「一見すると『広告づくり』と『場づくり』は別物ですが、HotchkissとBUHでは二つの仕事がうまく重なり合っています。東京で培った専門性と、金沢ならではの地場を理解すること。二つの視点やスキルをうまく組み合わせることで、新たなクリエイティブのかたちを生み出していきたいですね」(久松さん)
つなぐ加盟店 vol. 18 Books under Hotchkiss 久松陽一さん
「アーティストの頭の中は、どうなっているのだろうか」
ものづくりに興味がある人なら、一度は頭に浮かんだ疑問かもしれない。そんな問いに応えるような本屋Books under Hotckiss(以後、BUH)が、金沢21世紀美術館のすぐそばにある。
1階が本屋、2階がギャラリー、3、4階はオフィススペースとなっている。2階ギャラリーで展示しているアーティストが選書した本を1階の本屋で手に取ることができる、ギャラリーと連動した本屋となっており、「読む、観る、働く」が詰まった場所と言える。
このスペースを運営するのは、広告企画制作会社のHotchkiss。東京・青山に本社を置き、2015年5月に金沢支社をオープンしBUHを立ち上げた。なぜ、東京の広告会社が金沢で本屋をはじめたのか。東京から移住し、金沢支社の代表としてBUHを盛り上げる久松陽一さんに話を聞いた。
新天地で、いちクリエーターとしての腕試し
Hotchkissは、「バザールでござーる」など数々の広告に携わってきたアートディレクター水口克夫さんが代表を務めている。水口さんと久松さんは、今でこそ上司と部下の関係だが、そんな二人の出会いは久松さんの学生時代にあった。
「多摩美術大学に通っていた時、水口が講師を務める授業に出席していたんです。それがきっかけで就職活動中に声をかけられ、当時彼が働いていた広告会社シンガタに入社することになりました。
実のところ、もともと広告業界にはあまり関心がなかったんですよね。他の会社の面接を受けようと思っていたくらいで」
1階の本屋の扉を開くと目に映り込むプレート。2階のギャラリースペースは入場無料だ。時折、展示に関連したトークイベントやワークショップも行われ、参加者同士が「つながる」場にもなる。
久松さんは、広告業界の扉を叩くこととなり、二人は先生と生徒から、上司と部下の関係となった。入社して7年が過ぎた頃、水口さんがシンガタを辞めHotchkissとして独立することになり、久松さんもHotchkissの立ち上げメンバーとして参画した。
そしてHotchkissが4年目を迎えた頃、支社の話があがった。金沢出身の水口さんは、「金沢は伝統と現代アートがちょうどよく収まっている街」、「金沢でなら、東京ではできないことができるかも」と地元の可能性を感じたことが支社設立の発端だった。これが、久松さんの転換点となる。
「いちクリエーターとして、水口のもとを離れて自分一人の力でやらないといけないと感じていた時期でもありました。そこに、支社の話が出てきたんです。水口が考える”金沢ならでは”をつくるだけでなく、仕事環境を変えて新たなチャレンジができる意味は大きく、これはチャンスだと考えました」
長崎出身の久松さんにとって、縁もゆかりもなかった金沢だが、家族を説得して移住を決め、Hotchkiss金沢支社の代表として動きはじめた。
広告会社が、コンセプトのある「場」をつくる意味
金沢を広告人の視点で見たとき、クリエイティブに関する書籍を扱う本屋が少なかったことに気づいた。しかし、ただの本屋じゃ面白くない。一捻り加えた「ちょっとあたらしい本屋」を目指そうと模索するなかで、広告の仕事で関わりのあるアーティストの存在がヒントとなった。「一人のアーティストに関する本屋」をやってみようと思った。
1F本屋スペース。展示に合わせ、アーティスト自身が選書した100冊が並ぶ。本のディスプレイは、BUHスタッフが担当。アーティストをより深く理解するための添え書きとして、お手製のポップが本棚に置かれることも。
BUHでは、「このイラストが生まれた背景には、誰のどのようなタッチや色使いなど表現の影響があったのだろう」といったように、アーティストたちが作品作りのために参考にした書籍や画集、写真集などを展示と組み合わせることで、彼らの思考を探ることができる。
「『謎解き』ができる空間とか、面白いですよね。どのアーティストが展示しているのかがわかっていても、どのような本があるのかはお店に来なければわからない。思いもしなかった本に出会える体験って、インターネットではできませんからね」
本との偶発的な出会いを生む場としてのBUH。しかし、立ち上げ当初は、お客さんとの距離感を掴むために「どれくらいお店の説明をするべきか」などの試行錯誤を繰り返してきたという。
「はじめてだらけの本屋業務をこなせるのかどうか、正直言って不安はありました。今まで接客をやってきたわけではないので、本屋にかまけて、普段の広告の仕事がおろそかにならないかという心配もありました」
週末ともなると多い時で1日20人ほどの来客があるが、久松さんはオフィスと本屋を行き来しながら、BUHに足を運んでくれた一人ひとりを丁寧にもてなす。そんな日々を繰り返しながら、本屋としての振る舞い方を身に付けてきた。
時には立ち寄るお客さんに対して、本や展示の説明をするだけでなく、広告会社であるHotchkissの話をすることもあった。そうした本をきっかけとした出会いから、本屋BUHのお客さんがHotchkissのクライアントとなり、新たな仕事につながることが何度か出てきた。次第に、二足のわらじで場を運営することに手応えを感じるようになったのだ。
