従業員の退職とそれに伴う手続きは、人を雇用する経営者がいつか必ず経験することです。いざその時が来たら、従業員の退職手続きに必要な書類や、退職者から回収するものなど、考えるべきことは少なくありません。まずは退職手続きの流れを理解し、社会保険、税金、離職票、源泉徴収票などの取り扱いについても把握しておきましょう。退職手続きに着手するときに慌てないよう、日頃からやっておきたい労務・給与管理のコツも紹介します。
目次
従業員の退職手続きの流れ
従業員が職場を離れる理由はさまざまですが、従業員が死亡して退職扱いになる場合も含め、基本的に同じ事務手続きが発生します。経営者が管理すべき従業員の退職手続きの流れは次の通りです。
退職届を受理する
退職を希望する従業員から退職届を受け取ったら、退職の理由や日程、本人の署名などを確認します。退職届に書かれた退職理由は、本人が失業保険の給付を受ける際などに公共職業安定所(ハローワーク)から照会を受けることがあります。必ず書面で記録が残るようにしておきましょう。
早い段階で従業員の退職手続きの流れや業務の引き継ぎについて本人に説明しておくと、その後のやり取りがスムーズです。
貸与物や健康保険証を回収する
会社・店舗から従業員に貸与した制服、備品、名刺、そして健康保険証を返却してもらいます。こうした手続きは退職日に行うか、あるいは郵送でも可能です。従業員の家族が扶養に入っている場合は家族の健康保険証も忘れずに回収しましょう。
社会保険の手続き
次は、退職者が加入している社会保険(健康保険、厚生年金保険)の資格喪失手続きです。事業所を管轄する年金事務所、または健康保険組合や厚生年金基金に対して「退職日から5日以内」に「健康保険・厚生年金被保険者資格喪失届」を提出します。
万が一、紛失などの理由で本人から健康保険証を回収できない場合は、「健康保険被保険者証回収不能・滅失届」を添付する必要があります。
従業員から「健康保険資格喪失証明書」の発行を求められた場合は、オンラインで入手できる「健康保険・厚生年金保険 資格取得・資格喪失等確認請求書(通知書)」を記入し、年金事務所の窓口で提出、または郵送で提出します。健康保険資格喪失証明書は退職者が国民健康保険に加入する際に必要になるものなので、年金事務所から届き次第すぐに退職者に渡しましょう。
退職者の健康保険・厚生年金保険の保険料は、退職日によって次のように扱いが変わります。退職する従業員に対してきちんと説明ができるようにしておきましょう。
退職日 | 保険料の扱い |
月末 | 退職した月までの保険料は給与から徴収 |
月の途中 | 退職月分の保険料は徴収なし |
退職者が希望する場合に限り、退職後も会社の健康保険への加入状態を継続できます。会社側が行う手続きはありませんが、退職者本人が資格喪失後20日以内に全国健康保険協会で手続きを行うことが必須です。
参考:
・従業員が退職・死亡したとき(健康保険・厚生年金保険の資格喪失)の手続き(日本年金機構)
・国民健康保険等に加入するため、健康保険の資格喪失証明等が必要になったとき(日本年金機構)
雇用保険の手続き
退職する従業員が雇用保険に加入している場合、被保険者資格の喪失手続きを行う必要があります。パートやアルバイトでも雇用保険に加入している場合は同様に、事業所を管轄するハローワークに「雇用保険被保険者資格喪失届」を提出します。この書式はオンラインで入手できます。手続きの期限は「被保険者でなくなった日の翌日(退職日の翌々日)から10日間」です。
なお、退職者の雇用保険の保険料については、退職日までの給与に応じて保険料が徴収されます。
離職票の発行
退職者が失業給付の手続きを行う際に必要となる「雇用保険被保険者離職票(離職票)」の交付を希望しているかどうか、本人の在職中に確認しておきましょう。希望している場合、「雇用保険被保険者離職証明書(離職証明書)」もハローワークに提出することで、離職票が交付されます。手続きの期限は退職日の翌々日から10日以内です。
