性別や雇用形態にかかわらず同じ質の同量の労働に対して同じ対価を支払う「同一労働同一賃金」は、世界では古くから提唱されてきた賃金政策です。日本でも今後「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」が施行され、これまでよりも厳密に実施されることになります。
今回は主に中小企業経営者、個人事業主を対象に同一労働同一賃金について説明します。
同一労働同一賃金とは
国際労働機関(ILO)はILO憲章の前文で「同一価値の労働に対する同一報酬の原則の承認」を掲げ、基本的人権の一つとしています。ILO加盟国は先進国を中心にこの原則に従った法律や制度の整備を進めています。ILOは日本語でも同一労働同一賃金に関するガイドブックを公開しています。
参考:同一賃金 同一価値労働 同一報酬 のためのガイドブック
日本では第二次世界大戦後、急激な経済成長を果たし、独自の企業文化や雇用制度が発展してきました。生涯一社に勤める終身雇用、勤続年数によって役職や賃金が決まる年功序列、雇用形態としては法律や社会保障で手厚く保護された正規雇用、その反対の非正規雇用などが典型です。ただ、1990年代からのバブル崩壊と経済の低迷、続くグローバル化の中で、日本型の雇用制度の問題が浮き彫りになってきました。その一つが同じ労働に対して性別や雇用形態によって同じ賃金が支払われないことです。男女差別については労働基準法に規定があり、国籍などについても差別を禁止しているものの、雇用形態や勤続年数に関する規定はなく、事実上これらによる差別が現在も存在します。政府は「働き方改革」の中でこの問題の解消に取り組もうとしています。
2020年4月1日から「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」(パートタイム・有期雇用労働法)が施行され、中小企業には施行から1年後の2021年4月1日から適用されるようになります。この法律の施行により、正規労働者と非正規労働者(パートタイム労働者と合わせて有期雇用労働者も含む)に待遇差をつけることが禁止されます。また、労働者に対して待遇について説明する義務も強化されます。厚生労働省のウェブサイトにパートタイム・有期雇用労働法についてわかりやすく解説したページがあります。
参考:パートタイム労働者の雇用管理の改善のために(厚生労働省)
中小企業、個人事業主として知っておきたい今後の対応
経営者として知っておきたい今後の対応
中小企業に対するパートタイム・有期雇用労働法の適用は2021年4月からですが、もう2年を切っており、すでに準備を進めているという経営者もいるかもしれません。まだの人は今から準備を始めても早すぎることはありません。
法改正にあたって何から手をつけてよいのか迷う人も少なくないでしょう。厚生労働省が公開している同一労働同一賃金に向けた「パートタイム・有期雇用労働法対応のための取組手順書」が参考になります。
参考:パートタイム・有期雇用労働法対応のための取組手順書(厚生労働省)
まずは取組手順書を片手に自社の対応状況を知るところから始めましょう。現状をチェックするためのフローチャートが用意されています。また、対応に向けた六つの手順も紹介されています。続いて質問に回答を記入する形で取組手順書を利用すると、必要な対応が明らかになります。
取組手順書では、雇用形態と待遇の確認から始め、待遇差がある場合はその理由の確認、待遇差について説明できるように理由を整理しておくところまでは早めに取り組むことが推奨されています。早めに現状を整理することで、雇用形態による不合理な待遇差がみつかった場合、余裕をもって待遇差解消にむけて動き始められます。
これまで平等に従業員を扱ってきたつもりでいても、待遇を俯瞰してみると、小さな待遇差がみつかるかもしれません。慣習的に受け継がれてきたものであれば、なぜその待遇差が存在するのか説明に困るかもしれません。待遇改善にあたっては制度の改善だけでなく、予算の確保なども必要となってきます。2021年4月の適用前の解決にむけて綿密な改善計画を立てましょう。改善にあたっては経営層の閉じた議論だけでなく、労使での話し合いの場を設け、透明性を保ちながら議論を進めるとよいでしょう。
雇用される側として知っておきたい今後の対応
個人事業主は中小企業経営者同様労働者を雇うことがある一方、自身が企業に雇用されて仕事をすることもあります。雇用主が大企業である場合は2020年4月、中小企業の場合は2021年4月の法改正後は待遇について詳しく説明を求められるようになることも知っておきましょう。企業には説明の義務があります。
パートタイム・有期雇用労働法について不明な点がある場合は、都道府県労働局雇用環境・均等部(室)に問い合わせましょう。
同一労働同一賃金の課題
同一労働同一賃金につついては、待遇の透明性が増す取り組みとして評価される一方、解決しなければならない課題も存在します。
雇用形態によらず手当や教育機会を同水準にするにあたって、これに当てる原資を確保する必要があります。たとえば通勤手当一つをとっても、全従業員に支給するようにするのか、全従業員に部分的に支給するようにするのか、または全従業員の手当を廃止するのか、さまざまな選択肢が存在します。特に今まであった手当を削減するような対応を取る場合は労使での話し合いは不可欠で、どうしてそのような対応を取らざるを得ないのか明確に説明する必要があります。
また、企業文化を一気に改革するのも簡単なことではありません。これまで年功序列で給与が支給されてきたところ、どのように同一労働同一賃金に移行すればよいでしょうか。勤続年数の長い社員の給与を短期間のうちに劇的に減らすのであれば不満が出るでしょうし、経営者としても苦渋の決断となりかねません。逆に同じ労働をする若手社員の給与を引き上げるとしたら、金銭的な負担が必要で、潤沢な資金のある企業にしかとれない選択肢でしょう。
予算的な制限があり、これまで築いてきた企業文化がある中で、最初にできることは、同一労働同一賃金とはなにか、どうしてそれが必要なのかを経営者自身が理解し、従業員に対して説明することです。その上でどのように企業として同一労働同一賃金を実現していくか、労使ともに痛みを伴う改革になりえることからも真摯な議論を重ねていく必要があります。
同一労働同一賃金の適用によっては、雇用制度を大きく変える必要があると感じる経営者もいるかもしれませんが、近道はありません。法改正という期限を目標に思い切って雇用制度を改革し、同一労働同一賃金を実現することで、労使共に一時の痛みを覚悟しなければいけませんが、改革は風通しのよい働きやすい組織にもつながります。そのような職場はよい人材を集め、事業の成長にもつながることでしょう。
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執筆は2019年7月8日時点の情報を参照しています。
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