地域色を捉えた「クリエイティブ」の提案へ
Hotchkissは、金沢市の起業サポートを掲げる「クリエーター誘致支援制度」の第一号でもある。そのご縁から、支社立ち上げから間もなくして金沢市と仕事をすることとなり、起業支援PRプロジェクト「はたらこう課」がはじまった。
2Fギャラリースペース。現在の展示(2016.11.11〜2017.2.12)は、スタイリスト・伊藤まさこさんの展示「伊藤まさこさんの本棚」。第1回目の展示では、Hotchkissで北陸新幹線開通の広告制作で一緒だったポール・コックスさんの展示が行われるなど、広告制作で生まれた縁から展示へとつながることも多いという。
「最初は『金沢市が起業支援に力を入れていることを伝える映像を作りたい』というお話をいただきました。しかし、担当者と話を進めていくうちに『映像1本作っただけで、本当に起業する人が増えるのか』といった問いが生まれたんです。そこから、単なる映像制作だけではない、総合的な提案をしました。
対話を重ねていくうちに、金沢はコンパクトな街でつながりやすいのに、つながっていない、ネットワークがないとういう印象を持ちました。そこで、金沢の起業を知ってもらうためにもリアルな起業家同士のネットワークを作っていけたらと思い、『テレフォンショッキング』みたいに起業家が起業家を紹介していくリレー方式の企画を立ち上げました。」
金沢にいる人たちが、つながりながら新たなまちづくりへと発展させていく。はたらこう課のウェブサイトを起点に、映像や広報冊子の制作、交流イベント「コアキナイト」の運営まで総合的に関わりながら、金沢の起業ネットワークづくりを進めるようになった。
デザイン視点で「まちづくり」を整える
3F オフィススペース。東京の仕事、金沢の仕事、それぞれに携わっている。「金沢の案件を東京チームと進めるときは、仕事の進め方に気をつけています。現地の空気感をわかっているこちらが、金沢の人たちが考える繊細なニュアンスをきちんと言語化し伝えることで、東京と金沢のつなぎ役になっています」
はたらこう課をきっかけに、地域と密に関わる機会も増えてきた。金沢だけでなく、人口減少で過疎化問題を抱える街のプロモーションなど、県内の様々な街からの仕事が増えてきたからだ。今は、仕事の比率は企業と行政とが半々くらいだという。
「まちづくりのお手伝いをするなかで、そもそもの問題として、役場の人と街の人がうまくつながっていないことも見えてきました。街で今何が起こっているかを知らない状況では、移住者が来ても受け入れ体制ができているとは言えません」
そうした課題認識から、回覧板のように街の人が街の動きを知り、街のことを気軽に書き込んだり共有したりすることができる、街を一つにつなげられるようなウェブサイトを企画するなど、Hotchkissは地域に必要なことを本質的に捉えるための対話を大切にしているのだ。
「地域の現場で起きていることを整理すること。目に見える表面的なものだけではなく、問題の”そもそも”を突き詰めて情報を整理してあげることも、デザインの役割だと考えています。現場と向き合うことで、『伝えるべき内容』と『適切な手段』が見えてきます」
「金沢は、古いものがところどころに残っていて街全体が美術館みたいなんです。なので、街歩きをするたびにその魅力に気づかされます」と、現在取り組んでいる「鈴木大拙館」などの文化施設プロモーションの仕事について触れる久松さん。車社会で、地元の人ほど「歩く」ことが少ないといった、”よそ者”の視点ならではの気づきもあるという。
ホッチキスのように、つなぎ役として
BUHとHotchkiss金沢支社がはじまってから、あっという間に1年半が過ぎた。地域の人との関わりが増えてくるなか、金沢でこれからどのように歩んでいくのだろう。
「金沢におけるものづくりの裏側など、まだまだ学ぶことはたくさんあります。金沢らしさをきちんと理解したうえで、選りすぐりのものを金沢の内外へ情報発信したいです。今後は『金沢のものづくりに関わる100人』や『金沢アートブックフェア』などのように、地域性を活かした企画をBUHでつくっていきたいですね」
これらの企画を推進するためには、地域の人とのつながりがますます重要になってくる。BUHという場だけでなく、Hotckissで金沢を発信するプロジェクトで生まれたご縁が合わさることで、今までとは違った金沢らしさがデザインできるはず、と久松さんは話す。
BUHでは、決済画面をオリジナルロゴに設定している。「クレジット機能を導入するなら、デザイン性が高いものを使いたい」と考えSquareを導入。お金を出し入れすることなく、手軽に現金を管理ができる点が重宝しているという。
「Hotchkiss」という社名には、「書類を束ねる」ホッチキスのように「人と人、人と企業、人と社会を束ねる、つなげる」という意味があるという。
地域にとって必要な”そもそも”を丁寧に考えながら、金沢で暮らす人々だけでなく、東京と金沢の二地域をつなぎ合わせているHotchkissとBUH。
「一見すると『広告づくり』と『場づくり』は別物ですが、HotchkissとBUHでは二つの仕事がうまく重なり合っています。東京で培った専門性と、金沢ならではの地場を理解すること。二つの視点やスキルをうまく組み合わせることで、新たなクリエイティブのかたちを生み出していければ」
「カチッ」と、人とものが地域を飛び越え、つながる音が聞こえてくる。
Books under Hotchkiss
Books under Hotchkiss
石川県金沢市広坂 1-9-11
076-222-1801
文:大見謝 将伍
写真:山田 康太