【商いのコト】企業の成長よりも、地域の持続を−カキモリが考える「書く」ことと技術の継承

失敗や挫折も学びにつながる。ビジネスオーナーが日々の体験から語る生の声を届けます。あなたのビジネスのヒントや新たな気づきにしてみませんか。

つなぐ加盟店 vol. 9 文房具店 カキモリ(株式会社ほたか) 広瀬 琢磨さん

書く姿は、カッコいい。

「文房具好きだけではなく、だれもが訪れるお店にしたかった」

「たのしく書く人。」のための文房具店「カキモリ」。東京の下町である蔵前にお店を構え、ものづくりと体験にこだわりを持っている。それは、カキモリを運営する広瀬琢磨さんの想いが宿っているからに違いない。

時代の変化とともに、次第に紙に書くことが少なくなってきた。書くためのペンやノートをあつかう広瀬さん自身は、「書くこと」についてどのように考え、向き合っているのだろうか。

「なにかを生み出すとき、アナログで書くことの力は大きいです。じっくり0から1をつくる、頭の中を書き出していくことで、創造的な仕事にもつながります。また、アナログで書くことの良さは、手紙のように『気持ちを伝える』ときにも相性がいい。

だからといって、デジタルを嫌っているわけでなく、デジタルでできることはデジタルで効率的にやれたほうがいい。そうすることで空いた時間を、アナログの時間に回せるので」

例えばスマートフォンやタブレットで書こうとすると、電池残量や通知などの情報が自然と入ってきてしまうが、そういったデジタルでの情報を遮断できるからこそ、よりクリエイティブな発想は生まれやすくなるという。

alt text

▲デジタルの利便性を活かしながら、アナログと向き合う。スクエア導入の理由の一つは、その哲学にもあった

「今の時代、書くことが特別なことになってきましたが、これからどんどん特別になっていくと思います。だからこそ、その”特別”に対応したツールを提供できれば」

日常的に書く時間を増やそうというよりは、書く時間を残そうとする考えだ。広瀬さん自身も、週1回1時間ほど、ノートとペンだけで書き出す時間を持っているそう。書いて整理することで「自分の軸がブレなくなる」と言う。

書くことで自分や他人の気持ちに寄り添える、そのためのペンやノートが側にあると、書くことはもっとたのしくなる。「書くことは毎日をちょっとあたたかくする」は、カキモリの根底にある想いでもある。

文房具店のセガレの挑戦

祖父の代から群馬で文房具店を営んでおり、幼少期から文房具に親しんできた広瀬さん。自営業の親の姿を見てきたこともあり、学生時代から「いつかは自分の会社をやりたい」と考えていた。とはいえ、いきなり起業するわけにもいかず、大学卒業後は医療機器を扱う会社の営業マンとして、ビジネスを学ぶ日々を過ごした。

歯車が大きく動き始めたのは、経営者である父が東京の文房具店を扱う企業を買収するという知らせを聞いた時だった。「経営をやらないか?」と父に勧められ、気づけば26歳の若さで現在の株式会社ほたかを任されることに。しかし、これは決して「家業を引き継ぐ」という華やかなものではなかった。

当時 BtoBで文房具を取り扱っていたが、文房具はECで購入するのが定着している時代。オンラインに押され、売上は厳しかったという。思い切った人員削減、マンションへのオフィス移転など、徹底的にコストを絞って会社を立て直した。

苦心しながら経営を続けるなか「このままでは頭打ち。突破口はないものか」とアイデアを模索し続ける日々。そのとき閃いたのが、小売、つまりBtoCへの事業転換だった。

alt text

▲カキモリでは、書くきっかけをつくるための文房具をつくり、提供する

「文房具業界の小売店を見渡すと、大手雑貨店のセレクトショップに押され、文房具専門店はかなり少なくなっていました。ただ、『お客様はこだわりのある専門店を求めているはずだ』という確信がありました」

広瀬さんは「書く」ことに注目し、小売の文房具専門店「カキモリ」を2010年にオープンさせる。

「書く行為は、ずっと残っていく。普通の人が気持ちよく書くためのきっかけをつくりたかったので、まずは書く側のペンよりも、”書かれる側”のノートから楽しんでもらおうと考えました」

