【商いのコト】伝統産業のまち高岡で“つくり手”と“使い手”をつなぐ—HAN BUN KO

成功も失敗も、すべては学びにつながる。ビジネスオーナーが日々の体験から語る生の声をお届けする「商いのコト」。

つなぐ加盟店 vol.60 株式会社はんぶんこ 東海裕慎さん

富山県高岡市の中心街、山町筋(やまちょうすじ)。江戸時代から続く風情ある商家に「HAN BUN KO」(以下、はんぶんこ)がオープンしたのは2012年のこと。ものづくりをテーマにした複合施設である。入ってすぐの明るい場所には雑貨や伝統工芸品などの商品が並ぶ。ショップスペースの横には工作機械を備えたワークショップのできる工房があり、奥の蔵は壁一面が本棚で、自習室兼図書室になっている。全体を通して何か面白いことが起きる場所、そんな空気感があった。

ここ高岡は銅器や漆器など、伝統工芸の盛んな地域。その高い技術を用いてつくられた品を、身近に感じてほしいという思いでこの店を開いたのが東海裕慎(とうかいゆうしん)さん。いったいどんな店なのか、またどうしてこの店を始めたのか。お話を伺った。

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▲ショップスペースには、高岡をはじめ各地の工芸品や生活雑貨が陳列されている。

つくり手、使い手の思いをはんぶんこする

はんぶんこが入っているのは、江戸時代から続く「金七金物店」の元店舗で、店が移転した後、長年空いていた建物だった。以前は神奈川県でシステムエンジニアとして働いていた東海さんは、16年前に地元の富山にUターン。ネットショップの企画運営やホームページの制作を行うITの会社を立ち上げた。金七金物店とは仕事上のつながりがあり、この空き店舗をオフィスとして使わないかと打診を受けたのだ。

「はじめは借りるつもりはなかったんですが、物件を見に来たら、蔵に一目惚れしてしまったんです。当時、ネットの仕事を始めてちょうど10年経つ頃。コンピューターに向かい続ける働き方に疲れていたこともあって(笑)、人やものと接することを何かしたいなと思っていたことも後押ししました。すごくいい空間なので、オフィスとして使うだけではもったいない。みんなに見てもらえたらと、まずはギャラリーを始めました」

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▲蔵の中。現在は自習室兼図書室として利用され、東海さんのオフィスも兼ねている。

ところが、展示する作品を調べたり伝統産業について理解を深めたりしていくうちに、観賞目的のアート性の強いものより、日常で使えるものを販売して広めたいという気持が湧いてきたという。

「その方が、展示という一時的な形よりつくり手の思いを、日常生活の中で身近に感じてもらえますから。僕自身、隣の氷見市の出身なので、高岡銅器や高岡漆器、越中福岡の菅笠(すげがさ)などの伝統工芸品があることは知っていました。ただ、その中には自分が手に取りたいと思うようなものが少なかったんです。伝統的な技術を用いた品であっても、日常に使えるものを扱いたかった。それに、実際に自分でものを売るという経験は、ITの仕事にも生かせるんじゃないかと考えたんです」

店の名には、つくり手と使い手の思いを「半分ずつ」ではなく、補い合う「はんぶんこ」という意味を込めた。

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つくり手の思い、商品の背景が見えるものを

ショップを始めてから、つくり手の元へ頻繁に通うようになる。高岡には脈々と続いてきたものづくりの文化があり、職人の仕事が大切に育まれてきた。昔から、金屋町(かなやまち)でつくられた製品を山町筋で売るという流れがあったのだそうだ。同じように、はんぶんこでも地元で活動する作家や職人の品を店で紹介したいという思いは強かった。だが当時は、まだ地元の産業とのつながりがほとんどなかったという東海さん。

「まずは、高岡伝統産業青年会に入り、つくり手さんたちとの人脈をつくることから始めました。色々知っていくと、伝統的な技術を使って新しいデザインを生み出そうと試みていることや、すでに能作さん(*1)のように新しいものづくりを始めている人たちがいることもわかってきたんです。従来の銅器や漆器よりも、若い人に気に入って使ってもらえるような、新しいものづくりを育てていけたらと思うようになりました」

*1:高岡市の鋳物メーカー。仏具、花器、茶道具、テーブルウェアなどをつくる

打合せも兼ねて制作現場を見てまわり、商品の生まれた理由を聞くプロセスを大事にした。
仕入れの決め手はつねに「自分が使ってみたいかどうか」。

「機能だけでも売れないし、デザインだけでも売れない。やっぱり、その商品の生まれた理由、背景が大事だと思うんです。そのストーリーを売り手が説明できなければ、ものは売れない。それってつまり、作り手の思いが見えるってことでもあると思うんです」

東海さんが発行した冊子『タカモノ』には「高岡らしい、ものづくり」と副題がある。ページをめくると、銅器団地の歴史やこれからの高岡を支える若手職人などが丁寧に紹介されていて、高岡のものづくりを後押ししていこうとする東海さんの姿勢がよく伝わってきた。

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▲高岡の鋳造技術により生まれた「おりん」。透明感のある澄んだ音がする。(画像提供:はんぶんこ)

ものをつくって、売ったことのある会社に

ショップを通して他社の製品を販売しているうちに、売り方についてもさまざまな試みをしてみたいと思うようになる。他社の品で実験するわけにはいかないが、自社でつくった製品なら色々試してみることができる。さらに自分でものをつくり販売してみることで、他社へのアドバイスにも説得力が生まれるのではと考えた。そこで生まれたのが、自社製品の「焚き火ろうそく」だ。間伐材を細かく割って薪をつくり、小さな薪を積み上げて蝋を染み込ませると、「ろうそく」だけれど「薪」のような、ぱちぱちと音をたてて小さな炎のあがる、新しい感覚のろうそくが誕生した。

