【商いの​コト】自分に​しかできない​仕事を​継ぐ。​イワシの​食文化を​つなぐ​「イワシビル」

成功も​失敗も、​すべては​学びに​つながる。​ビジネスオーナーが​日々の​体験から​語る​生の​声を​お届けする​「商いの​コト」

つなぐ加盟店 vol.82 下園薩男商店 下園正博さん

その土地に​代々受け継がれてきた​仕事を​自分が​引き継ぐ。​そこには​家業のない家で​育った​者には​わからない、​独自の​境地が​あるのだと​思う。​新しい​仕事を​始めるのとは​違って、​使命感のような​気持ちを​伴うのではないか。

祖父が​創業した​イワシの​丸干しの​加工販売会社​「下園薩男商店」の​下園正博さんも、​3代目として​家業を​継いだ。​子ど​もの頃は​継ぐことは​まったく​考えていなかったと​いう。​いまでは​従来の​仕事に​加えて、​新しい​チャレンジを​次々に​始めている。

昔から​続いてきた​仕事は、​多くの​人に​求められてきた証でもある。​だが、​長い年月の​中で​変わってきた​人々の​ニーズと、​少し​ズレが​生じている​こともある。​いまの​若い​人には​馴染みの​薄い​丸干しと​いう​食材を、​これから​どう​新しい​形で​表現していくのか。​イワシビルの​ある​鹿児島県阿久根市を​訪れ、​下園さんに​話を​聞いた。

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なぜ、​イワシ?

「イワシビル」と​いう​楽しげな​名前から​想像していたのとは​違って​周囲は​閑散と​した​商店街。​建物の​外観は​一見まじめな​オフィスビルだった。​ところが​一歩店の​中へ​入ると、​ポップな​雰囲気の​明る​いスペースが​広がっている。​手前が​ショップで、​奥は​カフェ。​陳列棚には​見たこともない​食品や、​かわいい​雑貨が​並んでいる。​やはり​イワシを​テーマに​した物が​多い。

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イワシビルを​営む株式会社下園薩男商店は​1939年の​創業。​イワシの​丸干しを​製造し、​主に​大手スーパーなどの​量販店に​卸している。​メインの​工場は​イワシビルから​車で​30分ほどの​場所に​ある​湯田工場。​売上の​大部分は​そちらの​本業で​得ている。

阿久根市は​鹿児島のなかでも​西の​端、​東シナ海に​面した​海辺の​まち。​昔からの​イワシの​産地だ。

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「阿久根には、​イワシの​丸干ししかつくっていない​会社が​今も​13軒あるんです。​これだけ​残っているのは​全国でも​阿久根だけ。​イワシ自体は​よそでも​獲れますが、​この​近海で​穫れる​イワシには​脂がのりにくい。​それが、​丸干しには​向いているんです。​脂がのっていると​酸化して​長く​干せないので」

そう​下園さんが​教えてくれた。​丸干しを​食べた​ことは​あるだろうか?​中でも​ウルメイワシを​3日間乾燥させてつくる​「ウルメイワシ上乾​(じょうかん)」。​出汁を​とる​煮干しとは​違って、​酒の​アテなどに​食べる​干物の​一種だ。

「使うのは、​ほんとに​目に​見える​近海の​2〜3キロ沖で​穫れた​イワシです。​しかも、​朝穫れと​いって​明け方4〜6時の​間に​穫れた​イワシが、​まだ​お腹に​エサの​入っていない、​丸干しに​もっとも​適した​状態。​お腹が​空っぽなので、​干した​時に​苦味が​少ないんです」

イワシビルで​いただ​いた​丸干しの​おいしかった​こと。​塩気と​旨みが​凝縮されて、​噛めば​噛むほど​味が​出る。

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▲ウルメイワシを​3日間乾燥させてつくる​「ウルメイワシ上乾​(じょうかん)」

選んだのは、​自分に​しかできない​こと

下園さんが​家業を​継ごうと​決めたのは​大学生に​なってからの​ことだった。​子ど​もの​頃から​「跡を​継げ」と​言われた​ことは​一度もないと​いう。​それなのになぜ?

