【商いのコト】藍を愛し、藍とともに生きる人生--ちいさな藍美術館

成功も失敗も、すべては学びにつながる。ビジネスオーナーが日々の体験から語る生の声をお届けする「商いのコト」

つなぐ加盟店 vol.74 ちいさな藍美術館 新道弘之さん・新道牧人さん

ちいさな藍美術館へ向かうきっかけになったのは、外国人観光客がSNSに投稿した写真だった。山の中に佇む茅葺屋根の集落に、藍染の美術館がある。そこには海外から人が集まっている。

いったいどんな場所で、どんな人たちが営んでいるんだろう。いろいろな思いを馳せながら、京都から車を走らせる。

出迎えてくれたのは、藍とともに生きてきたまっすぐな家族だった。

藍色の世界へ

京都駅を出発して1時間ほど。周りはすっかり山に囲まれている。

そろそろ着くだろうかとカーブを曲がると、たくさんの茅葺屋根が目に飛び込んできた。

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町の96%を森林が占めるという美山町は、降水量が多く、冬には雪に覆われる地域。集落にある50戸のうち、39棟が茅葺きの屋根で、全体が重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。

そのうちのひとつが、今回の目的地であるちいさな藍美術館。きれいに整えられた庭を抜けると、藍で染められた手ぬぐいや小さな織物が並ぶ店があった。

「遠いところ、わざわざどうも」

出迎えてくれたのは、新道弘之さんと牧人さんの親子。まずは奥の工房で、藍染の工程を紹介してくれることに。

藍の工房

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この美術館では8本の藍甕が土間に埋められていて、昔ながらの天然藍を発酵させて染める工程を見学できる。染めの原料には、兵庫県西脇市の藍師、村井弘昌氏が藍の葉を発酵させてつくる「すくも」を 使っているそうだ。

藍の管理、日常の染めの仕事を担当している牧人さんが、工程を1つずつ教えてくれる。

「この藍を灰汁(あく)と一緒に甕で仕込むんですけど、化学物質を一切使わずに藍を発酵させて、染めることにこだわっています」

父親の弘之さんが発明したという、布をシリンダーに巻きつけて絞る、この工房独特の藍染の工程を実際に作業しながら見せてくれた。

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シリンダーの上で絞られた布をゆっくりと染液につけていく。引き上げられたときは真っ黒な布が空気で酸化され、たちまち藍色になっていく。濃紺を出すためには、この作業を何回も繰り返して染めていくそうだ。

案内してくれた牧人さんは、彫刻家、そして現代美術家としても活動している方。一時期は京都の街で生活をしていたものの、5年ほど前に美山に戻り、藍染にも本格的に関わるようになったという。

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「都市での生活も楽しかったのですが、自然とともに暮らしていくことの豊かさを改めて感じて。両親が近くに暮らしていることもあったので、この環境で自分なりの新たな方法でものづくりができれば、面白いかもしれないと思ったのです」

ここ数年はこの地域に移住して、ゲストハウスやカフェを営む人も出てきた。派手な観光地ではないものの、地域が続いていく新しい流れが生まれているそうだ。

その後案内されて2階に上がると、茅葺屋根の下に藍染のコレクションが並んでいる。

日本のものに限らず、メキシコやオランダ、インドネシアなど、世界中から集められた布地。柄にそれぞれ国の雰囲気が出ているようで、なにか共通しているものがあるような気もする。

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日本へは遣唐使によって持ち込まれたと言われていて、最も古いものは正倉院にある楽器の琵琶を包む布に使われている。

だんだんと暮らしに浸透し、江戸時代には庶民が使うあらゆるものに使用されていたという。コレクションには、実際に生活のなかで使われていたものも多いそうだ。

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藍染作家として生きる

この場所で美術館を始めた牧人さんのお父さん、弘之さんは今年で78歳。これまでずっと藍を使って作品を作り続けてきたアーティストでもある。

腰を掛け、ここで美術館を開くまでの話をゆっくり聞かせてもらう。

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「母が京都で布の店をやってましてね。小さい頃から布に囲まれて暮らしていたんです。大学は迷うことなく、染織コースを専攻しました。大学のときに先生が連れて行ってくれた藍染の工房で興味を持って。それで、藍の勉強を始めたんです」

すっかり藍に魅せられたという弘之さんは、日本、そして世界の藍の歴史を学びながら、自分でも藍染をする日々を送る。さらに職人を訪ねるフィールドワークをしたり、出会った藍の布をコレクションし続けていたという。

