つなぐ加盟店 vol.68 NOTA_SHOP 加藤駿介さん
時間と手間の中から立ち上がる手仕事には、昔から脈々と受け継がれてきた、決して変わることのない価値が宿っています。他方で、テクノロジーが進化することで、今まで「なかった」ところに新たな価値が生まれ、新しい仕事の形が生まれることもあります。一見真逆に思えるこの二つの価値を、一つに結びつけることができるのではなかろうか?と考えました。好きなこと、やりたいことを仕事にする。そこには様々な障害やリスク、不安がつきものです。そんな時、力になってくれるのは、意外やインターネットやクラウドサービスを駆使して、「小さな力でやれることの世界を広げる」テクノロジーの存在かもしれません。この手の中にある確かさと、今までとは「見方」を変えることで気づく確かさ。この特集では、世の中にある二つの真実を、仕事の中で一つに結ぼうとする人を訪ねてみたいと思います。
焼き物の産地として知られる滋賀県、信楽町。
大小のタヌキが立ち並ぶ町を抜け、畑の間を進みながら「本当にこっちでいいの?」と不安になってきた頃、古い作陶所をリノベーションしたという「NOTA_SHOP」の建物が見えてました。店内にはオリジナルの陶器のほか、洋服、オブジェ、イギリスやアメリカのヴィンテージなど、新旧、ジャンルを超えた様々なものが並び、一歩入った途端、その世界観に引き込まれていくよう。
加藤駿介さんは、この地で生まれ育ったデザイナー。陶器のデザインから、制作、販売までを行う「NOTA&design」を立ち上げたのは、今から 4年前のことでした。実家は130年の歴史を持つ信楽焼の窯元。実は、今回訪ねるまで、家業に新しい息吹を吹き込み、新たな発信をしていらっしゃる方なのかと思っていました。でも、話を聞くうちに、どうやらそれだけではないとわかってきました。
高校卒業後、京都の美術大学へ。
「自分は、何者になりたいのか、当時はさっぱりわかっていませんでした。でも、方向だけは決まっていて、デザインやアートに関係する仕事がしたかった。中学、高校時代から、モノが好きで、デザインが好き。そういう関係の雑誌もたくさん読んでいましたね。でも、残念ながら大学の授業はそんなに面白くなかったんです(笑)。むしろ、フリーランスで映像の仕事をしている卒業生の先輩たちがいたので、そこでアルバイトをしながらいろんなことを教えてもらいました。映像制作の手伝いをしたり、クラブでVJをしたり。当時京都にあったインテリアショップ『イデー』でアルバイトができたのも、大きな経験でしたね」と教えてくれました。
目的地が決まらないまま、目の前にある面白そうな世界へと飛び込んでいった加藤さん。当時、見たもの、得たことを聞いてみると、意外やその観察眼は冷静でした。
「『イデー』はすごく刺激的な店だったのに、結局京都店は閉店してしまいました。その様子を間近で見ていて、『面白いことをするだけでは、長く続けることはできないんだな』と学んだんです。誰だって『面白いこと』をやりたくなる。でも、それだけじゃあ持続可能な仕事にはならない。そのバランスっていうのはすごく難しいんだ、と知りましたね」
では、「面白いこと」を続けるために、必要なものってなんなのでしょう?