「父は​自分の​代で​会社を​たた​もうと​考えていたくらいで。​自分も​大学に​入るまでは​IT企業の​社長に​なって、​30代で​リタイアするのが​夢でした​(笑)。​でも​大学2年生に​なって​そこそこ生活にも​慣れて暇な​時間が​できた時、​早々と​リタイアした​ところで、​人生すごく​つまらないんじゃないか?って​思ったんです。​お金も​あって​時間は​いっぱい​あっても、​やりたい​ことがないと​こんなに​つまらないんだなって。

じゃ​あもっと​面白い​人生を​送るには​どうしたら​いいかと​考えると、​自分に​しかできない​ことを​やるのが​一番​楽しいんじゃないかと。​それが​自分に​とっては​家業でした。​実家は​丸干しやってるし、​長男だし」

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世の中で​売れているかどうかや、​将来性と​いった​ことよりも​自分が​その​仕事を​やる​必然性のような​ことに、​下園さんは​やりがいを​見出した。​丸干しを​どう​やって​未来に​つな​げていくか。​「跡を​継ごう」と​決めた​時から、​それは​下園さんの​大きな​ミッションに​なった。

危機感から​生まれた​商品

大学卒業後、​2年間IT企業に​勤めた後、​水産加工食品の​商社に​転職。​今の​仕事を​継ぐ​ことを​念頭に​5年間働いた。​そこで​目の​当たりに​したのが、​丸干しの​お客さんが​高齢者ばかりと​いう​現実。

「売り場に​立っていると、​買いに​来るのが​おじいちゃん、​おば​あちゃんしかいないんです。​若い​人には、​丸干しを​知らない​人も​多くて。​このままいくと、​30年先、​丸干し​その​ものが​なくなるかもしれないなって​危機感を​覚えました」

家業に​戻ってからは、​若い​人たちに​手に​して​もらえるようパッケージを​刷新するなどの​試行錯誤を​続けた。​ところが、​干物コーナーに​若者向けの​商品が​置いて​あっても、​訪れる​お客さんは​変わらず年配の​人が​多い。

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「まるで​売れなくて。​考えてみれば​当たり前ですよね、​売り場は​変わっていないわけ で。​売る​場所から​考え直さないと、​今までの​量販店に​置くだけじゃだめだなと​思うようになりました。​食の​セレクトショップや​雑貨屋のような​店に​置ける​商品を​つくろうと。

都会には、​干物を​売りに​した​定食屋が​あったり、​百貨店の​地下に​干物専門の​惣菜屋さんも​あった。​表現の​仕方次第では​干物の​加工品も​いけるなって。​洋風に​したら​面白いんじゃないかと​丸干しを​オイルサーディンに​する​アイディアを​思いついたんです」

これが​「旅する​丸干し」と​いう​可愛い​ネーミングの​新商品に​なった。​今では​ボンタンオイルを​使った​「プレーン」​味や、​ドライトマト・ガーリックの​「南イタリア風」、​オリーブ・ハーブの​「プロヴァンス風」、​カレー・ミックスビーンズの​「マドラス風」と​4種類を​展開している。​その他にも​新しく​開発した​商品は​増えていき、​少し​ずつ販路も​広がって​いった。

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イワシビルを​開業

そうしている​うちに、​今イワシビルに​なっている​建物を​購入する​ことになる。

「父が​買うと​いうので、​そのビルで​何を​するんだって​聞いたら、​お前が​考えろって​言われて。​やるんだったら​お店に​しようと。​いつか丘の​上の​景色の​いい​ところに​店を​出そうって​話は、​スタッフともしていたんです。​父が​この​ビルを​買った​ことで​町の​中に​なっちゃったんですけど​(笑)」

ただし、​阿久根は​イワシの​産地では​あっても、​観光で​多くの​人が​訪れるような​場所ではない。​人口も​2万人ほど。

「お客さんが​たくさん来なくても​成り​立つように、​1階は​ショップと​カフェに​するけど、​2階は​工場に​しようと​決めました。​作業場と​して​活用するって​ことです。​3階を​どうするか​迷っていたら、​ある​知人に​ゲストハウスは​どうかと​勧められて。​『旅する​丸干し』との​親和性も​あるしいいなと。​カフェと​ショップと​工場、​ホステルが​融合した​施設など​あまり他に​聞かないので​キャッチーかなとも​思いました」

