企業が作った製品を購入することも可能。西粟倉村の魅力が詰まったゲストハウスと言えるだろう。

ゲストハウス「あわくら温泉 元湯」の誕生

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▲村楽エナジー株式会社の代表取締役・井筒耕平さん

村楽エナジー株式会社の代表取締役を務める井筒耕平さんが、「あわくら温泉 元湯」の運営を任されたのは、2014年秋のこと。薪ボイラーを元湯に導入することを決めていた村役場が、運営の担い手を探していた頃のことだった。バイオマス事業の一環として、薪ボイラーの導入を薦める立場にいた井筒さんは、”使う立場”も経験したいと思い、手を挙げた。

井筒

「西粟倉村には、積極的にベンチャー企業を受け入れてくれる体制が整っていましたし、自分にとっても成長の良い機会になると思ったんです。」

メディア各所から取材を受けるなど話題になった。現在、オペレーションはすべてスタッフに任せている。井筒さんは、高知や熊本、鳥取など全国各所に赴き、地域で事業を起こそうとする人たちを支援することが多くなっているのだそう。

井筒

「西粟倉村での活動を他の地域の人に話すと、『西粟倉村だからできるんでしょ』と言われることがよくあります。僕はそうは思わなくて、地域に合ったコンテンツが必ず何かあるはずなんです。たまたま西粟倉村には森林がたくさんあって、使われていなかった間伐材があったから、温泉に活用するという話になったというだけ。西粟倉村での実績を活かして、他の地域にも、地方でビジネスをする事例を増やしていきたいと思っています。」

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▲西粟倉村産の製品が数多く並ぶコーナー。すべて購入可能

井筒さんは、現在元湯の店長を務める安東さん、副店長を務める奥村さんに対して、次のことを期待していると語る。

井筒

「今メインで働いてくれている安東、奥村には、自分の色を出していってほしい。得意なことを掛け合わせることによって、そこにしかない独自性が出てくると思うんです。ここはあくまで『地域の止まり木』であって、そこで終わってほしくない。チャンスがあればどんどん動いてほしいし、いろいろなものを組み合わせて新たな事業を作っていってほしいです。」

元湯を支える大黒柱。店長と副店長がスタッフになったきっかけ

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▲店長の安東勇人さん

「あわくら温泉 元湯」は、村楽エナジー株式会社の「宿泊・観光事業」という位置づけで運営されている。店長・副店長として運営を支える2人は、どのような想いで同ゲストハウスのスタッフになったのだろうか。

店長の安東さんは、隣町の美作市出身。大学進学を期に地元を離れ、兵庫県で福祉関係の仕事を4年間した後、地元に帰ってきた。興味を持ったきっかけは、西粟倉村の地域活性の取り組みをインターネットで目にしたことだったと語る。

安東

「福祉の大学を卒業してから、流されるままに就職したこともあり、仕事に対して何か違和感を覚えていました。一旦地元に帰って、自分を見つめ直したいと思っていたときに、西粟倉村が盛り上がっていることを偶然ネットで見つけたんです。調べていくと、村楽エナジーという会社が、間伐材を薪にして有効活用していることを知りました。興味を持って連絡したら、トントン拍子で話が進んで(笑)。子どもを大切にするというコンセプトもあり、介護予防の催しに使われる場所でもあったので、『大きなくくりで福祉だな』と、抵抗なく決心できました。」

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▲副店長の奥村さなえさん

副店長の奥村さんは、京都生まれ京都育ちの生粋の京都人。大学を卒業するまではずっと実家で暮らし、新卒で「あわくら温泉 元湯」のスタッフとなった。

奥村

「教員免許を持っていたので、教員になるという選択肢ももちろん考えたのですが、決められた制度の中でしか動けないのが嫌だったので、違った形で教育に関わりたいと思ったんです。このゲストハウスは、何でも自由にやらせてくれる雰囲気があったし、子どもが集まる場だったのでいいなと思って。生まれてからずっと京都にいたので、全く知らない場所に行くのがやはり不安で、直前はずっと泣いていましたね(笑)。」

昔から馴染みのある場所に戻ってきた安東さんと、初めて地元を出て見知らぬ地にやってきた奥村さん。境遇は大きく異なる2人だが、2016年4月、時を同じくして村楽エナジー株式会社に入社。同ゲストハウスのスタッフを任されることとなった。

「運営方針はすべてスタッフが決める」2人の日々の挑戦

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宿泊施設の運営は2人とも初めての経験。毎日が未知への挑戦で、入社から今まで、格闘する日々が続いているという。

