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男女が抱擁し、お互いの思いを情熱的なビートとメロディーに合わせて踊る、アルゼンチンタンゴ。約130 年前にブエノスアイレスの港町ラ・ボカ地区で生まれたダンスで、2009年にはユネスコ世界無形文化遺産に登録されている。
「激しいステップなど見所はたくさんありますが、パートナーを思いやる気持ちを学んだり、自分自身を見つめ直すきっかけになったりするなど、深い洞察を体得できるダンスでもあるんです」
そう説明してくれたのは、銀座にあるStudio TANGUERAを主宰するGYUさん。彼はタンゴの本場、ブエノスアイレスに1年滞在し、60か国以上にのぼる人と一緒に踊ることで、その文化を体に染み込ませた人である。
「小さいころからダンスに親しまれてきたのですか?」と尋ねてみたところ「いいえ。15年前まで、ほとんどやったことはありませんでした」という意外な答えが返ってきた。
「知人に誘われたパーティーでダンスに出会い、最初はブラジルのペアダンス、ランバダやサンバを踊っていました。でもあるときミュージカル『Forever Tango』に出演していたダンサーのデモンストレーションビデオを見る機会があって。それまでタンゴは、難しそうと思って敬遠していたんです。でも、ビデオのダンスは華やかで、“なんて面白いダンスなんだ!”と驚きました」
その後、タンゴを習い始め、その魅力にすっかりひかれていった。
「サルサやランバダといったダンスは、まずリズムを覚え、リズムをキープしながら踊ります。でもタンゴは自分が取りたいようにリズムを取るという、自由なところにひかれました」
タンゴの練習を始めて1年弱。あるクラスに習いに行ったことがGYUさんの運命を大きく変える。
「基礎の動きを徹底的に行うクラスに参加して、翌日踊りに行ったら、すごく楽しかったんです。“ちゃんとタンゴを勉強したい。本物を体験しよう”と思いました」
ブエノスアイレスに渡ったGYUさんは、“ミロンガ”というタンゴを踊る場所に毎日のように通った。
「ミロンガでは、まずコミュニティの一員として認められないと踊れません」
ミロンガではその場にいる人たちに挨拶をして、会話を交わす。マナーを守らなければ、相手にされない。場の空気を乱さないことが求められる。
「一緒に踊りたいと思う女性が見つかれば、視線もしくは身振り手振りを使って相手を誘う“カベセオ”(cabeceo)という方法でアプローチします。偶然その場で出会った相手と、言葉を介さずとも“踊りたい”という気持ちがつながる瞬間を体験できるのは、ミロンガでの醍醐味ですね。その一方で、タンゴを踊ると『別れ』も大事なんだということに気づきます」
踊っていたときはお互いに高揚していても、次に会ったときに、その情熱的な空気がなくなっている可能性もある。
「そのときに、『人は変わる』ことが分かるんです。誰かと一緒にいられる時間は本当に短い。別れ際に相手の幸せを願うしかできません。人生において、出会いと別れはつきもの。それをありのままに受け入れることを、タンゴを通して学びました」
ブエノスアイレスでの経験から、プロになることを決めたGYUさん。日本に戻ってきてからは講師としてレッスンを行い、パーティーやショーの企画も手掛けるようになった。そして“もっとタンゴを広めたい”という思いから、2011年4月、銀座にStudio TANGUERAをオープンさせた。
Studio TANGUERAに通う理由としては、「きれいになりたい」という生徒たちの声が多い。きれいになる方法としては、他のダンスでも可能だと思うが、タンゴを選ぶのはなぜだろうか。Studio TANGUERAの講師であるSusana Kanashiroさんは次のように解説してくれた。
「たとえばミロンガに行く時にシンプルなTシャツやジーンズだと、相手にインスピレーションを与えられません。『踊りに行くからきれいにしよう』とか、その意識が自然と自分を美しくさせるんです。男性もちょっと身なりに気を遣うと、“この男性と踊りたいな”と女性が感じることもあります。そういったタンゴ独特の美の意識が、きれいになりたい、と考える人を魅了するのだと思います」
また、タンゴはペアダンスである。GYUさんはその魅力を語る。
「自分がうまくなると、相手ももっと楽しく踊ることができます。だから『相手のためにどうするか』といったことを考える習慣が身につく。そして自分が乱れていると、どんなに良い踊りをしようと思っても、なかなか相手に良い踊りを伝えられません。相手に何か提供するためには、自分をパーフェクトにすることが必要なんだ、とタンゴを通して分かりますよ」
タンゴを含めて、ペアダンスを日本の街に普及させたいと考えているGYUさん。今後、どんな活動をしていきたいのか聞いてみた。
「ダンスは人と人との距離を近くしてくれる。今はネット社会で、人と直接触れる機会を持つことが難しいと言われていますよね。実際に触れ合う方法として、ダンスが利用されるようになればいいな、と思います」
人生の機微に触れることができる、情熱のタンゴ。このダンスが持つさらなる可能性を探求しながら、GYUさんは今日もフロアに立つ。
Studio TANGUERA
東京都中央区銀座6-13-7 同郷会館ビル6F
Tel: 03-3547-6190
Square編集部
文:鈴木はる奈
写真:Cedric Riveau
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