離職証明書のフォーマットはインターネットからダウンロードすることはできず、ハローワークに取りに行く必要があります。会社側は従業員の在職中に離職証明書を作成し、本人に記載内容(離職理由や賃金の支払い状況など)の確認と署名・押印をお願いておきしましょう。
離職証明書を提出する際、雇用保険の資格喪失日やその事実が確認できる書類(従業員名簿、出勤簿やタイムカード、退職願や就業規則など)を添える必要があります。手続きが完了したら、ハローワークから発行される離職票を退職者に渡します。
ちなみに退職者が59歳以上の場合は、本人の交付希望の有無に関わらず離職票の交付が必要です。
参考:雇用保険被保険者離職証明書についての注意(厚生労働省)
住民税などの手続き
従業員が納めるべき住民税を毎月の給与から控除して会社経由で市区町村に納める「特別徴収」の方法を採っていた場合、退職に伴って徴収方法の変更手続きが必要です。「退職した月の翌月10日」を期限として、市区町村役場に「給与支払報告/特別徴収に係る給与所得者異動届出書」を提出することで、特別徴収から別の方法に変える手続きを行います。
特別徴収は、原則として年間の税額を12カ月分で割った額を6月から翌年5月にかけて12回に分けて納付する徴収方法です。したがって、従業員の退職日によってその後の住民税の納め方は次のように異なります。
退職日 | 徴収方法 |
1月1日〜4月30日の間に退職 | 5月までの残りの税額を退職時に特別徴収として一括徴収 |
5月1日〜31日の間に退職 | 通常月と同じように分納で特別徴収 |
6月1日〜12月31日の間に退職 | 「残りの税額を特別徴収で一括徴収」または「普通徴収に切り替えて本人が納付」のいずれかを本人が選択 |
なお、退職者の次の職場が決まっている場合は、そこで特別徴収を継続することもでき、手続きは先述の給与支払報告/特別徴収に係る給与所得者異動届出書で可能です。徴収方法や税額の説明をした上で、退職する従業員が希望する方法を確認しましょう。
参考:
・給与支払報告/特別徴収に係る給与所得者異動届出書(総務省)
・個人住民税の特別徴収にかかるQ&A (京都府)
源泉徴収票の発行
従業員が納付する所得税は給与から「源泉徴収」という形で天引きし、会社が代わりに納付しています。
従業員の退職に際して、会社側は源泉徴収した金額などが記載された源泉徴収票を「退職後1カ月以内」に本人に交付する必要があります。源泉徴収票は2部作成し、退職者以外に所轄の税務署長にも提出します。
源泉徴収票を発行しない場合、1年以下の懲役、または50万円以下の罰金が科せられることを覚えておきましょう。
従業員の退職時の回収物、退職後に渡すもの
従業員の退職手続きの流れを理解したところで、退職時に「従業員から回収するもの」と、退職後に「元従業員に渡す書類」をまとめると次のようになります。
退職する従業員から回収するもの
従業員の退職日が決まったら、回収が必要なものを「いつまでに、誰に、どういった形で返却してほしいか」を本人に伝えましょう。
- 貸与物(制服、名刺、社用のパソコンなど)
- 健康保険証(扶養家族の分も含む)
通常、名刺や社用のパソコン、デスク周りの備品などは退職日に返却が可能ですが、従業員自身によるクリーニングが必要な制服などがあれば退職日以降に持参または郵送で返してもらうことになります。仕事で私用のパソコンやスマートフォンを持ち込んで使用してもらっている場合は、業務関連データの削除やアクセスの無効化なども忘れずに行いましょう。
健康保険証は退職日まで有効であるため、たとえば従業員が有給休暇を消化してから退職日を迎えるといった場合、最後の出勤日に回収してしまうと早すぎることになります。こちらも手渡しや郵送など返却方法を確認しておきましょう。
退職者に渡す書類
従業員の退職後、次の必要書類を本人に対面か郵送で渡します。
- 健康保険資格喪失証明書
- 雇用保険被保険者離職票(離職票)
- 源泉徴収票
- 雇用保険被保険者証
- 年金手帳
「1」と「2」については本人が希望する場合のみの発行となります。ただし、退職を申し出た従業員自身がその必要性を理解できるよう、退職手続きの話し合いの際に説明したうえで希望を確認すると手続きがスムーズです。
