従業員の心の健康をサポートする、EAPとは

日々の業務を支える従業員に気持ちよく働いてもらい、事業の成長にもつなげたいと従業員のケアに力を入れているというビジネスオーナーもいることでしょう。このように従業員を援助する試みはEAP(Employee Assistance Program)と呼ばれ、メンタルヘルスケアを中心に取り組みが進められています。今回はビジネスオーナー向けに、EAPとその誕生の背景、メンタルヘルスケアの重要性、EAPの効果、実践方法を説明します。

EAPとは

EAPとはEmployee Assistance Programの頭文字をとった略語で、仕事に支障をきたしかねない従業員の個人的、精神的な問題の解決を支援するものです。福利厚生プログラムの一種と考えるとよいでしょう。厚生労働省の健康情報サイトe-ヘルスネットにEAPに関するページがあり、EAPとは「メンタルヘルスを通して、職場内または個人の問題を抱える従業員を支援するプログラム」と説明しています。

参考:EAP / 社員支援プログラム (e-ヘルスネット)

EAPの名前にはメンタルヘルスという意味合いの語が入らないことからも、必ずしも対象はメンタルヘルスに限ったものではありませんが、厚生労働省の説明にもあるようにEAPというと一般にメンタルヘルスケアが中心になることが多いようです。

EAPでメンタルヘルスケアが中心になる背景には、EAP誕生の経緯が深く関わっています。EAPの原形は、1930年代にさかのぼります。1930年代のアメリカでは、業務中の飲酒はそれほどめずらしいことではありませんでした。飲酒の業務への影響は少なくなく、企業と従業員双方から飲酒をやめ、生産性を向上させようという動きが出ました。さらに、1950年代のアメリカでは第二次世界大戦やベトナム戦争といった大きな戦争の帰還兵をはじめ、不安定な経済状況からも心身の不調を訴える人が少なくありませんでした。アルコールや薬物への依存は深刻な社会問題になり、企業では従業員が仕事に支障をきたすようになりました。このような状況で、1970年代から80年代にかけてアメリカでは企業で従業員のメンタルヘルスケアに関する取り組みが始まります。以降、アメリカではEAPは個人、企業、社会の生産性を向上するものとして重要視されるようになりました。

近年、日本でもEAPの必要性が認識されてきています。EAPという呼び方はしていなかったものの、従業員のメンタルヘルスケアに取り組んできたというビジネスオーナーもいることでしょう。また、企業がCSRの一環としてEAPに取り組む動きもあります。

従業員の精神的な問題が業務に与える影響とは

従業員の精神的な問題というと、個人的な問題で立ち入りにくく、それぞれが解決するものと考えるビジネスオーナーもいるかもしれません。ただ、前掲の厚生労働省のe-ヘルスネットにも記載がある通り、業務に起因するストレスから精神的な問題を抱えている人も近年増えていて、ビジネスオーナーも従業員のメンタルヘルスに無関係ではいられません。厚生労働省の統計によると、過労によるうつ病など精神障害に関する労災支給決定率は減少傾向にありますが、請求件数自体は年々増加しています。

参考:平成30年度「過労死等の労災補償状況」を公表します(厚生労働省)

従業員の精神的な問題が業務に与える影響として、まず生産性の観点からは、退職や休職によって業務効率が低下します。問題を抱える従業員一人の問題ではなく、業務を引き継ぐ従業員をはじめ周囲にも影響が及びます。場合によっては、従業員間で業務負担に対して不公平感が生まれ、ぎすぎすした働きにくい職場になりかねません。最終的には業務をさまたげることにもなるでしょう。ビジネスオーナーの精神的な負担が増えることにもなります。

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EAPから期待できる効果

では、具体的にEAPにはどのような効果が期待できるのでしょうか。もっとも大きな効果として、従業員のメンタルヘルスケアに企業が関わることで、従業員が業務に専念しやすい職場を作り、個々はもちろん組織としての生産性があがることが挙げられます。

ただ、EAPの効果が出てくるまでには時間がかかり、その他の要因と切り離してEAPの効果を数値化することは簡単ではありません。厚生労働省のメンタルヘルスポータルにはEAPの費用対効果について回答したページがあります。導入の目的を明らかにし、評価指標を決めるなど、効果を見えるようにするヒントが紹介されています。

参考:Q6:EAPプログラムの費用対効果について:専門家が事例と共に回答~職場のメンタルヘルス対策Q&A~(こころの耳:働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト)

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EAPの実践方法

ここまでの説明で、EAPの重要性を認識し、ぜひEAPを実践してみたいというビジネスオーナーもいることでしょう。

EAPの第一歩として、職場の現状を把握してみてはいかがでしょうか。従業員に対して精神的な問題についてどう考えるか、現在抱えている精神的な問題があるか、もしあるとしたら会社はどのように支援できるか匿名でアンケートを実施してみてください。同時にメンタルヘルスケアの重要性を従業員に伝える啓発活動も始めましょう。「精神的な問題は個人の問題だ」「根性で現状を打破するべきだ」といった考え方が強く残っている職場もあるかもしれません。このような場合は特に啓発活動が重要になってきます。一方的にメンタルヘルスケアの重要性を押し付けるのではなく、なぜ重要なのか理由も合わせて説明するとよいでしょう。

続いて、秘密厳守で相談できる体制を社内に整備します。産業保健スタッフを置いている場合、その力を借りるとよいでしょう。産業保健スタッフについては、厚生労働省がe-ラーニングの教材を提供しています。メンタルヘルスケアを中心に産業保健スタッフによるケアの活用方法が端的に紹介されています。

参考:e-ラーニングで学ぶ15分でわかる事業場内産業保健スタッフ等によるケア(厚生労働省)

産業保健スタッフがいないなど社内での対応が難しい場合は、従業員に対するカウンセリングを提供する企業など、社外の専門家の助けを借りるのも選択肢の一つです。

一通りEAPの体制ができたら、従業員にメンタルヘルスケアをサポートする体制があることを定期的に周知するのを忘れないでください。せっかく体制を作っても使われなかったら意味がありません。どんなに小さな問題でもサポートを受けてよいことを伝えてください。日本ではこれまで精神的な問題は個人が解決するものと考えられてきましたが、他者に相談することは決して恥ずかしいことではありません。普段から予防的にどんな問題でも相談して解決しておくで、重篤な疾患に発展するのを未然に防ぐことができるでしょう。

本記事ではアメリカ発祥で、日本でも広まりつつあるEAPについて、主にメンタルヘルスの観点から説明しました。メンタルヘルスに限らず、多くの問題には予防的な措置が有効です。従業員の苦痛を未然に防げるのはもちろん、経営の観点からは費用対効果がよく、生産性の低下を防ぎ、事業の成長にもつながります。まずは職場の現状把握やメンタルヘルスケアの重要性の周知から始め、ぜひEAPを実践してみてください。

執筆は2019年10月28日時点の情報を参照しています。
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