【商いのコト】過ごし方の「余地」のデザインから生まれたホステル "Kinco. hostel + cafe"

「海外旅行で現地の人と話をしていると、日本に行きたい気持ちはあるものの『言葉が通じない』『価格が高い』など、ネガティブなイメージを持っている人が多数 … 日本にもっと気軽に来てもらえるようにするにはどうすればいいのか考えるようになりました」

つなぐ加盟店 vol. 17 Kinco. hostel + cafe 小林 有美さん

金庫屋からKinco.へ、移住してつくった”街のホステル”

「金庫のように、大事な人、ものが集まってくる空間にしたい」

そう話すのは、2015年7月にオープンしたKinco. hostel + cafe(以後、Kinco.)を立ち上げた小林有美さんだ。

Kinco.は、瀬戸内の島々へフェリーでつながる港町、高松の中心部に位置した「街のホステル」。金庫屋の事務所・倉庫として使用された築50年以上の建物を、まるごとリノベーションしてつくられた。1Fは大胆にスペースを取ったラウンジカフェ、2Fは宿泊スペース。

“街の”ホステルの名称に相応しく、地元の人にも訪れやすいカフェとなっており、ゲストと地域住民がゆるやかに共存できる空間を生み出している。海外からのゲストも想定した”ホステル”で、国内外問わずさまざまなゲストに支持されている。

「日本人だけでなく外国の方にも来ていただいています。だいたい半々くらいですね。外国人のお客さんは、日本に何度も訪れている人が比較的多くて、歴史や芸術など日本の文化的なものに触れたい、体験したいという嗜好の人が多いように感じます」

瀬戸内海の島々へと渡るターミナルにも近く、岡山も電車で1時間足らずでアクセスできるため、Kinco.を拠点に数日かけて近隣地域を旅行するお客さんも多いという。高松という港町の地の利を生かした宿だ。

そんなKinco.も「オープンまでにはいくつも困難があった」と小林さんは話す。東京から高松へ移住した小林さん。どのような思いでKinco.をつくり上げてきたのだろうか。

海外からの訪日ハードルを下げるために

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▲小屋とベッドの中間をイメージしてつくられた「寝小屋(ねごや)」。外国人にも満足してもらえるよう、ゆとりのある広々とした空間となっている。

大阪出身の小林さんは大学を機に上京し、卒業後は広告会社で勤めた。最初の2年間は九州で営業職を、その後の8年間は東京で新規サービスや事業開発などの企画職に携わっていたという。10年勤めた会社だったが、何をするかは特に決めないまま退職し、次の動きを考えていた。

日本も海外も好き。学生の頃から国内外のあらゆる地域へ旅行をしてきた小林さん。そうした経験が、今のKinco.立ち上げのきっかけだという。

「海外旅行で現地の人と話をしていると、日本に行きたい気持ちはあるものの『言葉が通じない』『価格が高い』など、ネガティブなイメージを持っている人が多数でした。そうした意見から、『彼らが日本にもっと気軽に来てもらえるようにするにはどうすればいいのか』と考えるようになりました」

そんなとき、たまたま読んだ雑誌のゲストハウス特集の記事で、新たな気づきを得た。

「ゲストハウスの運営をしている人の経歴や立ち上げのきっかけをみると、宿泊業経験者はほとんどいなくて、空間づくりやコミュニケーションを大切にしている人が多かったんです。ということは、前職の経験を生かせば自分でもやれるんじゃないか、と考えました」

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▲旅好きではあるが、「バックパッカーではなかった」と話す小林さん。さまざまな理由で旅をする人たちの気持ちを汲みながら、どのような宿にするかを考えたという。

東京から高松へ - 低コストで学びながらはじめる宿づくりを

ある時、高松出身で”ことでん”こと「高松琴平電気鉄道」の経営者であり、大学の先輩にあたる真鍋康正さんと偶然に再会した。

退職後のこれからについて聞かれ、ゲストハウスの構想を話した小林さんに対して、真鍋さんは「本気でやるなら協力するよ」と開業の後押しをしてくれた。同時に、「高松でゲストハウスを開かないか」という打診をされた。

もともと、真鍋さんは「瀬戸内国際芸術祭」などのさまざまな企画が開催されていたにもかかわらず、高松にゲストハウスがほとんどない状況に問題意識を持っていたという。

しかし、小林さんは「東京でゲストハウスをオープンしよう」と考えていた。そこで「東京で成功させたら、次は高松で」という話でまとまり、真鍋さんとの共同プロジェクトがはじまったのだ。