「4」と「5」は、会社が保管している場合と従業員個人が保管している場合があります。会社で預かっている場合は必ず本人に返却しましょう。
退職時に確認しておきたいこと
保険や税金以外に、従業員の個別のステータス次第で発生する退職手続きもあります。財形貯蓄、社内融資、外国籍の従業員、書類の保管年数という四つのキーワードについて、従業員の退職時に必ず確認しましょう。
財形貯蓄をしているか
財形貯蓄は、給与・賞与から自動で天引きして銀行などの金融機関口座に積み立てるタイプの預金です。財形貯蓄を利用する従業員が退職した場合、会社側は退職日から6カ月以内に金融機関に「財産形成貯蓄の退職等に関する通知書」を提出します。
その後、退職者が別の勤務先での財形貯蓄の継続、または解約の手続きを本人が行います。
参考:積立期間中の諸手続き - 財形貯蓄Q&A(労働金庫連合会)
社内融資を利用しているか
会社が従業員の住宅購入などをサポートする社内融資を行っている場合は、退職に伴って全額を一括返済してもらうことが一般的です。従業員貸付制度のある会社は必ず従業員の退職前に確認し、必要な手続きを採りましょう。
外国人従業員の場合の対応
外国籍の従業員の場合も退職手続きは基本的に同じですが、一部、異なる手続きがあります。
退職手続きの種類 | 手続き内容 | 手続きの必要性 |
退職証明書 | 転職・海外就職に必要な書類。ハローワーク交付の離職票とは異なり、会社が独自に発行する。 雇用期間や退職理由などを記載するが、本人が希望する情報のみを記載することが法律で定められている。 |
本人が希望する場合のみ |
外国人雇用状況の届出 (※特別永住者の場合は不要) |
外国籍の従業員が退職する場合、会社からハローワークに届け出ることが義務付けられている。 従業員が雇用保険被保険者か否かによって書式・手続き方法が異なる。届出には在留カード番号の記載が必要。 |
必須 (※ただし、雇用保険被保険者資格喪失届を提出する場合は不要) |
雇用保険被保険者資格喪失届 (※被保険者の場合のみ必要) |
日本人の雇用保険の資格喪失手続きと基本は同じだが、外国籍の従業員の場合は記入方法が一部異なり、下記の点を記入する。 ・ローマ字の被保険者氏名 ・在留カードの番号 ・在留期間 ・国籍・地域 ・在留資格 |
必須 |
これらの手続きは、従業員の在留資格が永住者や定住者などの場合は不要となるケースもあります。本人の在留資格に応じて退職手続きの方法を確認しましょう。
ここに挙げたもの以外は、日本人の従業員と同じ退職手続きを行います。
参考:
・退職時の証明(第22条)(秋田労働局)
・「外国人雇用状況の届出」について(厚生労働省)
退職後の書類の保管年数
従業員の退職手続きに関わる書類だけでなく、これまでに会社と従業員の間で取り交わした契約書や履歴書なども含め、書類は会社での保存期間が法律で定められています。
雇用や賃金、退職に関する書類(雇用契約書、履歴書、退職届、賃金台帳、タイムカードなど)は、法律に基づき退職日から5年間、会社で保存します。ただし法律改正の経過措置として、当面の間の保存期間は3年間です。
健康保険・厚生年金に関連する書類は退職日から2年間、労災保険に関連する書類は退職日から3年間保存するルールです。
扶養控除の申告書や源泉徴収に関する書類は、従業員の退職日から7年間の保存が義務付けられています。
参考:
・改正労働基準法等に関するQ&A(厚生労働省)
・健康保険法施行規則(e-Gov法令検索)
・厚生年金保険法施行規則(e-Gov法令検索)
・労働者災害補償保険法施行規則(e-Gov法令検索)
・所得税法施行規則(e-Gov法令検索)
・No.2503 給与所得者の扶養控除等申告書等の保存期間(国税庁)
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執筆は2024年5月20日時点の情報を参照しています。当ウェブサイトからリンクした外部のウェブサイトの内容については、Squareは責任を負いません。Photography provided by, Unsplash