つなぐ加盟店 vol. 10 NAKATA HANGER(中田工芸)中田修平さん
「良い」ハンガーってなんだろう
「良いハンガーとは、どんなハンガーだろうか」
誰もが当たり前のように使っているハンガー。その良し悪しを考えてみたことはあるだろうか。
同じように見えるものでも、手に取り、目を凝らしてみるとそこには明らかに違いがある。色味、形状、素材を追求すれば、服を美しく保ち、型崩れもしない。服をかけるのが今よりもっと楽しくなるはずだ。
「良い」ハンガーの指標とは、より楽しく長く使い続けるための「機能」もあるが、それだけではない。ハンガーをつくり、その製品に込めた「想い」を伝える人の存在もあるはずだ。
1946年創業の「中田工芸」は、オーダーメイドハンガーの生産から販売までを手がける。兵庫県・豊岡市に工場を構え、職人らと二人三脚でハンガーに関する知識・技術・経験を蓄積してきた。
そんな中田工芸が、新たな挑戦として2007年に全国初のハンガー専門ショールームを東京・青山にオープン。同時に、新ブランド「NAKATA HANGER」を立ち上げた。その立役者が中田工芸三代目の中田修平さんだ。
BtoBとBtoC事業の両輪で、職人の技を残していく
▲NAKATA HANGERのハンガーのほとんどは、ブナ材を使用し職人が手作業でつくりあげる。手に取れば、その質感、ぬくもりを感じることができる
「アパレル業界の発展を支える」中田工芸は、BtoB事業を基盤に成長してきた企業。「ハンガーは服の一部」と考え、さまざまなブランドの服に合わせたハンガーの提案を行ってきた。しかし、業界の景気に左右され、売上の変動に頭を悩ませる一面もあるのがBtoB事業だという。
業界的には、秋・春の新作発表のシーズンに向けて、夏・冬がハンガーの最盛期である。そのため、職人たちもその時期は繁忙期となるも、一年を通して安定的な売上は担保しづらい。
「業界頼りの状況は、職人の仕事に影響するので大きな課題でした。仕事が減る谷を埋めることができれば売上の安定にもつながり、職人の仕事を維持できる。そうした課題意識から、二代目社長である父がBtoC向けのハンガーづくりを考えるようになりました」
安定的な売上を確保するための新規事業として、ファッションの中心地である東京・青山にBtoC向けの製品とショールームを置くアイデアだ。しかし、これまでBtoB事業しか手がけておらず、さらに兵庫を拠点にしていたため、アイデアはあるものの実現に向けた道のりを一から模索することとなる。
お客さまが目の前にいるのに対応できない
▲「企業や個人ごとにまったく違うオーダーのため、完成するハンガーの形状も変わるんです」と説明する修平さん。普段のお客さまとのコミュニケーションの風景も目に浮かんでくるほど、丁寧に製品を紹介してくれた
ファッションの発信地であり、お得意先の企業も多い青山。この場所にショールームを置くことだけが決まっていた。しかし、実のところ一番の心配事は、日本に戻ってきたばかりの修平さん自身にあった。
ハンガー屋の三代目として、漠然と「家業を継ぐかもしれない」と考えながらも、大学時代をアメリカで過ごし、そのまま現地で日系の人材会社に勤めていた修平さん。そんな職歴で、国も違えば業界もビジネスモデルも違う会社の新規事業に関わることになれば、心中穏やかなわけはない。帰国した2ヶ月後には、青山ショールームがオープン予定だった。
ハンガーの知識もないままに事業がはじまった。まずは店名、ブランド名、ロゴなどを急ピッチで整えなければいけない。どうにか店舗をオープンさせるも、製品の詳細を把握しておらず先輩社員から接客を学ぶ日々が続いた。
▲膨大な製品の中からラインナップを絞り、シンプルに、ストーリー重視でパンフレットを改善してきた
BtoC向けのショールームとはいえ、NAKATA HANGERとしての認知度が上がるまではBtoBの商談の場となることが多かったという。時折、個人で足を運んでくれるお客さまはいたものの、BtoC向けの体制が整っていないために対応に戸惑う場面も。
「当たり前ですけど、個人のお客さまからは『お薦めはどれですか?』『一本おいくらですか?』と聞かれるんです。ただBtoBに慣れすぎていたのか、個人の利用シーンに対する想像力もなく、ロット販売とは違う、ハンガー1本の値段すらすぐに答えられませんでした。
ショールームのオープンに奔走しすぎて、お店にはまだBtoB向けのハンガーしかなく、個人向けに販売できる状況になかったんです。
お客さまがいて、ハンガーが目の前にあるのに対応できない。こんな辛いことはなかったです」
こうした苦い経験から、BtoCの環境づくりに全力を注ぐことを決意する。
大量に製品を揃えていたBtoBに対して、BtoCは絞ることが大切だと学んだ修平さんは、パンフレットで個人向けの製品紹介を行いながら、販売に向けた体制づくりをはじめた。
人々のライフスタイルに寄り添うために
▲5本まで掛けられる、オリジナルの「ネクタイハンガー」。形だけでなく色のバリエーションがあるからこそ、ハンガー自体への関心も高めてくれる
