【商いのコト】特集:暮らしと商いと夫婦のバランス — 大山崎 COFFEE ROASTERS (後編)

成功も失敗も、すべては学びにつながる。
ビジネスオーナーが日々の体験から語る生の声をお届けする「商いのコト」。今回から2回にわたり、京都でコーヒーにまつわる商いをする2組の夫婦をご紹介します。家族や友人、部下や上司。商いをする人の影には、必ずそれを支えてくれる人の存在があります。あなたにとってそんなパートナーは誰でしょうか。2組の夫婦が持つバランス、生き方、働き方は、きっと私達にもヒントを与えてくれるはずです。

大山崎 COFFEE ROASTERS(後編)
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つなぐ加盟店 vol.22
大山崎 COFFEE ROASTERS
中村佳太さん、中村まゆみさん

10円すら惜しいぎりぎりの状態。京都・小商い同士のつながりが夫妻を支えた

右肩上がりの成長を続けている同店だが、オープン当初は厳しい状況だったとまゆみさんは語る。

「夏はあまりコーヒー豆が売れないんです。今では比較的経営が安定してきたので大丈夫なのですが、当時は、1ヶ月の支払いをどうするかというレベルで苦しかった。貯金も切り崩していました。家賃とか生活に必要なお金を稼げていない状態で、利益もちゃんと出していかなければならないのが、本当に辛かったです。

だからお金も10円単位で気にするような生活でした。本当に苦しい時期を乗り越えるために、手続きをして国民年金の支払いを後に延ばしたりと、ぎりぎりの状態でしたね。今だからこそ話せることですが(笑)。」

明日生きるお金の心配をしなければならなかったというこのエピソードは、商いを成り立たせることがどれほど難しいかを如実に物語っている。オープン当初それほど苦しかった中村さん夫妻が現在安定した経営を行えるようになった背景には、もちろん本人たちの努力があったことは間違いない。しかし、2人を大きく助けたのは、京都にある他のお店とのつながりだったと佳太さんは振り返る。

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「大山崎の人や京都市内のお店の人に教えてもらって、マーケットに出展したり、ワークショップを開催したりすることで、徐々に周りに知ってもらえるようになっていきました。イベントに参加すると、いろいろな人と知り合うことができて『じゃあ今度うちでもマーケットやるから、来てよ』とか『自分たちのお店でイベントをやるからコーヒーを淹れに来て』とか言ってもらえるんです。こういったお店同士の横のつながりに助けられました。」

店舗同士のこうしたつながりは、どこの地域にもあるというわけではない。そこには、京都の歴史的な背景と、地理的側面が大きく影響しているという。

「京都の小商いのコミュニティは濃いですね。東京でポンとお店をやるのとは違う。もともと京都は小商いの街で、職住一体で生活している人が多いので、自然とそういう人たちがつながる文化が根付いているんじゃないでしょうか。自分たちの生活をメインに置いて、その中に仕事があるというスタンスの人たちが多いのが好きです。

だから店同士の付き合いだけにとどまらず、プライベートでも会うし、一緒に集まってご飯を食べたりもするし、イベントを開催したらみんな集まる。東京だと電車での移動が基本なので、横のつながりはできにくいのかもしれません。京都市内は自転車で行き来できるので、フラっと寄るようなことが自然とできるんです。」

理論派の夫と、感覚派の妻。役割分担が店を上手く回すコツ

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店を経営していると、運営の仕方で経営陣の意見がぶつかることが多いのが一般的。しかし
中村さん夫妻は、意見が衝突することはほとんどないのだそう。まゆみさんは、普段の夫妻の様子についてこう語る。

「考えが一致するか、どちらかの考えに納得する形でいつも落ち着きます。夫は私が足りない分野の知識が豊富だったりするので、自分が考えつかないアイデアを出してくれるんです。その逆もありますし、お互い補い合っている感じなので、意見がぶつかることは基本的にないですね。」

