つなぐ加盟店 vol.73 JOURNEY 草薙亮さん
埼玉県川口市、古い一軒家を改装したカフェを中心に、小さなお店が集まる「KAWAGUCHI SHINMACHI」があります。その中の1軒が、草薙亮さんが営む革製品の工房兼店舗の「JOURNEY」。
「こんにちは」と扉を開けると、ふわりと革のいい香りに包まれました。
財布やバッグ、ティッシュケースやカメラストラップなど。草薙さんが作る革製品は、シンプルなデザインを基本に、すべてサドルステッチという手縫いで仕上げられています。これは、馬具作りに使われる丈夫な手縫いの製法。ミシン縫いに比べて、ほつれにくいのが特徴で、万が一ほつれても、同じ縫い穴に通し、縫い直しができるそうです。
手間も時間もかかるのに、この製法にこだわるのは「いい素材を長く使って欲しい」という思いから。お店では、縫い目の革がちぎれないかぎり、永久に縫い直しをしてくれます。
草薙さんは、このお店をオープンさせるまで、ずいぶん遠回りしてきました。でも、お話を伺ってみると、その遠回りの道をテクテクと歩きながら、彼は自分がやりたいこと、やりたくないことを見極め、無意識ながらビジネスの輪郭を整えてきたよう。まずは、革に出会う前のお話から伺ってみました。
両親が花屋さんに勤めていたこともあり、漠然と将来は「お店がやりたい」と思っていたのだと言います。「モノ」が好きで、高校生の頃から、渋谷や代官山、下北沢などの雑貨屋巡りをしていたのだとか。
一方で小、中、高校生の間はサッカー部で、その後社会人リーグにも参加。「サッカー選手とまでは言わなくても、リハビリのための理学療法士など、サッカーに関わる仕事もいいなぁと思っていましたね」と教えてくれました。ところが、心臓の検査で小さな異常が見つかりドクターストップ。意気消沈して落ち込む中で「お店をやりたい」という思いが具体化してきました。
その頃の胸の内を草薙さんはこう振り返ります。
「社会に出て働くとしたら、好きでもないものを売るとか、他社のものの方がいいのに、自社のものを売らなくちゃいけないとか……。どうしてもそうなっちゃいますよね。自分の性格上、それは絶対にできないなと思ったんです。お店をやるのがいいなと思ったのは、自分の手の届く範囲で、いろんなことができると考えたから」
まだ「社会」とはどういうものか見えていない若い時期。人は自分に自信が持てなくて「とりあえず」と「自分」を「社会」に合わせがちです。でも、ここで「自分にはできないこと」をはっきり自覚したのが、草薙さんのすごいところ。自分の思いを曲げてまで、会社のために働くことはできない……。「できない」ときちんと判断するからこそ、「だったらどうする?」と、「できること」を探し始めることができるのだと思います。
親に勧められて大学に入ったものの、「やっぱり違う」と半期で中退。お金を貯めるために、アパレルのお店でアルバイトをしながら、派遣会社に登録し、携帯電話の販売店でも働いていたそう。「マイクをつけて、呼び込みもしていました」と笑います。
そして働きながら、「どんなお店をしよう?」と考え始めました。
「雑貨かインテリアの店、と漠然と考えていました。でも、当時いろんなお店を見て回るうちに、『この商品って、あっちの店にもあるし、こっちの店にもあるよな』と気づくようになりました。自分のお店にしかないものが欲しい。だったら、仕入れをしながら、オリジナルで何か作れればいいなと思い始めたんです」
何を作ろうか? と思い巡らせていた頃、東急ハンズに行ってたまたま手に取ったのが革の本でした。「革製品って、自分で作れるんだと初めて知りました(笑)」。最初に作ったのは、革のブレスレット。そこから試行錯誤で作ってみましたが、「経験が足りなすぎて」と草薙さん。小さな革工房が短期バイトを募集していると知り、そこに通うことにしました。
「量産のお手伝いだったので、職人さんが縫う前に、ひたすら糊を塗るとか、縫い終わった糸を切って処理するとか、そうこうことをやっていました。作る流れを見ることができて、勉強になりました」