2階の​工場では、​イワシビルオリジナルの​商品を​つくっている。​工場は​ガラス張りの​部屋で、​外の​通路から​いつでも​作業風景が​見学できる。

3階の​ホステルには​部屋が​全部で​9室。​シングルが​4室、​ダブルが​2室、​ツインの​和室が​1室。​壁の​上部が​空いた​半個室だが、​木を​使った​床や壁で​温かみが​あり、​ベッドも​広くて​居心地が​いい。​内装には​漁船で​使われた​集魚灯や​学校で​使われていた​椅子を​リメイクした​ソファなど、​もともと​地域に​あった​ものを​リデザインした。

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イワシビルが​オープンしたのは​2017年9月。​オープニングには​鹿児島市内からも​多くの​人が​駆けつけた。​阿久根の​地元の​人たちに​浸透する​方が​時間が​かかったが、​今では​カフェメニューの​一つである​鯛焼きも​人気で、​毎週​末多くの​お客さんが​訪れる。

いまイワシビルの​売上の​約3〜4割が​物販と​ホステル、​6割が​工場からの​出荷。​全事業では、​下園薩男商店全体の​1割弱の​売上を​占める。

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▲朝食には​脂の​乗った​美味しい​イワシの​丸干しに、​ウルメの​上乾も​付く。

選ばれる​職場を​目指して

仕事の​仕方​一つとっても、​これからは​若い世代に​支持される​ことが​大事だと​下園さんは​感じている。​と​いうのも、​新しく​入ってくる​若い​スタッフには、​下園薩男商店の​本業ではなく​イワシビルの​仕事に​関心を​もつ人の​方がはるかに​多い。​確かに​明るくて​ポップな店は​職場と​して​楽しげだし、​商品開発など​クリエイティブな​仕事に​携わるのは​魅力だろう。

「まだイワシビルの​事業売上は​全体の​約1割に​すぎないのですが、​ゆく​ゆくは​こちらに​シフトして​いかなければと​考えています。​と​いうのも、​これから​10年、​20年すると、​いい​人材を​得る​ことが​一番​難しくなっていくと​思うんです。​選ばれる​職場にならなくちゃいけないなって」

職場を​魅力的に​する​工夫もする。​たとえば​その​一つが、​ワークウェア。​製造の​際に​身に​つける​作業着も​「着ていて​モチベーションが​上がる​ものを」と​動きやすくてかっこいい服を​オリジナルで​制作した。​同じ​ワークウェアは​商品と​しても​販売している。

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毎年​1〜2名は​地元の​新卒生を​社員と​して​迎え入れる。​商品開発の​仕事を​やってみたいと​入ってくる​人が​多いが、​実際に​始めてみると​その厳しさに​気付くと​いう。

「こういう​商品が​つくりたいと​いう​思いが​あったとしても、​商品に​するのは​お客さんに​求められる​ものですから。​ペルソナを​立てて、​徹底的に​お客様に​とって​必要な​商品に​していく​ことを​考えます。​かけられる​原価も​決まっていますし、​なかなか​厳しい​仕事なんです」

たとえば、​都会で​働く​女性が​カバンに​忍ばせているだけで​気分が​上がるような​商品と​想定して​開発したのが、​小魚と​ナッツの​スイーツ​「Kots」。​対象者を​イメージして、​パッケージデザインも​東京の​デザイナーに​依頼した。

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これから​先、​どんな​展開を​?と​聞いてみると、​イワシビルの​2店舗目を​考えていると​いう。​それも​阿久根ではなく、​奈良か​鎌倉に。

「その地域の​ものに​一手間​加えた​商品を​置く​店が​ここ以外でも​成立すれば、​すごく​面白いんじゃないかなと​思ったんです。​名前は​同じイワシビルでも、​置かれている​商品が​場所に​よって​全く​違うような。​店に​よって​その地域性が​見えてきますよね」

イワシビルが​できた​ことで、​何もないと​思われていた​町に、​未来を​照らすような​拠点が​できた。​これから​場所が​変わっても​広がりを​見せるだろう​イワシビル。​その​展望がますます​楽しみに​なった。

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イワシビル
鹿児島県阿久根市鶴見町76
TEL:0996-73-3104
営業時間:11:00~18:00
定休日:なし​(1月1日)
予約: iwashibldg.jp

文:甲斐か​おり
写真:坂下丈太郎


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