まゆみさんのコメントからも、互いを信頼し合っていることが伺える。2人の適切な役割分担が、店を上手く回すコツなのではないだろうか。まゆみさんに佳太さんとどのように役割を決めているのかを伺った。

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「夫は理論担当です。だから、ブログの文章を書いたり、お店の経営方針を決めたりすることは、元コンサルタントにお任せしています(笑)。あとは、どういうものをどういうタイミングでどう出したらどんな反応がもらえるっていうことに敏感だというのは感じますね。お店のブログを書いていても、『この内容は今日アップしないとダメなんだ』って夜なべしながら記事を書いたりしていることもあります(笑)。私には分からないことなので、本当にすごいなと思いますね。」

一方でまゆみさんは、佳太さんにはない感覚的なセンスを持っているのだそうだ。

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「妻は、五感が僕より大体全部優れているんですよ(笑)。だから感覚担当ですね。僕は、文章を書いたり理屈でものを考えたりするのはできるのですが、デザインとか、感覚やセンスが前に出るものはどうしたらいいのか分からなくて。ここに合う空間とか色とか、言葉で上手く説明できないことを妻は全部やってくれるので、任せっきりにしています。」

理論と感覚。
互いの長所がはっきり分かれているからこそ、お互いにそれぞれの長所は任せて口出しはしない。2人の良さを活かした店舗運営が、同店の経営を上手く成り立たせているコツだということが分かった。

暮らしが第一。“決め過ぎない”ことが幸運を呼び込む

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年内を目途に店舗を移転し、店舗兼住居としてオープンすることを目指しているという中村夫妻。
今後の目標を語ってもらった。

「今のお店が少し狭いのと、職住を一体にしたいという理由で次の場所をオープンするのですが、基本的にはやることは同じだと思っています。お店に来ていただくお客さんには、試飲をしてもらって、いろいろ話をして豆を選んでもらう。

もともと、2人で自分たちが望む生活をするっていうのがすべての出発点だったので、そこを壊すようなことはしたくありません。忙しすぎては意味がないので、お店の拡大とかも考えてないですし、あくまでも自分たちが働ける範囲内でやっていこうと思います。」

あくまでもライフスタイルを重視するという当初の考え方はこれからもぶれそうにない。佳太さんは、今の充実した暮らしを手に入れた秘訣を最後に語ってくれた。

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「今の生活ができているのは本当に“ラッキー”ですね。ビジネス書に書いてあるような戦略って結局は後づけだと思うんですよ。“この戦略をとったら絶対上手くいく”なんてものはない。

それに、成功する確率が高いものばかり選んでいると、お店は儲かっても、全然暮らしが豊かにならないということになってしまう。だから僕たちは、予想外の“ラッキーが起こる余地を残したい”。これを大切にしてきたから、幸運に恵まれ豊かな暮らしができているんだと思います。元コンサルタントがこんなこと言っちゃだめかもしれませんけどね(笑)。」

“ラッキーの余地を残す”。
佳太さんの最後のこの言葉こそが、豊かな生活を送るためのコツなのではないだろうか。

すべてを決めてしまうのではなく、予想外のものが入り込む余地を残す。だからこそ、暮らしが豊かになる“楽しい出来事”が自然と舞い込んでくる。おそらく、余地を残すことによって、アンラッキーな出来事が起こることもあるだろう。しかし、それすらも楽しむことができるマインドこそが、幸運を呼び寄せているのだ。

コーヒー好きな人だけでなく、生き方に困った人も「大山崎 COFFEE ROASTERS」を訪れてみてはいかがだろう。きっと豊かに生きるヒントを得ることができるはずだから。

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大山崎 COFFEE ROASTERS
京都府乙訓郡大山崎町大山崎尻江56-1
10:00~15:00( 毎週木曜日と土曜日)

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(つなぐ編集部)

写真:牛久保賢二