普通なら、革製品を作る人になりたい、と思ったら、学校に行ったり、誰かの元で修行したり……という道を選ぶものです。そうしなかったのも、草薙さんならでは。
「製品のこの部分はこうなっている、という『理由』を、自分の中で消化したかったんです。学校に行ったり、誰かに習うと、 先に答えを知ることになる。答えを知ってしまうと考えたり、工夫したりすることが減ってオリジナリティがなくなる。それはそれで、早くいいものが作れるようになるのかもしれないけれど、僕の場合は、ゆっくり細々でいいから、自分のやり方でやってみたかった。いいなと思う革製品を見つけてきて、財布の分解などをしていましたね」
今、草薙さんが作るバッグは、一般的なバッグには大抵ついている裏布がありません。これも「作りたかった」ディティールの一つ。裏地がないことで、 修理しやすく、なにより革という素材そのものを楽しむことができるそう。
何者かになるために、誰もが「どうしたらなれるか?」という正解を知りたいと望みます。でも、その「なり方」を探る道中にこそ、「どんな何者」になるか、というオリジナリティーを育てる糧があるのだと思います。あえて正解を求めず、自分らしい「革」との付き合い方を、手探りで探す……。それが草薙さんの選んだ方法でした。
こうして、少しずつスキルを身につけながら、もっと広い世界を見てみようと、今度は 求人広告の会社に、契約社員で入りました。
「つらかったですね〜。求人誌の営業なんですが、行動パッケージというものがあって、週に何件電話して、何件訪問するというのが決まっているんです。脈絡なく、数打ちゃ当たる、という感じで……。僕にはそういうのが性に合わなかった。やっぱり、欲しいと思うお客さんに、ちゃんと説明して売る方が好きなんです。結局1年半ぐらいでやめました」
求人誌の営業は、あくまでお金を稼ぐための手段でした。でも、どんなことも細い糸でつながっています。ここで、「違う」と感じた営業の形は、くるりと裏返せば、「どんな店にするか」につながっていました。「欲しいと思うお客さんに、ちゃんと説明して売る」。今の工房と店舗が一体化した形は、まさにそのものです。
こうして10年前にインターネットショップを立ち上げ、少しずつ自分で作った小物を販売し始めました。お店をオープンしたのは5年前のことです。「KAWAGUCHI SHINMACHI」は、知る人ぞ知るカフェ&雑貨店「senkiya」を中心に小さなお店や建築事務所など個性的なお店が集まり、県外からも多くの人が集まる注目のスポットです。
実は、草薙さんはここで結婚式をあげた際に、senkiya店主から「ここで店をやったら?」と声をかけてもらったのだとか。当時倉庫として使われていた「senkiya」の離れを改装してできたのが、草薙さんの革製品の工房兼お店「JOURNEY」です。
「うちは手縫いで作っているので、すごく時間がかかり、量産ができないんです。ありがたいことに、うちの商品を扱いたいと言ってくださるお店もあるんですが、基本的にオーダーを受けてから6か月待っていただいて作るので、卸しはできないんですよね」と草薙さん。
どんなにがんばって一日中手を動かしたとしても、1日に財布一つを仕上げるのがやっとなのだとか。どうしてそんなに手縫いにこだわるのですか?と聞いてみました。
「『長く使われるものを作りたい』という思いが強いのかもしれません。ミシンって上糸と下糸が分かれていて、どちらかが切れると、スルスルっとほどけてしまいます。一方で手縫いは両方からなみ縫いをする感じで縫います。すると上糸と下糸の区別がないので、一箇所が切れてもほつれない。有名なところで言うと馬具の専門店から生まれた『エルメス』なんかも一部の商品は手縫いです。
もう一つ。修理もしているんです。ミシンで、同じ穴にまた糸を通すって至難の業なんですが、手縫いだと革さえちぎれなければ、縫い直しもできます。量産してゴミになってしまうものではなく、お客さんに革と糸を選んでもらって、その人にちゃんと長く使い続けて欲しいと思います」