スマートフォンでも簡単にメモがとれてしまう時代、だからこそ、持ち運びしたくなるような愛着の持てるノートが必要だ。そういった発想から、書くことを後押しするためのアイテムとして、自分でカスマイズしてつくるオーダーノートを提供することに。

alt text

▲手順もシンプル、立ち寄った日にすぐ持って帰れるスピード感も、カキモリならでは

alt text

▲表紙60種、中紙30種、カラフルな留め具やリングを店内で選び、自分だけのオリジナルノートが作成できる

「長く使えるものを丁寧に販売したい」というコンセプトに共感して、お店に足を運んでくれるお客さんは絶えない。お土産に、ギフトに、自分用に、とさまざまな用途で、女性を中心としたお客さんが多いという。そして、一度足を運んでくれた人のリピート率の高さが、店のコンセプトとサービスが間違っていなかったことの何よりの証拠だ。

成長スピードを落とすこともいとわない

alt text

▲製本機でオーダーノートを製作するカキモリスタッフ

オーダノートの製作には、アメリカ製の製本機を使用している。普通であれば、印刷会社などが業務用に使う機材だが、これはノートづくりに使える…と直感的に思った広瀬さん。「新しいこと、尖ったことをやろう」とつねに先鋭的だ。

“書かれる側”のノートがあれば、もちろん、”書く側”の万年筆もこだわっている。メガネ屋の”試せる・触れられる”展示方法からヒントを得て、選りすぐりの万年筆が店内には並べられている。

万年筆は、ガラスペンなども幅広く取り揃える。また、そのインクのバリエーションを楽しめるようにと、2014年9月、オリジナルインクを作成する工房「インクスタンド」もオープンさせた。

alt text

▲カキモリの隣にあるインクスタンドは、まるで実験室のよう(現在、一時閉店中:2016年6月現在)

お店のコンセプト、こだわりに共感するお客さんが増えることで、販売量も比例して増えた。しかし同時に、新たな問題が生じる。商品を購入したい人がいるからといって、ただ「販売すればいい」という簡単なロジックではなかったのだ。

オーダーノートに使用する紙は、職人が手づくりするがゆえに、生産できるものや数には限りがある。注文があるからといって、すべてを受け入れてばかりでは、職人を疲弊させてしまうことにもなる

「普通の会社であれば、注文にどうにか応えようとするかもしれまんが、カキモリはそういった経営方針ではありません。会社としての成長スピードは落としてもいい。それよりも、大切なのは、職人さんたちだと考えています。彼らのペースに合わせて、時期を見計らって、やれる範囲で、生産体制を整えていきたいです」

半径1キロ圏内の関係性は、だれも真似できない

カキモリの強みは、その商品(ものづくり)を支える職人たちとの関係性であり、それらは他では真似しようがない。

お店をオープンして5年が経った現在、蔵前にある10社ほどの「断裁」「貼り合わせ」などを行う職人が、カキモリの文房具づくりに協力するまでになった。「地産地消的に」という距離感を広瀬さんは大切にしており、どの職人もカキモリ半径1km圏にいるそうだ。70-80代の職人さんも多いなか、コミュニケーションなど大変なことはなかったのだろうか。

alt text

▲蔵前はもともと加工業の職人が多い町で、紙だけでなく、皮職人も多いそうだ

「職人さんとのやり取りは、蔵前にお店を構えてからのスタートでした。とにかく行かなきゃ相手にしてもらえませんので、最初はお店のまわりを歩きながら職人さんとの付き合いを開拓していきました。また、大手企業のような大量発注でないカキモリに対して、職人さんからすれば『小ロットの受注は極力避けたい』のは当然の心理でもあり、それを受け入れてくれるだけの関係性を築くには時間がかかりました。

どうにか頼み込んで仕事の合間を縫ってつくってもらったり、負担をかけないように自分が品を取りにいったりといったことを積み重ね、徐々に協力してくれる職人さんも増えてきました。今では、この関係性に支えられた調達が、カキモリの競争力の源になっています」

職人側にとっても大きな変化が起きた。これまでの大手企業の下請けの仕事では、自分のつくった紙を手に取るお客さんの顔は見えなかった。しかしカキモリでは、実際に店頭に商品が並べられ、お客さんが手に取っている様子を間近で見ることができる。

