成功も失敗も、すべては学びにつながる。
ビジネスオーナーが日々の体験から語る生の声をお届けする「商いのコト」。4回にわたり、家族でペンションを経営されている方々をご紹介します。親から子へと受け継がれていくバトン。地域やお客様、家族に対する思いや彼らの生き方は、きっと私達にもヒントを与えてくれるはずです。
第1回:【商いのコト】特集:ペンションを舞台に受け継ぐ親子のバトンーウィークエンドシャッフル(前編)
第2回:【商いのコト】ペンションを舞台に受け継ぐ親子のバトンーウィークエンドシャッフル(後編)
つなぐ加盟店 vol. 39 B&B テンガロンハット
家族と共に地元でペンションを経営している方々を紹介する特集。今回は、長野県・乗鞍高原にあるペンション『B&B テンガロンハット』のオーナー・宮下了一さんと妻の理恵さんにお話を伺った。
前編では、宮下さん夫婦がペンションをはじめたきっかけ、そしてお客様に満足してもらうためにしたさまざまな工夫を紹介した。後編では、3年前にバウムクーヘン屋『ヤムヤムツリー』をはじめた理由、そして乗鞍高原に対する宮下さん夫婦の思いを紹介する。
前編はこちら
乗鞍高原の特産品を作りたい
宮下さん夫婦は、3年前にバウムクーヘン屋『ヤムヤムツリー』をオープンした。ペンション『B&B テンガロンハット』をはじめて30年目という節目を迎えたタイミングでの新たな挑戦。理由を問うと、夫の了一さんは『地域の特産品を作りたい』という思いを語ってくれた。
「うちのペンションに来てくださる方から、『乗鞍高原のお土産に何を買ったらいいですか?』と聞かれることがよくあるのですが、実はこれというものがあまりなくて……。乗鞍高原を訪れた方に満足していただけるように、自分達の手で特産品を作ろうと思ったんです。」
お土産としてだけでなく、乗鞍高原に来てもらうきっかけになるようなものを作りたい。そう考えた了一さんはスイーツを作ることに決めた。
「バウムクーヘンにしたのは、昔うちで働いていたスタッフがバウムクーヘンのお店を開いていたからです。経験者が知り合いにいれば、どこで作り方を学べるか、どんな設備が必要なのか、いろいろアドバイスをもらえますからね。ちょうどその頃、東京や大阪で有名な洋菓子店のバウムクーヘンに行列ができてニュースになっていたので、タイミングもいいのではないかなと思ったんです。」
最初は、地元の若い子と一緒にバウムクーヘン屋をはじめようと考えていたが、なかなか思うように人が集まらなかった。そこで、東京でタクシーの運転手をしていた息子の祐介さんに相談。『やってみようかな』という前向きな言葉が返ってきたという。
「いずれは地元に帰ってきたいという思いがあったようです。でも乗鞍高原には職がないので、これまでは帰る選択肢がなかった。結果的に祐介にとってもいいタイミングだったのかもしれません。」
バウムクーヘンの作り方は神戸で勉強した。熟練の職人による手ほどきを受けて満を持してのオープン、のはずだった。思わぬ問題が発生したのだ。
“何度やってもバウムクーヘンが上手く焼けない”
「先生に教えてもらった通りに作っても、全然上手くいきませんでした。後になって、このあたりは標高が1300メートルくらいで気圧が低いため、平地と同じ焼き方では焼けないことが分かったんです。『このままではオープンに間に合わない』と、本気で焦りましたね。」
オープンまでの期間は残りわずかだったが、祐介さんは試行錯誤を重ね、平地とは方法を変えてバウムクーヘンを作ることに成功した。気圧の低さを上手く生かした作り方で出来上がった、焼き目はしっかり、中はふわふわのバウムクーヘン。“天空バウム”誕生の瞬間だった。
「一層一層焼き具合を見ながら時間を調整して焼くという、とても繊細な作業を経て作っています。素材にこだわっているのはもちろんですが、高地だからこそ実現したふわふわの食感は他のお店では味わえないものになっています。いらっしゃるお客様も『今まで食べたことがない!』と喜んでくださるので、ぜひ多くの皆さんに食べていただきたいですね。」
若い人達を乗鞍高原に呼び戻す
『特産品を作る』ためにバウムクーヘン屋をはじめた宮下さん夫婦の行動の背景には、乗鞍高原に対する思いが隠されている。33年という歳月を共にした場所であるからこその強い思いがそこにはあった。
「恩返しという言葉は大げさかもしれないですが、30年以上ここで商いをさせてもらっているから、自分にできることをしたいんです。祐介が小学生のころは同級生が20数人いたのですが、今では全校生徒の人数がそれくらいになってしまっています。このままでは将来が危ないんですよね。だから僕達は、若い人達をもう一度乗鞍高原に呼び戻したいと思っているんです。」
「祐介の世代の中には、乗鞍高原に帰ってきたいと思っている子達はいると思うのですが、職がないから帰ってこれないんです。私達の理想は乗鞍高原にバウムクーヘンのショップだけでなく工房も作って、若い人達が働きに来てくれる環境を整えることです。現状、理想からはまだまだ遠いですが、頑張らないといけないなと思っています。」
夫の了一さんは、ペンションやバームクーヘン屋にとどまらず、乗鞍高原の魅力を外に発信するため精力的に活動している。
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「若い人達が何かをはじめられる環境づくりができればいいですね。今うちのペンションでもコワーキングスペースのように仕事をしている外国人移住者もいます。乗鞍高原に若い人を呼び込むためには、若い人が仕事をする環境や活躍できるような機会をつくることが必要なのではないかと考えています。」
地域の“核”になる
ヤムヤムツリーを大きく成長させることが直近の目標だと、夫の了一さんは語る。
「地域の核になれたらいいなと思っています。偉い人になるという意味ではなくて、才能がある若い人達に『この人ができるんだったら、俺もやってみよう』と思わせられるような存在になりたい。自分が最初のモデルになって乗鞍高原を元気づけられるよう、これからも頑張ります。」
乗鞍高原という地で33年間商いをしてきた宮下さん夫婦。地域に若者を呼び戻すために先頭に立って行動を起こす姿は、きっと息子の祐介さんの目にも頼もしく写っていることだろう。宮下さん親子を中心として、今後乗鞍高原に起こるであろう変化が楽しみだ。
前編はこちら
B&B テンガロンハット
390-1520
松本市安曇4306-8
TEL:0263-93-2360
FAX:0263-93-2144
(つなぐ編集部)
写真:小沼祐介