【商いの​コト】おば​あちゃんも​自分の​手で​社会と​つながっていく​—手編みバックブランド ​「Beyond the reef」

成功も​失敗も、​すべては​学びに​つながる。​ビジネスオーナーが​日々の​体験から​語る​生の​声を​お届けする​「商いの​コト」。

つなぐ加盟店 vol.63 Beyond the reef 楠佳英さん

報酬を​手に​すると​いう​ことは、​自分の​働きが​相手から​認められていると​いう​ことでもある。​仕事を​頼む、​頼まれる、​一緒に​働くと​いう​関係は、​本来フラットな​ことのはず。

Beyond the reef​(ビヨンドザリーフ)は​横浜市・日吉に​アトリエ兼ショップを​構える​バックブランド。​ニットや​籐などを​編んで​つくられた​商品は、​編み物好きの​おば​あちゃんや​おか​あさんたちの​手に​よってつくられている。

相手が​おば​あちゃんだからと​言って、​過保護な​仕事の​頼み方は​しない。​対等に​仕事相手と​して​関わる​ことは、​働く​人への​自立と​自信に​つながっていくはず。

そんな​清々しい​話を​伺ったのは、​よく​晴れた​冬の​朝だった。

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まず​やってみる

横浜の​日吉駅から​徒歩2分。​地図に​記された​場所を​目指して​歩いてくと、​住宅街の​一角に​Beyond the reefの​看板を​見つけた。

「今は​秋冬の​ニットを​使ったのが​多いんだけど、​春夏の​ものは​また​雰囲気が​変わります。​この​レザーの​バスケットは​今年の​新作です。​かわいいでしょう」

壁一面に​並ぶ商品を​紹介してくれたのが、​代表の​楠佳英​(くすの​きかえ)さん。​飾らない​雰囲気で、​包み隠さず​正直に​話してくれるのが​印象的。

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Beyond the reefを​はじめたきっかけに​なったのは、​お義母さん。​当時​お義母さんは、​旦那さんを​亡くして​息子2人も​独立、​1軒家で​1人暮らしていた。

「家族の​世話を​するのが​生きが​いみたいな​人だったので、​時間を​持て​余しちゃって。​趣味だった​編み物を​しながら、​朝から​晩まで​テレビの​前に​座っていたんです」

そうして​作った​コースターなどを​親戚に​配っていたと​いう​お義母さん。​どんどん上達して、​テーブルクロスや​ベッドカバーなど、​大作が​できるようになっていった。​最初は​喜んで​受け取っていた​楠さんも、​このままだと​まずい、と​思うようになった。

「別の​視点で​見ると、​この​膨大な​時間と​労力って​私たちには​ない​ものですよね。​今求められている​デザインに​変えたら、​新しい​役割が​見出せるんじゃないかって​思ったのがはじまりです」

ファッション誌の​編集や​ライターと​して​仕事を​していた​楠さんは、​当時流​行っていた​クラッチバックを​編めないか​相談。​ユザワヤで​買い​込んだ​毛糸と、​編み図を​切り​貼りしてつくった​イメージを​お義母さんに​手渡した。

「そうしたら、​結構うまかったんですよ。​知り合いの​編集者とか​スタイリストに​見せたら、​いいじゃんって​言ってくれて。​なに​より​母も​嬉しそうだったんですよね」

お義母さんのような​編み物上手な​おば​あちゃんは​他にもいるのでは。​自分の​口座に​あった​50万円を​資金源に、​ブランドを​はじめてみようと​考えた。

「雑誌の​仕事も​していたので​リスクもないし、​まず​やってみようって。​Webデザイナーだった​義理の​妹に​サイトを​つくって​もらって、​嫁姑3人で。​この​お金がなくなったら​辞めよう、​いけたら​続けようって​いう​くらいの​気持ちだったんです」

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知り合いの​スタイリストに​意見を​求めつつ、​その後もさまざまな​商品を​つくってきた。​ファーや​籐などの​素材を​組み合わせてつくる​バックは、​「編み物」と​聞いて​イメージする​ものとは​少し​違う​気が​する。

「セーターとか​ニット帽とか、​いわゆる​編み物で​つくる​ものから​脱却しないと​難しいんじゃないかと​思って。​もう​ちょっと​気軽に​手編みの​ものを​持てるように​した​ほうが、​お義母さんたちの​やる​ことが​増えると​思ったんです」

