生豆の持っている要素がすべてで、焙煎するとそれが出てくる。だから自分はただただ素直にやってるだけ

学習塾の講師をしながら平穏な毎日を過ごしていた村澤智之さんの人生を変えたのは、一杯のスペシャルティコーヒー。その風味に衝撃を受け、セミナー通いの日々が始まります。この価値をもっと多くの人に伝えたいという思いは、やがて自家焙煎所「ROAST WORKS」の開設へと大きく舵を切っていくのです。

大学の文化祭でコーヒーを淹れる楽しさを知る

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コーヒーはおいしいものなんだ”ということを気づかせてくれたのは、後輩に誘われて入った自家焙煎の珈琲店でした。
 山梨県都留市の大学に通っていた僕は、当時、学習塾でアルバイトをしていました。ある日の帰り、後輩と「バンカム・ツル」という珈琲店に入りました。あとで知ったのですが、大学の研究室ではこの店の豆を買ってコーヒーを淹れる教授もいるとのこと。直火式で深煎りし、ネルドリップで淹れるコーヒーは、これまで飲んだことのない、何かただものではない魅力が秘められていました。当時は味の違いはよくわからなかったのですが、これをきっかけにコーヒーを飲み出すようになるのです。
 3年生の春、友人に文化祭でコーヒー屋の模擬店を開くサークルに誘われました。サークルといっても日頃から活動しているわけではなく、年に一度の文化祭だけの活動です。
 暇を持て余していた僕は、とくに考えがあるわけでもなく、おもしろそうだからという理由でつき合うことにしました。
 サークルが店を開くのは3回目で、本番の半年前に最初のミーティングが行なわれます。先輩が家庭用のエスプレッソマシンを持ち込み、「これがカフェラテだよ」と、つくり方の説明から始まりました。ペーパーを使ったハンドドリップで淹れたり、スコーンを試作したりと、アレンジメニューも開発していきます。そこで使っている豆も「バンカム・ツル」でした。
 実際に文化祭でやってみると、模擬店は楽しいものでした。2、3度足を運んでくれる人がいるとうれしい気持ちにもなります。

コーヒーに覚醒しセミナーとショップめぐりの毎日

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就職の時期を迎え、僕はそのまま学習塾に就職することにしました。コーヒーとのつき合いは、豆を買って家で淹れる程度です。
2007年、初めてスペシャルティコーヒーに出合いました。インターネットで半信半疑で「キャラメルのようなフレーバーがあります」というコーヒーを購入したら、本当にキャラメルのような味がしたのです。
急に目覚めた僕は、SCAJ(Specialty Coffee Association of Japan)に入会することにしました。これを機に、セミナーづけの日々が始まります。
学習塾で働きながらセミナーに通う日々。コーヒーについて多くのことを学んでいくにつれて、ぼんやりと”コーヒーの仕事がしたい”と思うようになりました。
2009年に父が亡くなり、2011年に東日本大震災が起きて、人生について考えるようになりました。
「やりたいことをできない人生なんて……。このままじゃいやだ」
自分にできることは何かと考えた時、スペシャルティコーヒーの存在に気づいたのです。

豆が本来持っている風味を素直に引き出す焙煎

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2011年6月、セミナーで知り合った人づてに、コーヒーに詳しい人を探している店があるという話をもらいました。
それが「THE COFFEESHOP」でした。3月に代官山店をオープンしたばかりで、最初はアドバイザーとして関わるようになりました。
その後、代官山店を任され、落ち着いたところで、店頭での豆の販売のほかに定期便サービスを開始しました。アメリカで始まったサービスを日本風にアレンジ。焙煎豆の取引量が増えていきました。
これまで、豆はロースターから仕入れていましたが、社長と「これくらいの量を取り扱うようになったら、自家焙煎の展開を考えよう」と話し合っていた量に達するようになり、焙煎所の開設が現実のものになったのです。
2013年11月に自前の焙煎所「ROAST WORKS」がオープン。いよいよ焙煎に本気で向き合うようになります。

焙煎店の候補地探しや焙煎機の選定など、やれるのは僕しかいませんでした。

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焙煎機には機械としてのカッコよさと、豆をじっくり焙煎していく機能性の両面を求めました。
選んだメーカーはドイツの「PROBAT」。最大12㎏まで焙煎できる大型機で、中央のドーム状の部分が断熱材で覆われており、ドラムのフレームを取り囲んでいます。
中に熱を溜め込んで、一度温めると冷めにくいことから、石釜のようにじわっと芯まで火を通していくことができます。火で温度を上げるというより、釜自体がもつ熱を豆に移していくイメージ。
豆にダメージを与えないよう、やさしく熱を加えると、本来豆の持っている風味が素直に引き出されるのです。
コーヒーの味を決める要素は、生豆が7、焙煎が2、抽出が1というのが通説です。
しかし、焙煎をミスすればおいしく感じる人は少なく、単純な足し算ではないことがわかります。
目標とするのは、口当たりがよく、甘みのある、“飲み心地”のよさ。
焙煎は、的確な操作方法で、ポイントをきちっと押さえること。それさえできれば、豆の風味を最大限に引き出すことができます。

コーヒーで飯を食べているという実感

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焙煎機を導入し、初めて火を入れる時、あまりのプレッシャーに押しつぶされそうになったほどです。
1kgあたり5000円を超えるよな生豆もあり、失敗したらそのまま損失です。
最初は生豆を少しずつ投入しながら、データを集めていきました。
気温や湿度が季節によって変化すると、焙煎も変化します。特に湿度の変化は大きく、冬は30%を切るほどに乾燥し、夏は70%を超えるほど蒸してきます。オープン1年目はその変化がすべて初体験でした。
半年過ぎた頃になって、ようやく間違った焙煎はしていないと確信を抱くようになってきました。
趣味から仕事へと、コーヒーとのつき合い方が変わることで、見えなかったものが見えるようになりました。もうコーヒーで飯を食べているという感覚は十分にあります。それは自信でもあり、生きている実感でもある。

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スペシャルティコーヒーに出合った時、これはいいものだと信じられる確かなものがありました。そして、まだ世の中に十分には知られておらず、広がる余地が残っている。
これからの人生を賭けて、つき合っていく価値があるのではないだろうか。
スペシャルティコーヒーをできるだけ多くの人に知ってもらうことが、これからの自分の使命なのだと決め、転職したことを、いま改めて振り返ってしまうのです。
焙煎機に向き合うことは、それはそれで充実感がありますが、お客様に対応できる数は決まっています。
これからの目標は、もう少し自分のステージを上げていくこと。
スペシャルティコーヒーの素晴らしさをもっとお届けできるよう、カタチを変えてお客様に触れ合えるようになればと考えています。

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本記事は2015年3月現在の情報です。