【商いの​コト】店を​一度​閉めて​気付いた、​本当に​大切な​こと--SEED BAGEL & COFFEE COMPANY

成功も​失敗も、​すべては​学びに​つながる。​ビジネスオーナーが​日々の​体験から​語る​生の​声を​お届けする​「商いの​コト」

つなぐ加盟店 vol.75 SEED BAGEL&COFFEE COMPANY 平野大輔さん

北海道ニセコ駅から​車で​およそ5分。​平野大輔さんの​ベーグルと​コーヒーの​店​「SEED BAGEL & COFFEE COMPANY」​(以下、​SEED BAGEL)は、​稜線の​美しい​羊蹄山​(ようていざん)の​麓に​ある。

ロッジ風の​建物が​周囲の​緑に​溶け込むように​建っている。​その前に​小さな​OPENの​看板。​すぐに​ここだと​わかった。

平野さんは​スノーボードが​趣味で、​ニセコを​選んだのも、​ここが​上質な雪で​知られる​ウィンタースポーツの​メッカだったからだ。

でも​今は​スノーボード以外にも​大切に​したい​ものが​増えた。​SEED BAGELに​加えて、​メロンの​栽培や​養蜂を​行う​畑​「THE BEE & THE FARM」、​ゲストハウス​「Snow Shack」。​いくつ​ものやりたい​ことを​どんな​バランスで、​どんな​風に​続けてきたのだろう。​その道のりを​聞いた。

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独自の​製法で​生まれた​“つなぎ目のない​ベーグル”

平野さんは​釧路の​出身で、​学校を​卒業後​2年間東京で​働き、​一年の​ニュージーランド滞在を​経て、​北海道へ​戻ってきた。​はじめは​倶知安​(くっちゃん)​町に、​そして​今の​店を​始めると​同時に​ニセコ町へ。​店を​オープンしたのは​2011年の​ことだ。

「もともとは​宿を​やりたかったんです。​ニュージーランドで​旅を​していた頃、​ゲストハウスで​知らない​人同士が​出会う​感じが​いいなと​思って。​でも​まずは​カフェから​始める​ことに​して、​何か​一つ​食の​メニューを​と​考えた​とき、​ベーグルなら​おやつにもなるし食事にもなるしシンプルで​いいなって。​見た​目も​丸くて​可愛いじゃないですか」

飲食業の​経験が​あったわけではなかったが、​図書館の​本で​ベーグルの​作り方を​研究した。​もっちりした​美味しい​ベーグルを​目指して​試行錯誤し、​本には​載っていない​独自の​成形方法に​たどり着く。​丸く​伸ばした​生地を​中に​織り込んでいくと​いう、​ほかでは​あまり​見られない​「つなぎ目のない​ベーグル」が​生まれた。​手は​かかるけれどやはり​この​方法で​つくった​ベーグルが​一番​美味しいのだと​いう。​原料も​厳選し、​北海道産の​小麦粉に、​羊蹄山の​湧き水を​使っている。

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トントン拍子で、​話題の​店に

店を​始めた​年から​お客さんは​トントン拍子に​増えていった。​店の​家具を​依頼した​会社から​北海道でも​屈指の​屋外マーケット​「LOPPIS」に​出てみないかと​誘われ​「じゃ​あ、​やってみます」と​二つ返事で​参加を​決めた。

店を​オープンしたのが​4月11日、​マーケットの​出展が​その月末。​夏には​飲食や​ファッション情報を​扱う​地元誌の​表紙を​飾り、​秋には​東京の​イベントから​出展依頼を​受けるなど、​あれよあれよSEED BAGELの​名は​知られるようになっていった。

ところが​ほどなくして、​平野さんは​その暮らしを​楽しめていない​ことに​気付く。

「今​思えば​疲れていたんだと​思います。​休みの​たびに​札幌の​街へ​遊びに​出かけたくなって。​それは​それで​楽しかったけど、​ニセコに​暮らしているのに、​ここでの​暮らしを​ちゃんと​楽しめていなかったのかもしれない。​SEED BAGELを​続けるのって​結構​大変だなと​感じていました」

ベーグルの​おいしさが​評判を​呼び、​卸先も​増えていた。​倶知安の​TSUTAYA、​道の​駅ニセコビュープラザなど​人の​多い​場所では​かなりの​数が​売れる。​もともと​朝3時には​起きて、​その日​お店で​販売する​分と、​卸先に​届ける​分を​焼いていたが、​一度に​12個しか​焼けない​オーブンで​繰り返し焼く​ため、​前の​晩から​焼き​始めなければ​間に​合わなくなった。

