【商いの​コト】“勝手口”から​氷見の​日常を​感じて​もらえる​旅を​ --HOUSEHOLD

成功も​失敗も、​すべては​学びに​つながる。​ビジネスオーナーが​日々の​体験から​語る​生の​声を​お届けする​「商いの​コト」。

つなぐ加盟店 vol. 57 HOUSEHOLD笹倉慎也さん・​奈津美さん

2018年6月、​笹倉慎也さん・​奈津美さん​夫妻から​知人のもとに​1枚の​ハガキが​届いた。​淡いブルーの​空と​海を​背景に、​夫妻が​どこか​緊張した​面持ちで​映っていて、​「氷見の​海辺に​小さな​宿を​オープンします」と​ある。​初々しくて、​見ている​側にも​海風が​届くような​案内状だった。

それから​間もなく、​2018年7月に​「HOUSEHOLD」は​オープンした。​宿の​コンセプトは​「正面玄関」の​観光ではなく、​「勝手口」からは​じまる旅。​オープンから​3カ月後、​氷見を​訪れると、​そこには​すっかり​この​仕事に​魅せられた​2人の​姿が​あった。​HOUSEHOLDを​始める​ことに​した​経緯、​今いる​位置、​どんな​場所を​目指しているのか、​2人に​伺った。

海の​そばに​できた、​多機能ビル

氷見駅から​徒歩約7分。​海岸から​すぐの​場所に、​HOUSEHOLDの​ビルは​ある。​1階の​ガラス窓から​見えるのは、​L字型の​カウンターテーブルと​あたたかみの​ある​ペンダントライト。​入り口には​“open”と​書かれた​看板が​さりげなく​置かれている。

中に​足を​踏み入れると、​2人の​先客が​いた。​カウンター越しに​身ぶり手ぶりを​交えて​話す奈津美さんに​代わり、​出迎えてくれたのは​慎也さん。​ギャルソン風の​真っ白な​シャツに​黒の​ベストが、​とても​よく​似合っている。

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▲HOUSEHOLDとは、​英語で​「家庭」の​意味。

4階建ての​ビルは、​さまざまな​機能の​備わった​複合施設に​なっている。​1階は​キッチン付きの​喫茶、​2階は​ギャラリーで​4階に​宿泊客の​寝泊まりする​部屋が​2つ。​3階は​笹倉夫妻の​プライベートルーム。​それら​すべてを​称して​HOUSEHOLDである。

氷見の​日常へ、​すっと​入れる​入り口に

2人が​氷見へ​やってきたのは​約3年前。​富山市の​出身で​東京で​働いていた​慎也さんは、​氷見市で​仕事の​募集が​あったのを​機に、​この​海沿いのまちへ​越してきた。​お付き合いしていた​奈津美さんとともに、​氷見での​暮らしを​開始。​慎也さんは​役所の​職員に、​奈津美さんは​ウェブ制作の​仕事を​しながら、​新しいまちの​ことを​少しずつ​覚えていった。

氷見は​東京に​比べて​曇り空が​多い​こと。​寒ブリは​値が​張って​そうそう​食べられないけれど​新鮮な魚は​豊富で、​美味しい​寿司屋には​困らない​こと。​何より​まちの​朝の​風景に、​2人は​魅せられた。​民家の​黒瓦に​朝陽が​当たり海面の​光と​あいまってまぶしい​ほどに​明るい。​漁港へ​急ぐ​人々の​営みも​含めて、​朝の​風景が​魅力的だった。

海の​近くに​住みたいと​家を​探していて​出会ったのが、​HOUSEHOLDの​ビルだ。​もとは​呉服屋で、​もう​何年も​使われていなかった​この​建物が​破格の​値で​手に​入る​ことが​わかった​時、​2人の​出した​答えが​「宿を​やる」だった。

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自分たちの​知る​氷見の​日常を、​訪れる​人たちにも​知って​ほしいと​いう​2人の​思いが、​この​宿には​詰まっている。

「氷見の​良さって、​特別な​ものではなくて、​まちの​人たちの​日常の​中に​あると​思ったんです。​新鮮な​食材が​簡単に​手に​入るとか、​夜呑みに​行く​お店が​すごく​美味しいとか。​宿を​やろうと​決めた時、​お客さんにも​そういう​時間を​体験して​もらえると​いいなと​思いました。​氷見は​観光バスでの​旅行が​多くて、​泊まるにしても​旅館や​民宿で​上げ膳据え膳で​一歩も​まちへ​出ずに​帰ってしまう。​それは​それで​楽しいけれど、​僕たちは​まちの​日常に​溶け込むように​出歩く​ことで​氷見の​よさを​伝えたいと​思って」​(慎也さん)

