【加盟店ストーリー】視力を失くしたクライマーが、見えなくなって見えたもの

街で目が不自由な人を見かけたら、皆さんはどのように感じるだろうか。

「大変そうだな」「助けてあげなきゃ」などと思う方も多いかもしれない。

ーー思いやる心を持っていただけるのはありがたいことです。しかし、障害があるからといって、決して“特別な人たち”というわけではないことも、知ってもらいたい。ーー

インタビュー冒頭でそう語ってくれたのは、フリークライミングを通じて視覚障害者をはじめ人々の可能性を広げる活動をしている、NPO法人モンキーマジックの代表理事・小林幸一郎さん。

自身も、28歳で進行性の目の病を宣告され、それから20年余り経った今では光をわずかに感じる程度の視力になっているのだそう。そんな小林さんが2005年に設立したのがモンキーマジックだ。

小林さんが同法人を設立するに至った経緯、そして同法人にかける想いとは。話を伺った。

※「障害者」の表記は、NPO法人モンキーマジック様ホームページの表記に統一しております。

さまざまな境遇の人が、“同じ壁”に挑む

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モンキーマジックの活動の1つであるイベント、「Monday Magic 東京」にお邪魔した。同イベントは、視覚障害のある人もない人も一緒になってクライミングを楽しむことを目的としたもので、小学生以上であれば誰でも参加できるようになっている。

取材当日は、視覚障害者に加えて聴覚障害者や活動に興味を持つ現役の大学生が集まり、大盛況となった。

フリークライミングがどのようなものか分からない方のために、簡単に概要を説明する。

<フリークライミングとは>
手や足など、人間が本来持つ能力だけを使って自然の岩や人工の壁を登ること。今回のイベントでは、あらかじめ決められた場所(「ホールド」という)に手と足をかけながら人工の壁を登り、ゴール地点を目指す。

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同イベントでは、障害がある人とそうでない人が同じチームを組むことで、一緒になってクライミングを楽しむことができる。上の写真で壁に挑戦しているのは、視覚障害のある参加者。もちろん、壁やホールドの場所は見えていない。

どのように登っているかというと、あらかじめ指定されたホールドの位置を後ろにいる他の参加者が声で伝えているのだ。

「右手はそこから2時の方向に!……もっと少し上!……それ!」

ホールドの位置を時刻で伝えるこんな会話が場内に飛び交い、目が見えない参加者は、声を頼りに見えない壁を登っていく。参加者の間で、1つの壁に立ち向かう一体感のようなものを感じた。

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クライミングを終えたこちらの男性に話を伺った。
目が見えない状態で壁に対峙することに怖さは感じるものの、壁を登り切ったときの喜びが大きいのだそう。

「課題を解決していく達成感があるんです。最初は全然登れなかった。だから悔しくて、ちょっと続けてみようと思って始めたんですけど、もう3年になります。難しい壁が次から次へと出てきてきりがないんですよ。」

声を弾ませてそう語る姿が印象的だった。
たとえ目が見えなくても、立ちはだかる壁の課題に悪戦苦闘し、やっとの思いで攻略し、また次の課題に立ち向かうというクライミングの楽しさは変わらないのだ。

突然の目の病の宣告。失意の底から救ったのは、全盲のエベレスト登頂者

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小林さんがクライミングと出会ったのは、16歳のとき。
当時やりたいことも夢もなかった小林さんは、偶然目にした雑誌をきっかけに、クライミング教室に参加。熱中できるものを見つけられて、世界が広がったような思いだったという。

「何かに一生懸命になる友達を見ていて、すごく羨ましいと感じていました。自分にもそう思えるものが見つかって、やはり嬉しかったですね。」

クライミングに夢中になり、自分が生き生きできる場所を見つけた小林さんだったが、28歳のときに苦難が降りかかる。網膜色素変性症と呼ばれる難病の宣告。将来失明するという非情な現実を突きつけられてしまったのだ。

「失意の日々が続きました。いろいろな病院に行くんですが、どこに行っても治せないと言われまして。私は当時、アウトドアの衣料品会社に勤め、お客さんをキャンプやカヌー、マウンテンバイクなどに連れて行くガイドの仕事をしていました。でも、目が見えなきゃガイドとして人の命なんて守れない。自分はこの仕事で一生食っていくと思っていたのに、その未来予想図は崩れていったんです。」

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日に日に目が見えなくなって、できないことが増えていく……
次は何ができなくなるのだろうと、先が全く見えない未来に不安を感じていた。

そんな小林さんに転機が訪れたのは、友人の結婚式。出席するためアメリカに行ったときに、空港に迎えに来た友人が教えてくれた、ある人物の存在だった。

エリック・ヴァイエンマイヤー。

全盲にもかかわらず、エベレスト登頂を果たした人物だという。小林さんは、彼の存在を知った当時をこう振り返る。

「彼を知ったときの衝撃はすごかった。全盲の人がエベレストに登るなんて、聞いたことも考えたこともなかったですからね。それまでは『視覚障害がある自分にできることってなんだろう』ということばかり考えていたのですが、『小林幸一郎にできることは何だろう』と思えるようになったんです。」