そうして物件探しがはじまったのだが、都内での開業は予算などの面から難しいと次第に思うようになった。

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▲1Fのカフェラウンジ。入口のすぐ左手にはレセプション、奥に進むとワンフロアをまるまる活用したカフェスペースがある。1Fのカフェラウンジ。入口のすぐ左手にはレセプション、奥に進むとワンフロアをまるまる活用したカフェスペースがある。

「ゲストハウスという経験のない業態だったので、運営に関して勉強する時間と経験が必要でした。そのため、場所にこだわり続けるよりも最初は低コストで立ち上げ、時間をかけながら学んでいこうと考えました」

そこから、小林さんは真鍋さんを通じて高松の先輩移住者たちに話を聞いてまわることに。次第に、高松はよそ者でも入りやすい素地があるため、『ここでなら大丈夫』と確信。縁もゆかりもない高松への移住を決意した。

オープンするまでに待ち受けていた3つの困難

移住してすぐに、高松での物件探しがはじまった。自転車で街中を動きまわっては、内見を繰り返していた。しかし「一棟貸し」「路面」「交通機関・コンビニが近い」という小林さんの希望に合う物件はすぐには見つからなかった。

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▲宿泊スペースとなる予定だった2Fの倉庫。2016年10月には、このスペースを活用した写真展を開催予定。宿泊だけでなく、近隣住民も気軽に立ち寄れる空間にするという。宿泊スペースとなる予定だった2Fの倉庫。2016年10月には、このスペースを活用した写真展を開催予定。宿泊だけでなく、近隣住民も気軽に立ち寄れる空間にするという。

途方に暮れていた頃、ネットで偶然見つけたのが3年ほど借り手のなかった元金庫屋の事務所・倉庫の物件だった。建物の印象に一目惚れした小林さん。条件もすべて揃っている。この建物が「飲食店」「宿泊施設」向けに用途変更が可能も確認し、契約へと話を進めた。

しかし、ここからオープンまでに3つの困難が小林さんを苦しめた。とにかく、つくるまでに時間と労力を費やしたのだ。

「1つ目に、よく調べてみると用途変更が難しい物件だったことが判明したんです。そのため、一から設計もやり直しましたが、結局、宿泊スペースを当初の2分の1に縮小することになりました。

2つ目は、ちょうど建築資材の高騰時期と重なってしまい、当初の予算の倍近くの見積もりが上がってきたんです。そこで、コスト削減を考え、資材も泣く泣く減らしました。

3つ目は、他県の簡易宿泊所で起きた火事の影響を受け、行政の営業許可審査も相応に厳しくなったんです。役所からも勧告が来て、すでに動いていた工事も止めることになるかもしれない事態に陥り、色々と大変でした」

山あり谷ありの困難が続き、6月に予定していたオープンは7月にずれることに。採用予定のスタッフの調整など運営体制にも影響を及ぼすなど、Kinco.のスタートは決して順風満帆とは言えなかった。

“hostel + cafe”が生み出す、ゲストとローカルが融けあう空間

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▲宿泊のチェックインは16時から。しかしカフェの利用は8時から22時のため、ゲストはカフェで飲食や本を手にしながら、ゆったりと時間を待つことができる。宿泊のチェックインは16時から。しかしカフェの利用は8時から22時のため、ゲストはカフェで飲食や本を手にしながら、ゆったりと時間を待つことができる。

オープンして2、3ヶ月の集客はまばらだったが、次第にお客さんは増えていった。2016年3月から開期される「瀬戸内国際芸術祭」に向けて、カフェメニュー開発などの準備も進めていった。オープン前から試行錯誤が続いていたが、苦労したかいもあり、連日満室が続くほどの盛況な宿へと成長した。

「ゲストハウスは、オーナーの色を反映しやすい」と小林さんは話す。 “ゲストハウス”ではなくあえて”ホステル”と名乗っているのも小林さんなりの考えがある。

「”ゲストハウス”という言葉は日本では浸透していますが、欧米ではバックパッカーが長期滞在できる宿は”ホステル”と名乗ることが多いんです。Kinco.のメインターゲットは海外のお客さんなので、彼らにわかってもらいやすい言葉を選びました」

また、”hostel + cafe”としているのは「宿とともにカフェがある空間」を小林さんが大切にしているからでもある。米国ポートランドの「Ace Hotel」を宿づくりの参考にしているという。