ショールームを訪れるお客さまのニーズはさまざまだ。企業なのか個人なのか、まずそのヒアリングからはじまる。個人の場合、家庭用か贈り物か。贈り物の場合、結婚記念日や友人へのギフト、結婚式の引き出物といったように、利用シーンに応じて細かく分類される。そこから、どのようなオーダーメイドハンガーを仕上げていくか、お客さんと商談を進めていく。
「男性はメンテナンスを気にしますし、女性は収納を気にすることが多いですね。人それぞれ目的や用途が違うため、利用シーンを意識したコミュニケーションを大切にしながら、その人に合った製品を提案しています」
その根底には、人々の多様なライフスタイルが関わっている。「ハンガーを使う人の姿をどれだけ想像できるかが大切なんです」と修平さんは話してくれた。
「ハンガー」の代名詞を目指して
▲その日のコーディネートを預かる「Giorno」。スーツだけでなく、鞄や靴、時計などの小物もこの一本に収納できる
一人ひとりの声に耳を傾けるで、既存の製品だけにとどまらずこれまでにはなかった「和装ハンガー」や「ストールハンガー」などの新製品も生みだしてきた。
お客さまの声から生まれた製品の一つに、ジャケットやコートなどを預かるスタンドハンガー「Giorno(ジョルノ)」がある。イタリア語で「日」を意味するGiornoは、毎日付き合っていく相棒として最高だ 。製品のネーミングは、好きな漫画のキャラクターからヒントを得るなど、遊び心も忘れない。
「ニッサン、トヨタといえば車を指すように、ナカタと聞けば、誰もがハンガーを思い浮かべるような言葉にしたいですね。そのためにも、青山のショールームはただ製品を売るだけでなく、イメージを伝え広げていくための場所だと考えています」
メーカーとして良いものをつくるだけでなく、売り手としてその良さを伝える技術も求められる。「つくる」ための豊岡工場と、「広げる」「売る」ための青山ショールームという明確な役割分担がそこにはある。
世界の「NAKATA HANGER」へ
▲2016年5月からは、NAKATA HANGERの隣に商談用スペースを開設。オーダーメイドのための丁寧なヒアリングが行える
2010年からは、販路拡大のために伊勢丹などの百貨店にもハンガーを卸しはじめた。
「自分たちだけで販売していくには限界があります。とはいえ、どこでも販売していいというわけにはいきません。こだわりのある場所で、こだわりの製品を置いてもらうことで、服とハンガーそれぞれの良さが引き出されると考えています。
過去、ハンガーに興味を持ってもらうために、いくつかテーマを決めてハンガー展も行ってきました。振り返ると、それはまるで“路上ライブ”に近くて、2、3年経って百貨店に製品を卸せたことで、やっと“メジャーデビュー”できたような感覚があります(笑)」
▲日本の象徴となる「富士山」を模したハンガーも。海外展開へ向け、NAKATA HANGERが動きはじめている
中田工芸は、BtoBとBtoCの両輪で国内シェアを広げるなか、2016年で創業70年を迎え、100年企業へと歩みはじめている。そこで掲げるフレーズは「世界一のハンガー屋になる」。
そのためにも、国内だけではなく、海外にも視野を広げはじめている。MADE IN JAPANを販売し、成功するために、挑戦する国や都市を選ぶ条件がいくつかあるそうだ。
「まず、ファッションに対する感度が高いこと。次に、コートやジャケットなどが着られる秋と冬の季節があること。また、個人的にも馴染みがあり、勝手のわかる場所も大切」だと修平さんは話す。海外展開に向けて、新製品の開発にも余念がない。日本から世界のアパレルを支える企業を目指している。
ハレとケ、世代をつなぐ「ライフハンガー」
修平さんの祖父であり、中田工芸初代の中田敏夫さんは、現役の頃から「ハンガーは“ふく”かけだ」と口にしていたという。ハンガーのシルエットが末広がりを表現するため、「“服”だけなく”福”をかける」という意味も込めている。
「『ふくかけ』のハンガーをつくり、お客さまに届けていこう」− 代々続く想いを三代目の修平さんも引き継いでいる。そんな修平さんは、これからのハンガーのあるべき姿をどう考えているのだろうか。
「人生の節目でハンガーを手に取ってもらいたいですね。例えば、小学校の卒業記念にもらったハンガーを、大人になってから大切な人に贈ったり、結婚式の引き出物として使ってもらえたりするような。
ハレ(非日常)の日にもらったハンガーは、ケ(日常)で使うことができます。ハレからケへとつながることで、ちょっとした日常が豊かになっていきます。ものの良さに気づいてくれた人が、誰かのハレの日にハンガーを贈る。そうした循環を通じてより多くの人の手に届き、さらには世代を越えて引き継がれることでさまざまな“ふく”が広がっていく。
NAKATA HANGERは、誰かの人生に寄り添いながら、“ふく”を広げる『ライフハンガー』であってほしいと思っています」
NAKATA HANGER
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文/大見謝 将伍
写真/馬場 加奈子