「僕の学生時代は、芸術を目指す若い日本のアーティストは西洋志向が強くて。アメリカの現代美術に大いに影響されて、憧れがありました。しかし僕はなぜか、みんなが古くさくて時代遅れだと思ってる、日本の伝統工芸にこそ学ばねばならない価値があるように思えたのです。骨董市なんかに行って、自分には美しいと思えるボロボロの藍染の布を買ったりする変わり者でした」

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大学を卒業後も藍染作家として活動を続けていた弘之さんは、東京で個展を開いたり、海外から招かれて展示をすることも少なくなかったそうだ。

「大学を卒業して教職にもついたのですが、どうしても藍の仕事を極めたい一心から、フリーの作家になる決意をして、1982年にこの美山に移住して創作活動に入りました」

「子育ての間は賃仕事をしたり、帯や着物の仕事もしました。アメリカやヨーロッパの美術館に招かれて展覧会活動を両立できたのも、多くの美術館が作品をコレクションしてくれたのも、日本の藍色の美しさを海外の人が認めてくれたからだと感謝しています」

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藍を伝える使命

作業環境ときれいな水を求め美山町に越してきたのは、今から40年ほど前のこと。その後この集落が保存地区に選定され、観光客が訪れるようになった。

話を聞いているあいだにも、何人もの外国人観光客がやってきて、楽しそうに工房や作品を眺めていた。

「今はコレクターがいて、ニューヨークに行くと日本のボロボロの藍染が何十万で売られます。時代が変わったんですね。ものを大量に安く作って捨てる世界だけでなくて、手仕事でひとつずつ作ることが求められるようになりました」

「あんまりにも目まぐるしい世の中でしょう。それから環境がこれだけボロボロになってきている。自然を大切にしないと、将来はものすごく悪い世界になることがわかってきた。僕らのやっていることが自然環境を守るなんて、大それたことを考えたことはありません。しかし、いかに自然破壊しないで暮らしていくか、それは人類の永遠の課題ですね 」

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ちいさな藍美術館の入り口にあるショップには、手ぬぐいやストールなど、気軽な値段で購入できる商品が並んでいる。染めを息子さん、織りをお父さん、そして縫いをお母さんが分担したりしながら、商品をつくっているそうだ。

「美術館のショップを立ち上げるとき、家族会議で決めた方針があります。それはけして観光客に迎合してお土産を販売するのではなく、私たちが培ってきた藍の特性を生かしたオリジナルの作品をリーズナブルな値段でつくることでした。正直に、丁寧に、家族が力を合わせて、ここでしか買えない商品を作ってます。それは、藍のほんとうの美しさをみなさんと分かち合いたいという私たちの使命だと思っているのです」

使命、ですか。

「ええ、使命なんです。お土産屋さんで売ってるものってチャチで粗悪な量産品が多いですよね。藍の講釈なんかしなくても、旅のお客さんが直感的にいい色ですねと褒めてくれて、藍色の世界をシェアできる。それはありがたいことであり、これが私たちの使命でもあるわけです」

作りたいものを作っている。そう穏やかに話す弘之さんだけれど、環境や世の中の仕組みに対して関心が深い 。それは作る作品や商品を通して、ここを訪れる人に伝わっていくような気がする。

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藍の魔性

つい最近、50代のカップルがこの美術館を訪ねてきたそう。2人は30年間ニューヨークで暮らしていたものの、突然藍について勉強することを決め、日本に帰ってきたという。

そこまで人を惹きつける藍。その魅力は何なんなのだろう。

「わけわからんと、好きになってしまうんですよ。魔性があるんです」

「藍がなぜ、これほどまで人を惹きつけるか、その理由を答えるのは本当に難しいと思います。この染料には長い歴史があり、好きになって知れば知るほど魅了される染料であることは間違いありません。日本には奈良時代に伝わったといわれていますが、インドでは何千年も続く古い歴史があります。藍色に関わる歴史、経済、文学、浮世絵、文楽や歌舞伎、のめり込んでいくと、その世界の広さと深さに驚きます」

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「好きになって勉強し始めると、頭でっかちになっていくんですよね。それで、本物の色はどこにあるんだ、どこに行ったら見られるんだって僕らのところに来る人もいます」

本物の藍の色。

「藍はね、見た途端に目から飛び込んで、魂みたいなものを揺さぶってしまうほどの力がある色なんです。飽きることなく半世紀に渡って藍を染めて暮らしてきた僕の人生は、自然の与えてくれた藍の色があまりにも美しかったから、ということにつきると思います。丹波散歩の折には『ちいさな藍美術館』を訪ねてください。お待ち申し上げます」

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ちいさな藍美術館
京都府南丹市美山町北上牧41
TEL:0771-77-0746
開館時間:11:00-17:00
休館日:木曜・金曜(祝日開館)、冬季、お盆
入館料:300円

文:中嶋希実
写真:伊東俊介