バックの​価格は​2万円から​4万円ほど。​30代後半から​40代の​大人の​女性が​手に​とってくれる​ことが​多い​そう。​デザインの​経験は​なかった​ものの、​ファッション業界で​働きながらアンテナを​張りつつ、​デザインを​考えてきた。

「消費者目線で​ものづくりを​しています。​手編みだとか​お母さんたちが​つくっているとか、​裏に​あるストーリーは​後から​知っても​いいじゃないですか。​まずは​かわいいって​手に​とって​もらう​こと。​お客さまの​声も​参考に​します。​私自身、​ファッションの​ことを​考えるのが​好きなんでしょうね」

ここは​職場だから

ブランドを​立ち上げてから​4年半。​注目の​起業家と​して​表彰を​受け、​半年前には​今の​店舗を​オープン。​その様子からは、​順風満帆な​印象を​受ける。

「ぜんぜん。​順調なんかじゃないですよ。​山あり谷あり、​谷ばっかり。​いちばんきついのは​維持する​こと、​売り続ける​ことですね。​小売なので​売れない​時期も​あるんです。​リピーター、​ロイヤルファンに​なっていただいて。​常に​飽きないよう仕掛けを​つくって、​イベントを​して。​大変ですよ」

日吉に​構えた​この​場所は、​つくり手が​集まる​作業場や​ワークショップの​会場と​して​使っている。​店舗と​して​商品の​販売も​している​ものの、​小売店と​いう​感覚で​場づくりを​しているわけではないと​いう。

「人が​つながる​場所に​なっていけば、​自然と​広がっていくんじゃないかと​思っています。​まだ​半年ですけど、​ワークショップに​参加する​ために​神戸や​福岡から​来てくださる​方も​いらっしゃるんですよ。​ものを​売るだけってけっこう​限界が​あると​思っていて。​体験とか​過程とか、​楽しい​時間、​ワクワクを​売る​みたいな​場所に​したいですね」

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お義母さん​1人からは​じまった​編み手も​今では​45人ほど。​50代、​60代の​シニア層に​加えて、​編み物好きな​若い​お母さんも​増えてきた。

「やっぱり​クオリティの​維持を​するのは​大変です。​うちは​百貨店さんにも​扱って​もらっていて。​手編みとは​いえ、​きっちり​編むって​いう​意識じゃないと​商品には​できませんから」

規定の​サイズから​1cmずれているだけでも、​糸を​解いて​やり直し。​一定の​クオリティを​保つために、​ある​時期からは​インストラクターを​導入している。

その役割を​担っているのは、​もともと​編み手と​して​出会った​若い​お母さんたち。

「目上の​人に​角を​立てずに​指導する​って、​なかなか​繊細な​ことなんですよね。​インストラクターには​なんの​感情もは​さまず、​編み物だけに​関して​指導するようにして​もらっています。​人間感情とか​主観が​入ると、​めんどうくさい​ことが​起きるんですよ」

話し好きの​おばさまたちが​集まって、​編み物を​する。​そう聞くと、​世間話や​家庭の​愚痴に​花が​咲く​様子が​容易に​想像できる。

「最初は​うん、​うんって​聞いて​たんですけど、​きりがなくて。​ある​時期から​ドライに​接するようになりました。​そういう​話に​私は​一切関与しません。​各自で​判断して​解決して、​嫌だったら​辞めて​もらってかまわないって​いう​スタンスです」

改善すべき​意見は​もちろん​聞き入れる​ものの、​人間関係の​めんどうな​話は​聞く​耳を​持たない。​楠さんが​判断を​していく​潔さは、​話を​聞いていて​清々しい。

「みんな​大人だしね。​ここは​職場なんだから、​主体性を​持って​仕事を​してくださいと。​もちろん​みんな​大切だし、​おば​あちゃんたちに​楽しく​働いて​もらう​ことがなに​より​最優先です。​そのためにも、​ピリッと​した​空気は​保たないと」

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▲画像提供:Beyond the reef

劇場型EC

売上の​大きな​割合を​占めるのが、​自社の​オンラインショップからの​受注。​月に​1週間ほど、​限られた​期間中に​注文を​受け付け、​その後​1カ月ほど​かけて​商品を​生産、​届ける​仕組みに​なっている。

「日本一空いてない​オンラインショップだと​思います。​在庫を​持たないとか​作業効率を​上げる​ことにもつながっているし、​お客さまの​ために​つくるって​いう​付加価値にもなっていて。​心を​込めてつくって、​ものを​大切に​して​もらいたいから、​自然と​この​サイクルが​出来上がってきたんです」