障害がある自分ではなく、小林幸一郎にできることは何か。
そう考えて出した答えは、長年歩みを共にしてきた“クライミング”だった。

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病気を宣告されてからも趣味として続けていたクライミングは、目が見えなくても楽しめる。小林さんは自身の経験から、そう確信を持っていた。自分のような視覚障害の人にクライミングというスポーツを知ってもらいたいという思いから、NPO法人モンキーマジックを立ち上げ、活動をスタートさせることになった。

“視覚障害者のための場”から、皆が楽しみ、交流できる場へ

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こうしてモンキーマジックとしての活動を開始した小林さん。
仲間を募り、クライミングスクールやイベントを中心に、精力的に活動を続けていった。視覚障害のある参加者は、最初は見えない壁に怖がるものの、徐々に慣れてクライミングの楽しさに魅せられていくのだという。

活動を続けていくうちに、モンキーマジック自体も変化していった。

「最初は、視覚障害者にクライミングというスポーツの素晴らしさを伝えるために始めたNPOでしたが、対象者の幅もクライミングというものの利用の幅も広がっていきました。」

その表れの1つが、今回取材させていただいた「Monday Magic」というイベントだ。
視覚障害者にクライミングの楽しさを体感してもらうだけでなく、気軽に参加でき、障害があるなし関係なく、人と人との関係が作れるマッチングの場を提供したいという思いから始まった。

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▲参加していた大学生の1人。大学の障害学習支援室に所属し、障害がある学生のサポートを行っているのだそう。

視覚障害者自身の幸せから、一歩外の世界に目を向けた“交流”へ。モンキーマジックの活動が、より広く深いものへと進化している姿が見て取れる。

「Monday Magic」を通して、2つの大きな気づきがあったと小林さんは語る。

「1つは、視覚障害以外の障害がある人も楽しめるということ。耳が不自由な人が『僕たちも参加していいですか』と言ってくれたことによって、活動の幅が広がりました。もう1つは、障害のない人にとってもたくさんの気づきがある場だということ。『目の見えない人たちを助けなきゃ』と思ってた参加した人たちが、学びがたくさんあったと言って帰っていくんです。」

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イベントでは、視覚障害者のクライミングを体験できるように、アイマスクをしてクライミングをすることができる。実際に体験してみると、たしかに怖さはあるものの、参加者の声を頼りにしていけば、上まで登りきれることが分かった。

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▲耳が聞こえない参加者とのコミュニケーションを筆談で行う様子。普段こうした機会がない人にとっては、貴重な経験であり、大きな学びの場になっている。

「障害があるからといって、決して“特別な人たち”というわけではないことも、知ってもらいらたい。」

インタビュー冒頭の小林さんの言葉が、すべてを物語っている。
さまざまな境遇を抱えた人が、同じ壁に立ち向かう。
壁を登りきれず悔しがったり、壁を登り切って喜んだりする姿に、障害の有無は関係ない。

クライミングという手段を通じて、障害がある人もない人も“みんな同じ”なのだということを学べる貴重な場が、そこにはあった。

クライミングを通して、あるべき社会の縮図を体現する

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小林さんは、今後の展望についてこう語る。

「レベルが違ってもいいし、年齢が違ってもいいし、性別も違っていい。みんながそういう場所を共有できることに意味があるんです。やってることはみんな違っても、お互いの気持ちがわかるわけですよ。

悔しさも、できたときの喜びも。多様な人たちが場所を共有できることって、社会のあるべき姿だと私は思うんです。なので、僕らはクライミングという手段を活用して、あるべき社会の姿・縮図を表現し、その小さな点の数を増やしていき、その点を面にしていきたい。」

公益の最大化を目的とするNPO法人として、こうした活動を精力的に続けていくことは決して容易ではない。モンキーマジックは、設立からまもなく12年が経とうとしている。活動を長続きさせる秘訣はどこにあるのか伺うと、こんな答えが返ってきた。

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「一番大事なのは、“面白い”ことだと思うんです。お金や人的な問題は、どこでも起こる話。そこではなくて、『ここにいたら面白いことが起きる』とか『わくわくする』とかをメンバーに感じさせられるかどうか。この軸を大切にして活動していきたいです。」

目の病にかかり一度は失意の底に沈んだものの、見事に再起。
今ではクライミングを通して、誰もが一緒になって笑い合える多様性のある社会を体現しようとしている。

もし目が見えなくならなければ、小林さんはこうした活動をすることはなかっただろう。目が見えなくなったことで、見えるようになった世界があるということを、小林さんは教えてくれた。

モンキーマジックが主催するイベントに参加すれば、世界が広がりあなたが見える景色も変わるかもしれない。

特定非営利活動法人モンキーマジック
東京都武蔵野市吉祥寺東町4丁目11番6号
0422-20-4720

(つなぐ編集部)

写真:小堀将生