でも、そうするとどうしても ミシンに比べて3倍4倍の製作時間がかかるので、大きく儲けることは難しくなります。不躾ながら、「好きなものを作れれば、儲からなくてもいいんですか?」と質問してみると……。
「いや、そりゃ〜、儲かった方がいいですよ」と草薙さん。
「この製法で作り続けていくためにも他の作家さんに比べたら、僕はわりとビジネス的にも商売を考えているほうかもしれません」と教えてくれました。
「うちの一番のネックは生産量なので、自分の時給を考えないといけないなと思ってます。それで、日本人の平均年収やGDPっていくらぐらいなんだろう?って調べてみました。そうすると、商品の値段が妥当なのかどうかが見えてきます。作る時間を測って、一つのバッグを作るのにトータルどれくらい時間がかかるかも計算してみました。手間ばかりかかって値段が高くなってしまうものは、商品にする前にちょっと考える判断材料ができますよね。手間がかかったからといって、ものの価値が増えるわけではないので」
なんとなんと! 作家さんというと、お金のことは考えず「自分が好きなものを作る」人が多いのかと思っていました。でも、好きなものを作り続けるためには、ある程度の利益を出さなければなりません。持続可能なしくみを作ってこそ、本当にいいと思うものを作り続けることができる……。
そのために草薙さんが考えているのが、手間と時間と商品の価格のバランスでした。手縫いにこだわりながらも、そこにかかる時間と、どんな価値を生み出しているのかまでをきちんと計算する……。
商品の価値によって値段が決まり、それが売れることで、ご自身の暮らしが豊かなものになります。商品を売るということは、そんな「日常の生活」という価値も生み出しているということ。
若い頃通っていた下北沢や渋谷ではなく、ここ埼玉県の川口にお店を作ったのも同じ理由です。
「都内はやっぱり消費のためのお店という感じがして……。今の時代、田舎の方がオリジナリティーのある魅力的なお店があると感じています。そして、うどん屋さんで、目の前で麺を茹でているのを見られるように、お店のすぐ横に工房がある形にしたかったんです」
今は、お店での販売の他に、「クラフトフェアまつもと」などにも出店。そんな時に便利なのが「Square」です。
「高いバッグなどは、4〜5万円するので、現金を持っている人は少ないんですよね。そんな時にはSquareが本当に役立っています。あとは、売り上げの管理をするにも助かります。イベントでは、いつの時間帯が混むのかをだいたいの数字をみて把握できますから」
さらに、最近ではSNSを見て問い合わせも増えています。そんな時にはSquareから請求書を送り、オンライン上で決済を済ませてもらいます。
草薙さんが作るバッグは、一枚の革で作られ、継ぎ目がありません。店内に並んでいるのは、ほとんどが見本なので、時とともにどんどん色や風合いが変わってきます。使う人の住環境や、持って歩く場所、頻度によって、同じバッグや財布でも、それぞれが違う表情に育っていく……。この店を旅立った後に、使うお楽しみが始まる……。それが「JOURNEY」という店名の由来なのだと知って、深く納得しました。
「これからの課題は、商品の価値を上げていくこと、そして 価値と手間のバランスを取ることですね。オーダー期間を縮めたり、たくさんの人に届けられるように、品質は落とさず効率のよい製造方法を考えたいと思っています」
時間をたくさんかけたからといって、価値があがるわけではない。でも、時間をかけないと生まれない価値もある……。草薙さんのスモールビジネスは、一見相反するように見える「時間」に対するふたつの価値観を、革という素材を使いながら再構築することのようでした。
JOURNEY
埼玉県川口市石神715
TEL:048-437-7535
営業時間:13:00~18:00
店舗営業日はこちらでご確認ください
文:一田憲子
写真:木村文平、オノデラカズオ