駅から​歩ける​距離に​あり、​海も​近かった。​他の​旅館や​民宿とは​違った​ことができるのではないか。​そんな​期待とともに​2人は​宿の​オープンに​向けて​動き始めた。

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▲HOUSEHOLDの​目の前は​海。

「食」を​テーマに

氷見の​日常の​中でも、​こと​「食」を​楽しんで​もらう​ことを、​HOUSEHOLDでは​大事に​している。​まず、​宿泊客に​ふるまう​朝ごはんは、​氷見の​食材を​ふんだんに​使った​和食。​新鮮な​魚で​出汁を​取った​味噌汁に、​カブの​浅漬け。​地元の​調味料で​いただく​蒸し野菜。​そして​白く​光る​炊きたての​ごはん。​その滋味深い​食事に、​自然と​顔が​ほころぶ。

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画像提供:HOUSEHOLD

ただし、​宿泊客に​晩ごはんは​提供していない。​その​代わり地元の​人たちが​通う​氷見の​おいしい​店を​紹介したり、​一緒に​食材を​買い物して​1階の​キッチンで​料理したり。

「できるだけまちに​出て、​地元の​お店に​足を​運んで​ほしいし、​食材を​買ってきて​ここで​料理して​もらえるように​喫茶の​厨房とは​別に​宿泊ゲスト用の​キッチンを​作りました。​僕らが​地元の​魚屋さんへ​案内する​ことも​ありますし、​釣った​魚を​調理して​もらっても​いい。​地元の​人が​利用する​お店や​商店街などで​買い物する​ことも​含めて​楽しんで​もらえると​いいなと​思っています」

法律的に​いえば​客用キッチン付きの​飲食店と​民泊を​うまく​組み合わせた​形に​なっていて、​奥には​もう​一つ​飲食店用の​厨房も​ある。

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▲カウンターの​中に​備えられた、​客用キッチン。​宿泊客は​自由に​利用できる。

目の前が​海、と​いう​絶好の​ロケーションを​生かして​釣具の​レンタルサービスも​始めた。​夏は​歩いて​すぐの​海岸で​泳ぐ​こともできる。

つまり、​この宿は​宿だけれど、​ただの​宿泊施設ではなくて、​よそから​訪れた​人が​あたかも​ここで​暮らしているように、​すっと​まちの​日常に​溶け込む​ことのできる​入り口なのだ。
だから、​慎也さんは​敢えて​ゲストハウスと​いう​言葉は​使わない。

「ゲストハウスと​いうと​宿泊施設と​いう​イメージに​固定化されてしまうかなと。​うちは​そうではなくて、​お客さんが​釣りを​したり、​料理を​したり、​地元の​人が​利用する​お店へ​買い物に​行ったり、​まちの​営みを​楽しんで​もらう、​あくまで​その​一つの​機能と​しての宿で​ありたい。​それも​自炊できる、​キッチン付きの宿。​魚屋さんでの​『あ、​この​お魚おいしそう、​食べてみたい』って​いう​出会いとか​そこで​思った​気持ちを​実現できると​いいなと。​やりたいと​思う​ことを​やれる​ハブのような​場所に​していきたいです」

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喫茶も​宿も、​楽しい​ことを​スパイラルに

初めて​この​ビルの​屋上へ​上がった​時、​氷見の​中心に​いる​感じが​したと​慎也さんは​いう。​氷見の​まち、​山、​海すべてが​一望できて、​何か​拠点になると​思えた。

2階に​ギャラリーが​あるのも、​宿泊や​飲食だけでなく、​面白い​ことを​編集したいと​いう​思いから。​つい​先日までは​金工作家の​展示を​行っていた。​その​作家が​シューマイを​つくるのが​得意と​知ると、​シューマイづくりの​ワークショップも​開催。​1階の​喫茶では​期間限的で​シューマイ定食を​提供した。​宿泊客も、​喫茶の​お客さんも​交えて、​楽しい​アクションを​スパイラルに​広げていく。

肝心の​“泊まる​”機能も、​申し分ない。​2部屋ある​寝室には​清潔な​シーツと​ふわふわの​布団。​建築家・湯浅良介さんに​よる​シックな​デザインの​部屋は​快適で、​窓からは​2人の​自慢の​海が​見える。

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▲namiと​yaneと​名付けられた​2つの​宿泊部屋。

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▲部屋の​窓からも​海が​見える。

7〜9月、​宿の​稼働率は​50〜60パーセントと​聞いて​驚いた。​できたばかりの​宿に​しては、​高い方ではないか。​みんな​どこで​HOUSEHOLDの​ことを​知るのだろう?