やりたくて​始めた​ことが、​楽しいと​感じる​時間を​奪うようになっていた。

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店を​閉めて、​見えてきた​こと

半農半Xに​憧れていた​ことも​あり、​店を​始めて​3年目からは​農業にも​挑戦していた。
2年の​研修期間を​経て、​2016年からは​1丁5反の​畑で​メロン栽培を​始める。​畑を​「THE BEE & THE FARM」と​名付け、​近隣の​農産物で​つくる​ジュースなどの​加工品も​この​ブランドで​販売し始める。​そんな​トライアルが​重なり、​2018年、​平野さんは​ベーグルづくりを​一部の​卸の​みに​絞り、​しばらく​お店を​クローズする​決心を​する。

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「農業を​やるのを​言い訳に​お店を​閉める​ことに​したんです。​昨年の​夏から​今年の​始めに​かけて​一年​半ほど​クローズしていました。​でも​そうすると、​やっぱり​この​店あってこそなんだなと​思うようになって。​ベーグルを​焼いて​ここで​売る​ことが​大事、と​いう​より​やりたい​ことなんだなと​気付いたんです。​店を​閉めていた間も​道の​駅の​分は​つくっていましたが、​自分の​店で​売っていないのに​他で​売っている​ことも嫌で。​それで​結果​的に​卸を​すべて​やめました。​店を​再開したのは​今年​(2019年)の​2月。​今は​ここと​時々イベントなどで​販売するのみ。​だから、​いや​ほんと、​店は​永遠に​大きくならないんですけどね​(笑)」

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やりたい​ことは​たくさん​あっても、​一日​24時間、​身は​一つ。​どこまで​何を​どんな​バランスで​行うか。​平野さん​自身、​まだ試行錯誤の​途中に​いる。​でも​今は​以前と​違って、​肩の​力を​抜いて​その​成り​行きを​楽しんでいるように​見えた。

インタビュー中、​どうしてですか?などと​伺うと​「ねぇ?​なんででしょうねぇ」と​逆に​聞き返される​こともしばしばで、​それを​屈託なく笑う​人柄に​すっかり​魅了されてしまった。​ここを​訪れる​お客さんは​こんな​風に​自然と​平野さんと​仲良くなっていくのだろうと​思えた。

新しい​出会いの​生まれる​場所に

最近に​なって​改めて​思い出した​ことがあると​いう。​店の​名前の​由来。​そんな​大事な​ことを​忘れてしまっていたと​いうのも​平野さんらしいが、​真面目な​ことを​話す照れ隠しかもしれないなとも​思った。

SEEDの​“see”は​会うと​いう​意味、​そして​文字通りseed、​タネの​ことでもある。​人と​人が​出会って​何か​新しい​ことが​始まる、​その起点に​なるような​場所で​ありたい。​実際、​今までに​この店で​生まれた​出会いは​数知れず。​平野さん​自身、​ここで​お客さんと​出会い、​今も​交流を​続けている​相手も​少なくない。

たとえば​畑や​加工品の​ブランド『THE BEE & THE FARM』の​デザインを​お願いしたのも、​はじめは​お客さんと​して​訪れた​東京在住の​デザイナーだった。​2016年から​新たに​手がける​ことになった​「さいとう​製パン」の​店を​任せている​スタッフも、​もとは​お客さん。

訪れた​際、​店では​「歯と​インド展」と​いう​ユニークな​展示が​行われていた。​歯を​モチーフに​した​アクセサリーや​小物、​およびインドを​モチーフに​した器を​つくる​大阪在住の​作家の​展示会で、​たまたま店に​訪れた​お客さんと​作家が​意気投合し、​次は​九州で​何か​新しい​ことを​やろうと​いう​話に​なっていたりするのだと​いう。

「そういう​偶然の​出会いが​結構​あって。​来てくれた​お客さんには​僕自身話かける​ことも​多いですし。​そうすると​思いも​よらない​方に​話が​いったり」

最初に​思い描いていた、​旅を​する​人たちの​交差点、​新しい​出会いの​場に​なっている。​それを​見ているのが​楽しい、と​平野さんは​言った。

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地元の​店を​引き継ぐ

嬉しい​出来事も​あった。​店から​車で​5分ほどの​場所に​ある​「さいとう​製パン」の​跡を​引き継いでくれないかと​話が​きたのだ。​さいとう​製パンの​創業は​1953年、​地元で​長く​愛されてきた​パン屋さん。​ところが​最近は​ご主人​亡き後、​御年91歳の​斉藤タキ子さんが、​不定期に​食パンを​10本ず​つ​焼いているような​状況だった。