「いろんな人の働き方の話を聞いて、仕事にはさまざまな『ステップ』や『ステージ』があるのだと思いました。収入のベースになる仕事って、意外に名前を出さないでやっていたり、裏で関わっていたりすることが多い。世の中の表面に出てくる仕事って、ほんの一部だけなんですよね。人の目に触れる仕事は、目立つんだけど、現実には単価がびっくりするぐらい低かったりする。どの『ステージ』を選ぶかで、仕事の仕方が変わってくる。そこを見極めなくちゃいけないんだと思います」
ここで、加藤さんはすでに「アーティスト」と「ディレクター」の違いがわかっていたよう。自分の手を動かし、自分の名前で勝負する人もいるけれど、名前は出さず、陰に隠れてプロジェクトを動かす人もいる……。加藤さんは、「デザイン」や「アート」に惹かれながらも、同時に、社会の中でモノを生み出す「仕組み」を作ることに、興味を持っていました。大学生の頃から、こんな視点を持っていたなんて、これは、只者じゃないぞ、という予感がしてきました。
そもそも、加藤さんが「もの作り」に興味を持ったきっかけなんですか?と聞いてみました。
「信楽って、焼き物の町で、保育園から本物の粘土に触れるんです。高校生ぐらいになると、信楽出身の子は、圧倒的に絵が上手いんですよ。街中の通学路にもいろんな色があって質感がある。何も考えていなくても、それが自然に身につくんでしょうね」
ただし、家業を継いで焼き物を作る作家になろうとは全く思わなかったのだといいます。そして、大学を一年休学してロンドンのデザイン専門学校へ。ここでさらに、視野が一回り大きくなる経験をします。
「向こうでは、卒業制作で学生と一般企業が一緒に物作りをするんです。日本では考えられないですよね。例えば、ファッションを専攻している学生は、靴を外注したり、プロのモデルを雇ったり、縫製を依頼したり。製作に対するお金の掛け方が、学生のレベルではなくて驚きましたね。社会もそれを認めているから、年齢には関係なく、どんなに若い人の作品でも、良いものなら買うよ、という姿勢なんです」
物作りをする人は、とかく「自分で作る」ことにこだわりがちです。加藤さんが一番感動したのは、学生たちが自分のもの作りを「外に投げる」という発想でした。
そして、こう語ってくれました。
「僕は、その時『ああ、自分はアーティストにはなれないな』と思ったんです。完全にゼロから自分のインスピレーションでモノを作り上げる人もいるけれど、僕は違うなって。アーティストではなく、デザイナー的思考で、すでにあるモノに対して『もっとこうしたらどうだろう?』と改良を加える。そういう方が得意かなと思いました」
そうして、帰国後選んだのが「広告」という業界です。
「大学時代から映像を手がけていてメディアアートに興味があったんです。
プログラミングもちょっとかじって、音と同期させて映像を変えていくのが面白かった。プログラミングって、根源的なとても小さなパーツから作り上げていくんですよね。それって、自然を作っていることに近いんです。テクノロジーって、そんなに遠いものではなく、もっと根源的なものなのかもしれない……。そういうことに興味があったんですよね」
プログラミングが、自然を作っていることと近い……。その着眼点の面白さに驚きました。
ところが、加藤さんはここで大きな挫折を味合います。
「イギリスでは、年齢は関係なく、組織の中ではヒエラルキーがないんです。意見があれば言えばいいし、面白いことは面白いと評価される。でも、日本の会社ってどうしてもそうはいかないんですよね。どんどん意見が言えなくなって、怒られてばかりいました」
ちょうどそんな時にリーマンショックが起こりました。「もう少し小さな世界=自分で完結できる世界の中で、何かを作りたい」。そう考え始めた頃に、家業を手伝わないかと声をかけられました。加藤さんは、退社し信楽に戻ります。
そんなある日、コンビニエンスストアで出会ったのが「Square」でした(※)。
「すごく面白いな、と思ってすぐに買いました。当時働いていた会社は、製造卸がメイン。だから直接金銭のやりとりがなかったんです。商品の伝票などは、全て手で書いていました。そこで、POS管理をするために、まずは全ての商品をSquareに登録することから始めました。そうすれば、どの時点で何が売れたのか、どのカテゴリーがよく売れているのか、全てデータにすることができます。だから、最初は決済機能を使わないまま、データを取るためだけに使っていたんです」
※:現在、コンビニエンスストアでは発売しておりません。
でも、ここでも思うようにことは進みません。古い体制の会社の中で、加藤さんが作りたいものを一生懸命語っても、そこに共通言語はなく、周りの人はなかなか理解してくれなかったのだとか。