「自分で商品開発して、実際に販売してみると、卸しにはいくらで卸すとか流通にはどう流すなど一連の流れがわかって、すごく勉強になりました。発売後は戦略を立てて、自分なりに考えたやり方で情報発信をしたんです。結果38媒体ほどのメディアから取材がきて、結構売れたんですよ。でも一人で制作もやっていたので、手が追いつかなくて。大晦日の日に一人で梱包や出荷作業することになってしまって(笑)。結局今は販売中止にしています」

この体験で得たことは大きな糧になった。何より「売れるノウハウ」を体得したことで、ショップで扱うメーカーや作家に対して説得力をもってマーケティングやブランディングのアドバイスができるようになったことは大きな前進だった。

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体験型ワークショップに、年間1,000人が参加

さらにはんぶんこでは、販売だけでなく、体験型のワークショップも積極的に行っている。

「最初はショップだけだったんですけど、たとえば錫(スズ)のぐい呑が3,600円するとしたら、普通の感覚では高いって思われるんですね。でもどうしてその値段がするのか、ちゃんとした価値をわかってもらえたらと思って、体験を始めたんです。みんな自分でやってみると、ものの見方が変わります。逆に、こんな安いんですかって言われるようになったり」

ワークショップには「錫のぐい呑みをつくる鋳造体験」や「螺鈿細工体験」といったプログラムがある。鋳造体験では、砂をつめて型をつくり、溶かした金属を流し込んで冷やすと完成。陶芸やガラスと違って、その日に持って帰れるのが魅力で、富山の地酒とともに「今日の晩酌に間に合う」が売りだ。

「それも始めて一年経つ頃、北陸新幹線の開通のタイミングと重なって。ちょうどいい観光体験だったんでしょうね。最大5人までしか受けられないワークショップなんですが、年間約1,000人が来てくれました。今は少し落ち着きましたが、店の売上の半分以上が体験の売上です」

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▲「錫のぐい呑みをつくる鋳造体験」の様子。 ぐい呑み体験は4,320円、螺鈿細工体験 4,860円(画像提供:はんぶんこ)

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▲溶かした金属を型に流し込む。(画像提供:はんぶんこ)

自分の手でものをつくることによって、既存の伝統工芸品がどれほど高度な技術で作られているのかわかる。それがひいてはつくり手への共感やリスペクトにつながっていく。伝統産業への理解を深める意味でも、はんぶんこは「つくり手」と「使い手」をつなぐ場になっている。

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▲入り口右手につくられた「大人の図工室」という工房には3Dプリンターや3Dスキャナ、レーザー加工機などもあり、さまざまなものづくりができる。

ものの販売から、新たなフェーズへ

店を営業しながら、オフィスを兼ねた奥のスペースでウェブ制作やネットマーケティングの仕事も平行して続けてきた。2つの仕事は、一見かけ離れているようにも見えるが、情報発信をしながら売る人と欲しい人をつなぐという意味では共通性があり、工芸品を扱っているから新たなITの仕事が入ることが多くなった。次第に店の運営と、ITの仕事の両立が難しくなってきた面もある。

「やっぱりお店を開けていると通りがかりの人も入って来られるので、そのたびに仕事の手を止めることになりますからね。両立が難しくて支障も出始めているので、今年から店の営業は、土日祝のみにしたんです。平日は人も少ないですから」

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▲「はんぶんこ」店の前にて。

この店が、ものづくりのメーカーや作家をさまざまな面で後押ししてきたという実感はある。それが自信や喜びになった一方で、そろそろ「はんぶんこ」は一つの役目を終えようとしているのではないか、とも感じている。

「能作さんやOriiさん(*2)などのメーカーが、自社で直接ワークショップなどやるようになりました。最近では山町ヴァレー(*3)もできて地元のクラフトなどはそちらでも購入できます。うちは先んじて6年前からつくり手と使い手をつなぐ役割を果たしてきたと思うし、それが今の動きにつながっていると思いますが、個人的にはそろそろ次のステップへ進んでもいいかなと考えていて。今までの実店舗の運営の経験と、16年間のデジタルマーケティングの実績をもとに、もう少し広い意味でメーカーや個人作家さんのブランディングサポートや、マーケティングの仕事に注力していきたいと思っています」

*2:高岡銅器の着色を行う工房、オリジナル銅製品の制作、販売も行う
*3:2017年に高岡の山町筋にできた複合施設。飲食店やギャラリーなどが入っている他、イベントなどもできるスペース

伝統工芸の世界と縁が切れるわけではない。実際に、地元の伝統工芸や個人作家のブランディングサポートの依頼が来るなど、ものづくりの世界からも声がかかる。一方で、インターネットはマーケティングの一手段にすぎない。東海さんは、より広い視野でブランディングの本質を考えるパートナーとして、仕事できることを望んでいる。

「お店の運営は続けるつもりですが、いい人がいれば任せたいと思っていて。現在店長候補を募集中です。自分は裏方として、はんぶんこを続けていくつもりです」

市場全体でみれば、伝統産業を新しい時代につなぐ試みはまだ始まったばかり。高岡に続いてきた伝統品を使い手に伝える。その発信源としての役割を果たしてきた「はんぶんこ」がつくり手と使い手のハブであり続けることは、これからも変わらないだろう。

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HAN BUN KO (はんぶんこ)
富山県高岡市小馬出町63
TEL:0766-50-9070
営業日:土曜・日曜・祝日のみ営業
営業時間:11:00~18:00

文:甲斐かおり
写真:竹田泰子