「もともと​いいパン屋さんだなぁと​思っていた店で。​発酵室が​石炭ストーブだったり、​オーブンや​ミキサーなども​古い​機械が​残っていて。​でも​お父さんが​亡くなられて、​お母さんだけでは……と​いう​状況だったんです。​跡を​やってくれないかと​話が​きた​ときは、​嬉しくて​嬉しくて。​こんな​ことって​あるんだなぁと、​思わず​洞爺湖まで​車を​走らせたりしました」

とは​いえ一人で​二つの​店には​立てないため、​お客さんと​して​来てくれていた​札幌の​ベーグル屋に​勤める​男性に​相談した​ところ​「自分が​やりたい」と​言ってくれたのだそうだ。​経営は​平野さんが​みているが、​その彼が​住み込みで​さいとう​製パンを​切り​盛りしている。​食パン、​あんぱん、​クリームパン、​メロンパンなど​定番の​パンを​10種類ほどを​つくる。

イベントの​出展時には​こちらの​パンも​持っていく​ことができるようになった。​加えて、​キッチンカーを​使用しサンドイッチを​提供する​ことで、​ベーグルの​数も​半分で​済むようになっている。

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自分が​楽しいと​思える​範囲で

さらには、​今年​(2019年)​2月には​念願の​ゲストハウス​「Snow Shack​(スノーシャック)」も​オープンさせた。​宿の​中を​見せて​もらうと、​無垢材を​ふんだんに​使った​シックな​内装。​冬は​すっぽり雪に​埋もれ、​夏は​緑に​包まれる​この​場所に、​家族や​友人と​泊まりに​来るのは​さぞ楽しいだろう。​こちらの​仕事には、​平野さんの​手は​それほど​かかっていないと​いう。

「今は​Airbnbに​登録しているのみなので​オーバーブッキングもないですし、​掃除くらいですね。​お客さんにも​“鍵は​テーブルの​上に​あるから​入ってて〜”って​感じで​(笑)。​お客さんと​宿の​関係が​対等な​感じが​すごく​いいんです。​海外の​お客さんだと​部屋も​すごく​きれいに​使ってくれますし」

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年間を​通して​ベーグルづくりと​コーヒーショップ、​ゲストハウスの​運営。​加えて​夏は​メロンの​栽培に、​冬は​スノーボード。​さらに​今年から​冬は​スキー場の​フードコートで​ベーグルを​売る​予定も​あるのだそうだ。​そうなると、​やはり​一人は​お店に​居てくれる​スタッフが​欲しい。

「もちろん​一緒に​やってくれて、​留守番など任せられる​人が​いたら​ありがたいです。​欲を​言えば、​一緒に​楽しんでくれる​人だと​いいなと​思いますね。​忙しくて​イライラされてしまうと​店の​雰囲気も​悪くなってしまうので。​それが​難しいなら、​一人で​できる​範囲に​絞ってやる​方が​いいと​今は​思っています」

以前​ほど​スノーボードに​対する​プライオリティが​高くなくなった。​ベーグルも、​メロン栽培も、​ゲストハウスも​同じ​くらいに​大事。​何を​やっていても、​ここで​暮らしている​ことを​楽しんで​いたい。​無理なく​続けられる​範囲で。

「もちろんスノーボードも​滑っていられたら​いいなとは​思うけど、​すべてを​ちょうど​いい​感じで​維持していければ​いいなと​思いますね。​これから​先は、​よそへ​出ていく​イベントも​少し​抑えても​いいかもしれないと​考えていて。​自分が​楽しいと​思える​範囲で​バランスよく​やっていく​ための​方法を​ずっと​試行錯誤している​感じです」

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外へ​出ていく​より、​この​場所に​力を​注ぎたい。​店を​一番​大切に​するようになって、​その​思いは​より​強くなっているのかもしれない。​新しい​チャレンジを​するたびに、​大切な​ものが​よりくっきり​見えてくる。​平野さんは​そんな​新しい​自分との​出会いを​楽しみに​しているように​思えた。

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SEED BAGEL&COFFEE COMPANY
北海道虻田郡ニセコ町字有島61-5
TEL:0136-55-5331
営業時間:10:00~16:00
定休日:月曜・日曜

文:甲斐か​おり
写真:山田聡美