「ほとんどの職人さんは、下請けの下請けのような形で仕事を引き受けており、自分たちの仕事が最終的にどんな風に仕上がっているのかを知らない方が多いんです。それがカキモリの場合は、お店に並んでいる様子を見られる嬉しさを感じてもらえているようです」

alt text

▲町に根ざした紙職人が、丹精込めてつくった紙を手に取ることができる

自転車で納品にきてくれる職人さんもいるなど、時間をかけて築き上げたきた関係性、蔵前を拠点とするがゆえの距離感が、カキモリのブランドをつくりあげている。広瀬さんとしては、「地域の力を使わせてもらっている」という感覚も強く持っている。

「蔵前は、下町の雰囲気も残りつつ、新しいものを受け入れる土壌があったんです。カキモリのオープン当時は空き家も多く、これから変わりそうな可能性が大いにあって、その直感に頼りました。オープン時にはお店を気にしてくれる地元のおばちゃんたちが立ち寄ってくれ、地域とのつながりも次第に深まっていったように感じます」

店舗は大通りにある路面店であり、通りを歩くひとからすれば、地域の印象を決める”町の顔”ともいえる位置にある。カキモリは店舗がガラス張りで外からの見通しもよく、製本作業やお客さんとのやり取りが見えるため、地元の人も自然と見守ってくれているようだ。

「品質は、最高」−日本でつくったものを、世界中に届けていきたい

広瀬さんには、書くことを通じて、蔵前という「下町に息づく職人技をずっとずっと残していく」という想いがある。それは日本のクラフト文化への想いでもあった。

「職人さんが手間暇かけてつくる文房具はの品質は、最高です。カキモリには海外からのお客さんも大勢いらっしゃいますが、彼らはこの品質でこの値段は『海外ではありえない』とも言ってくれます。そうやって、価値をより理解してくれているところに届けられれば。そのためには、日本だけでなく、海外でも販売できるようにしていきたいです」

カキモリとしては、少しずつ販売量を増やし、販路開拓のため海外に挑戦することは、職人と彼らの技の価値を高め、事業継承のチャンスをつくることにつながる。

alt text

▲カキモリには、国内のみならず、海外のお客さんも訪れる。”紙”から日本の魅力を感じとってくれたりと、クラフトマンシップは万国共通のようだ

商売を継続してもらいたい。そんな想いから「値段はいくらでもいい、値上げしてくれ」と広瀬さんから職人に頼むことがあるそうだ。「これ、いいね」という人情だけでは、職人の仕事と技を次世代へ残すことはできない。そこを危惧するからこそ、価値と継承のバランスをとろうとするカキモリの存在は大きい。

近年、“ものの裏側を知る”ことへの関心が高まり、クラフト熱が高まっている。そうしたなか、日本と海外との違いについて広瀬さんはこう指摘する。

日本のクラフト文化は、まだ”産業”として残っています。例えば、活版印刷屋さんはまだ稼働していて、設備だけじゃなく、人の手による技術もギリギリ残っている状態です。再生できるチャンスはあって、これは日本の強みです。僕は職人ではないので、その代わりに仕事をしっかりと出し、商売が続き、伝統と技を継いでくれる人が現れるように後押しできればと思っています」

“書くことをたのしむ人”と”書くためにつくる職人”の間に立ち、両者の距離を近づけているカキモリ。

書く行為そのものだけではなく、職人たちの技を継承していくこと。それらが織り成す町の風景、文化そのものを残していきたいと広瀬さんは語る。そのための場所として蔵前に腰を据え、地元の人から外国人観光客まで、ローカルにもグローバルにも、その想いをつむぎ続ける。カキモリは、そんな仲人的な文房具店なのだ。

alt text

カキモリ
東京都台東区蔵前4-20-12
03-3864-3898

カキモリ in 台湾「カキモリ 富錦街」
2016年6月5日オープン。台北の松山空港から徒歩15分 ー 緑あふれる住宅街の中の、アパレルやカフェがあつまる富錦街( Fujin street )に出店中。富錦街の雰囲気は..台湾でカキモリを運営しているFUJIN TREEのビデオでチェック。


つなぐ編集部おすすめ記事 

【商いのコト】[g]ift to local - 北陸のものづくりと観光の発信地点に

【商いのコト】「世界一のハンガー屋になる」路上ライブから百貨店を経て、世界へ


文/大見謝 将伍

写真/馬場 加奈子