「これはもう、自分でやるしかないなと、完全に独立することにしました。僕の人生でいくつかのターニングポイントがあったんですが、結局いつも結論は『だったら自分でやるしかない』でしたね」と笑います。
まず、取り掛かったのは「場づくり」でした。長い間使われていなかった作陶所の中を片付け、妻の佳世子さんと一緒にリノベーションを。
「『よくこんな場所で始めましたね』と言われることも多いんですが、これからは、立地条件は関係なくなっていくだろうと思ったんです。便利な場所というよりも、この雄大な眺めの中にある広々とした空間、というロケーションやサイズ感が重要だと思って」
最初に出来上がったオリジナル商品は、なんと自転車スタンドでした。
「東京にいた頃から、自転車に乗っていたんですが、いい自転車スタンドが見つからなかったんです。陶器って重たいじゃないですか? さらには外に置いておいても腐らない。焼き物に興味がない人や、若い人にも面白がってもらうには、これがいいかなと考えました。雑誌に掲載してもらったりと、こういうヘンなことをしている奴がいるんだって、記憶のどこかに引っかけてもらうきっかけになったんじゃないかな。売り上げ的にはそんなに大きなものではありませんでしたが、爪痕を残したというか……」
「TRIP」と名付けたその自転車スタンドは、自転車と一体のなることで、駐輪している姿そのものがアートになるかのようなかっこよさ。加藤さんは、こういうことをやりたかったのか、とこのプロダクト一つとるだけでも伝わってくるようです。
今では、ミナペルホネンのショップ「call」の椅子やドアの取っ手を作ったり、「クリンスイ」とともに浄水器を手がけたりと、特注でのプロダクトと、インテリアショップなどに卸す商品の両方を手がけています。
「『グラフ』の服部滋樹さんや、『ランドスケーププロダクツ』の中原慎一郎さん、『ミナペルホネン』の皆川明さんなど、今特注でオーダーをいただいている方々は、焼き物だけをしていたら繋がれなかったと思います。外に出てみる、って大事だなと思いますね。一つの世界の中にこもったまま作っているだけでなく、面白いなと感じたものが、例えジャンル違いだったそしても、そこに向かって動いた方がいいと思う。信念を持ってやっていれば、必ず誰かが見ていてくれると思いますから」
そしてお店を立ち上げた時から、ずっと使っているのがSquareです。
「今、うちのお客様の6割がクレジットカード決済なんです。商品もカテゴリーで作家ごとに分け、全部登録して、POS管理をするためにも使っています。一番便利なのは、僕が店にいない時にでも、携帯電話でデータが見られること。イベントに出店した時にも、お店と出店先どちらのデータも同時に入ってくるので、すごく助かっています。
従来のCAT端末を買うのに20~30万円はかかってしまう。レジも必要だし、高いシステムも買わなくちゃいけない。僕達みたいな規模の会社にとって、独立して最初の投資って、予算ギリギリなんですよね。そんな時に、Squareがあって、本当によかったなと思います。メンテナンスやサポートもしっかりしているし、クレジットの場合でも、一週間以内に入金されるので、そこも大助かりです。こういう活動をしていると、キャッシュフローって重要ですから。でも、何より僕が気に入っているのは、デザインですね。見た目の美しさはもちろん、構成そのものがシンプル。美しいものって、わかりやすいんだと思います」
学生時代から、留学、就職と、それぞれの時代のお話を聞いていると、どの時代にも「なんだか違う」と足を止めた加藤さんの視線の先には、今自分がいる場所より、一回り大きな世界がありました。そこが、すごいなあと思うのです。アートだけ、広告だけ、好きなことだけ、にとどまらない。ベースにある「モノが好き」という思いは、幼い頃から変わらないものの、自分が起こす行動によって、どんな風が起こるのか? と思考を巡らせることができる……。さらには、自分だけではなく、誰かの力を借りるともっと違うことができるんじゃないか?という柔らかな発想でものごとを考えられていました。
人は「自分」にとらわれると、世界を狭くしてしまうのかもしれない……。それが加藤さんに教えていただいたことでした。「私がやる」にこだわりすぎると、「できること」の幅が小さくなり、「誰かの力」と化学反応を起こすこともできません。
積極的に、テクノロジーの力を借りることもその一つ。会計や在庫管理など、今までごく当たり前にやってきた作業を、より効率化し、コストを下げ、ラクにする。それは、もの作りを裏側から支えるもう一つの「実力」として、「やりたいこと」を支えてくれます。信楽という小さな町にある小さなショップから、これからどんなウェーブが起こるのか楽しみです。
NOTA_SHOP
滋賀県甲賀市信楽町勅旨2316
TEL:0748-60-4714
営業時間:11:30~18:00
定休日:火曜日、不定休
文:一田憲子
写真:伊東俊介