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「今気が​かりな​ことは、​一昨日の​ことですかね。​Webの​システムが​止まっちゃったんですよ。​一切注文を​受けられなくなっちゃって」

3時間で​復旧作業は​完了した​ものの、​売上は​いつもの​3分の​1程度に​しかならなかったと​いう。

「うちって​劇場型ECなんですよね。​カートが​開いて​発注が​できる​時間が、​ショータイム。​事前に​告知した​日時を​待っていてくださるんですよ。​それが​開かないとなると、​一気に​テンションも​下がる。​すぐ​復旧しても、​やっぱり​購買意欲は​落ちるんです。​けっこうやばいなって​思ってるんですけど。​まあ、​しょうが​ないですよね。​ほんと、​いい​勉強に​なりました」

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働く​ことは​社会と​つながる​こと

最初は​目の前の​お義母さんの​ために​始まった​ものづくりも、​関わる​人が​増え、​成長を​意識し続ける​ブランドに​なってきた。

「大切な​ものは​変わらないですよ。​いつまで​たっても、​楽しく​働いて​もらいたいんですよね。​人って​求められたり役割を​見出す​ことができないと、​悲しいんですよね。​それが​ボランディアで​あれ、​お金を​もらう​ことで​あれ。​ひとつの​手段と​して​働いて、​社会と​つながって。​それが​楽しいと​思ってくれたら​いいって​いう​根本は、​ずっと​同じなんです」

ブランドが​広がるなかで、​株式会社と​して​法人化したのが​2015年の​こと。​ほかの​法人格に​する​ことは​考えなかったと​いう。

「NPOだと​支援とか​社会福祉の​側面が​残って、​いつまでも​構図が​変わらないような​気が​したんですよね。​ふつうに​働いて、​ふつうに​生産すれば​いいだけなのに。​もっと​フラットな​社会参加のかたちを​考えると、​株式会社が​しっくりきました」

自分で​働いて、​その分の​お金を​受け取る。​自分の​手で​社会との​つながりを​つくっていく​ことができるのが、​自然な​ことだと​考えている。

「別に​おば​あちゃんたちに​対して、​支援しようって​いう​発想ではないんです。​そんなに​弱い存在ではないと​思うんですよね。​昭和の​時代に​子どもを​育てて​家事を​して。​働き者だったんですよ。​それを​いきなり、​縁側で​お茶してていいから​ねって​いう​対応に​変わるのは、​逆に​違うんじゃないかなって。​あれやって、​これやってって​頼んだ​ほうが​喜ぶんですよ」

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「今後も​高齢化が​進むじゃないですか。​高齢者たちが​社会と​つながって​ハッピーで​いる​ことって、​私たちの​未来だと​思うんです。​こう​やって​プロジェクトを​動かしていく​ことが、​自分たちの​未来も​明るくする​ことにもつながってきますよね」

編み物の​バックブランドと​して​成長を​し続ける​Beyond the reef。​楠さんは​いち商店と​して​終わる​つもりがない、と話す。

「コミュニティに​入りたいとか、​編み手に​なりたいって​言ってくれる​人は​たくさんいて。​理由を​聞くと、​楽しそうだからって​答えてくれるんですよね。​その​人たちも​受け入れられるようになりたいじゃないですか」

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▲画像提供:Beyond the reef

「今って​世の​中に​インパクトを​与える​手段と​して、​私が​得意な​ファッションの​世界で​ブランドを​つくっているだけで。​この​ビジネスって​別の​産業を​復活させたり、​雇用を​生むために​応用していけるんじゃないかなって​考えているんです」

「どうせやるなら​貪欲に、​大ブレイクしたいと​思ってますよ。​ビジネスの​ことは​まだわからない​ことだらけですけど、​楽しかったら​続くし伸びるだろうって。​ここに​関わって、​楽しくて​幸せって​思ってくれる​ことが​いちばん。​たった​1度の​人生ですから、​やるからには​私も​挑戦を​続けていきたい。​その​ほうが、​楽しいじゃないですか」

昼からは​じまる​ワークショップに​向けて、​店舗には​たくさんの​人が​やってくる。​「おは​よう!」​「久しぶりだね、​元気だった?」と​フラットに​声を​かける​楠さんを​見ていて、​ここに​人が​集まってくる​理由が​わかったような​気が​した。

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Beyond the reef
神奈川県横浜市港北区日吉本町1-24-8-A
Tel:045-620-6910
営業時間:11時〜18時
定休日:月曜・火曜

文:中嶋希実
写真:小沼祐介