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▲外国からのお客さんのニーズに応えてSquareを導入。長期滞在の場合、宿泊料金も高額になるため、現金よりもクレジット利用を好む人は多いという。 外国からのお客さんのニーズに応えてSquareを導入。長期滞在の場合、宿泊料金も高額になるため、現金よりもクレジット利用を好む人は多いという。

「Ace Hotelも1Fにカフェラウンジがあるんです。家のリビングみたいな空間で、宿のゲストと地域のおじいちゃんたちが隣り合って座っていて。だけど、無理して交流をつくろうとしているのではなく、自然とゲストと地域の人とがつながり、ふとしたきっかけから互いに話しはじめるくらいのゆるさもあって、すごく素敵だったんです。

Kinco.も街に開いたカフェにしたいと思い、すべてのお客さんがそれぞれに楽しみを見出してもらえるよう、ゆとりを感じてもらう空間を意識してつくりました」

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▲カフェメニューにある「桃のソーダ」は、知り合いの農家から仕入れた桃を使用している。ドリンク、フードともに国内外のローカルを感じられるメニューが並んでいる。カフェメニューにある「桃のソーダ」は、知り合いの農家から仕入れた桃を使用している。ドリンク、フードともに国内外のローカルを感じられるメニューが並んでいる。

物件条件で「路面」にこだわった理由はそこにあった。「路面だと、通りざまにカフェの中の雰囲気が見えるので、街に開いた要素としてすごく重要なんです」と小林さんは話す。

Kinco.があるのは住宅街ということもあり、はじめはカフェに立ち寄る人は多くなかったが、次第に地域の人たちの立ち寄りが着実に増えてきたという。子供連れからおじいさんまで、街で暮らす老若男女が、それぞれの日常でKinco.を利用するようになってきた。

お客さんが過ごしやすい「余地」のデザインを目指して

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▲カフェラウンジでは、それぞれのゲストが好きな時間を過ごす。時々、この場を使ってイベント開催することも。去年は「パラダイス仏生山」というまち歩き演劇の出発地点となるなど、さまざまな催しが行われている。 カフェラウンジでは、それぞれのゲストが好きな時間を過ごす。時々、この場を使ってイベント開催することも。去年は「パラダイス仏生山」というまち歩き演劇の出発地点となるなど、さまざまな催しが行われている。

オープンから一年が経ち、訪れるゲストも増え運営体制強化のためにスタッフの増員も図った。これからどのような歩みを考えているのだろう。

「色んな企画をやっていきたいですね。先日は『一宿一飯』と称した企画でゲストの母国料理を教えてもらい、そのレシピをもとにカフェの限定メニューを開発しました。前回は台湾で、次回はスペインなんです」

2Fの倉庫の空間を利用した写真展も開催する。宿のゲストも地域の人も関係なく、誰もが自由にKinco.に訪れ、自由に楽しんでもらえる企画を考えていきたいと小林さんは話す。

「大事にしているのは『余地』です。基本的に、何事もスタイルが決まりすぎているのはあまり好きではないんです。『ゲストハウスだから、ゲストはみんな仲良くならないといけない』とか『ゲストハウスは、こうでなくちゃいけない』という固定概念から外れた場所にしていきたいですね。

20〜30%くらいの『余地を残す』ことで、訪れた人それぞれが好きなように過ごしてもらえればと思っています」

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▲小林さんも、他のスタッフと同様にレセプションに入ったり清掃業務などを行ったりしている。現場ならではの気づきを得ることも多いという。 小林さんも、他のスタッフと同様にレセプションに入ったり清掃業務などを行ったりしている。現場ならではの気づきを得ることも多いという。

宿の過ごし方を、宿側がすべて決めないようにする。Kinco.を利用するゲストの思い思いの過ごし方によって、いい意味でのアクシデントが起きることを意図し、同時にそれを期待しているという。宿として外の人だけが訪れるのではなく、地域の人が入り込める”余地”をカフェでつくることで、偶然の出会いがこの場を通じて生まれているのだ。

“ホステル”としての運営にも、従来の”ゲストハウス”に泊まったことの人たちに向けた、宿の新たな楽しみ方の選択肢を提供する”余地”を与えているような意味も感じさせる。そうした存在として、Kinco.は高松という地でゲストと地域の人を迎えていれているのだ。

Kinco.の居心地のよさは、”余地”を埋めてくれるお客さんによって、つくりあげられている。街のホステルは、これからも”余地”を頼りに、ゆるやかに今までと違った形の宿づくりをしていく。

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Kinco. hostel + cafe
香川県高松市花園町1-6-6
tel:087−887−0747

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文:大見謝 将伍

写真:宮脇 慎太郎