安東

「去年の8月くらいに、僕は店長、さなえちゃんは副店長という役職はもらってはいますが、あまりそれは意識せずにお互い分担しながら仕事をしています。僕はインターネットが少し苦手なので、そういう部分は彼女にお願いしたり、草刈りとか雪かきとかは僕が率先してやったり(笑)。」

奥村

「安東さんは、田舎の仕事をするのが得意なので(笑)。でも、力を必要とする仕事はたくさんあるので、とても助かっています。」

同ゲストハウスの大きな特徴は、宿泊客と西粟倉村の住民との距離が近いこと。施設内で開催されるイベントには、西粟倉村に住む人も訪れ、宿泊客と住民の交流の場となっている。

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▲8月に開催された「浴衣ナイト」。宿泊者も西粟倉村の居住者も、一緒になってイベントを楽しんだ。(画像提供:あわくら温泉元湯)
奥村

「8月には、みんなで浴衣を着て一緒に飲む『浴衣ナイト』というイベントを開催しました。参加してくださった方とみんなで踊ったり和気あいあいとお話したりできて楽しかったです。このイベントもそうなのですが、地元の方がイベントを提案してくださることも多く、どんなイベントを開催したらみんなが喜んでくれるか考えながらいろいろ試しています。足つぼマッサージやヨガを定期的にやったりもしているんですよ。」

イベント企画をはじめとして、ゲストハウスの運営はすべてスタッフに任せられている。自分達がやったことがそのまま施設の業績に表れるという責任の大きさを感じつつも、役割に正面から向き合おうとする2人の姿がそこにはあった。

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▲宿泊客がコメントを残していけるよう、部屋には「ひとこと」ノートが置かれている。お客様との交流の時間が仕事をしていて一番楽しい瞬間だと、安東さん・奥村さんは口を揃えて語ってくれた。
安東

「初めは、仕事を覚えながら、これまでのやり方を踏襲するのが精一杯という感じでしたが、ようやく最近になって『元湯をどういうゲストハウスにしたいか』という視点を持てるようになりました。イベントや料理、部屋のレイアウトなど、やりたいことはたくさんあるのですが、人手が足りない部分もあって、なかなか思うようにいかないことも多いです。でも、僕達に任せていただいているからには、一歩ずつ今よりももっと良い施設にしていきたい。」

奥村

「仕事を始めたての頃は、『自分が変えてしまっていいの?』という気持ちが強くて、なかなか動けずにいました。全部任せられているということは責任が大きいですし、悩んでしまうこともあるのですが、最近ようやく『自分のゲストハウスなんだ』と覚悟を決めることができるようになった気がします。自分がこうしたいと思ったことをどんどんやっていこうと思います。」

個々の色を出す。「あわくら温泉 元湯」第二章へ

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▲「元ゆ」のロゴは、地元のグラフィックデザイナーとの”物技交換”で誕生した。交換したのは、2年間無償で温泉に入浴できる権利だったという。

2人の今後の目標は、「自分の色を出していく」という点で共通している。

安東

「宿泊施設を運営するにあたって、西粟倉村に観光資源があまりないところが厳しいところです。交通の便も良いわけではないので。いろいろな企業さんと協力して、遊ぶ場所・観光できる場所を探せたらいいなと思っています。鳥取や兵庫に隣接している場所なので、ツアーを組んでも面白いかもしれません。とにかく目の前のことをフルスイングで取り組んでいきたいです。」

奥村

「私は、地域に子どもが増えていることを活かして、預かり保育のようなことをしてみたい。お母さんがここに子どもを預けて、ご飯とお風呂を済ませてから、夜迎えにくるみたいな感じで。実現すれば、お母さんが息抜きできる時間を作れるし、子どもが友達と集まれる場にもなる。お母さんにとっても子どもにとっても大切な場を作れたらいいなと思います。将来的には、いつかこういう場を自分で1から作りたい。今はまだぼやっとしている状態なので、このチャンスを活かして自分の色を出すことに専念しようと思います。」

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▲床には西粟倉森の学校の「ユカハリ・タイル」B品を使用。施設全体が西粟倉村のものを活かして作られている。

初めは仕事についていくことに精一杯だった2人は、入社から約1年半が経ち、新たな章に足を踏み入れようとしている。「他の企業と協力して観光資源を作る」「預かり保育をする」。こうしたスタッフの”色”がでることによって、「あわくら温泉 元湯」の魅力は更に増し、西粟倉村の文化を発信する役割を強めていくことだろう。

目まぐるしく進化を続ける西粟倉村が、1年後にどのような変貌を遂げているのか、今後の展開に目が離せない。

あわくら温泉 元湯
707-0503
岡山県英田郡西粟倉村影石2050
Tel : 0868-79-2129
Fax : 0868-79-2120

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(つなぐ編集部)

写真:高山謙吾