「インスタグラムを​見て​来てくださる​方が​いたり、​あとは​関西の​方の​雑誌に​ちょっと​載ったかな。​外国からの​旅行者も​2割ほどいます。​京都や​金沢と​いった​観光地でなく​氷見を​選ぶのは​旅行通な​人たちなので​面白い​人が​多いんです。​あとは​来てくれた​人が、​口コミで​勧めてくれている​みたいで」

2人には​それぞれの​得意不得意からできた​役割分担が​ある。​慎也さんが​経営面や​ギャラリーの​企画運営を​行い、​奈津美さんが​宿と​喫茶の​運営、​調理と​客室の​清掃、​そして​SNSなどの​広報を​担当。​2人で​宿の​リノベーションを​進める​様子を​インスタグラムに​アップしていた​ところ、​見ず​知らずの​人の​中にも​応援者が​現れた。​「宿が​完成したなら​泊まりに​行きます」と​訪れる​人も​少なくない。

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知らず​知らず、​夢に​近づいていた

接客が​落ち着いた​奈津美さんも​話に​加わり、​ここに​至るまでを​きいた。​初めて​企画書を​書いた​とき、​やりたい​ことが​ありすぎて​その​枚数は​50ページ以上に​及んだのだと​いう。

「氷見に​来て​2~3年​経っていたから、​やりたい​ことが​溜まっていたのかもしれません。​私が​やるなら​こう​したい、​機会が​あったら​これやろうって​考えていた​ことがたくさん​あって。​以前は​ホームページを​つくったりする​クライアントワークで、​相手の​希望を​実現するのが​仕事。​それも​楽しかったけど、​間接的でしょう。​今は​自分の​考えた​ことが​そのまま​形に​なるし、​お客さんの​反応が​目の前で​見えますからね。​楽しいと​思う​ことを​伝えて、​人にも​喜んで​もらえて、​仕事にもなって。​最高です​(笑)」​(奈津美さん)

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東京に​居た頃は、​慎也さんは​広告ディレクター、​奈津美さんは​IT企業で​コンサルタントや​事業企画などの​仕事を​してきた。​これまでの​仕事の​中で​奈津美さんの​興味を​惹き、​同時に​挫折も​味わったのが​旅館に​関わる​仕事だった。

「新卒で​入った​IT系の​会社から​転職して​旅館専門の​小さな​コンサルティング会社に​入ったのですが、​そのうちに​会社が​小さな​旅館を​買うことになって。​人手が​ないから​お前行けって​ことで。​平日は​ITの​仕事を​しながら、​土日は​お盆を​持って​走る​仲居さんの​仕事を​していた​時期が​あるんです​(笑)」

体力的に​つらくなり​一年足らずで​辞めてしまったけれど、​この​時に​家族で​経営する​旅館運営の​大変さを​知った。​だから​もう​宿を​仕事に​したくないと​思っても​当然のは​ずだったが…。

「子ど​もの​頃から​人を​もてなす​ことが​好きだったんです。​ママゴトで​お茶会を​すると​必ず​自分が​ホスト​(笑)。​だから​この​ビルに​私たちが​住むだけでは​広すぎるって​話に​なった​時、​自然に​宿を​やりたいなって。​旧態依然の​宿は​難しいなと​思ったけど、​自由な​宿なら​いいなと。​やっと​自分の​やりたい​宿を​やれると​思いました」

一方、​慎也さんは、​宿の​運営と​合わせて、​編集の​仕事も​始めたいと​考えている。​ギャラリーの​キュレーションも​その​一環。​2階奥の​オフィスには​「編集室」と​名付けた。​結果​的に、​宿と​ギャラリーを​運営しながら​お互いやりたい​ことに​近づいていて、​本人たち​自身が​そのことに​驚いていた。

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場を​かまえて、​地域の​一員に

「場」を​もつことで、​人との​つながりが​できる。​ここで​新たな​仕事を​つくりたいと​思った​とき、​まずは​仲間が​必要と​考えた​ことも、​宿を​始めた​もう​一つの​理由だ。​自分たちの​つくった​空間に​自然と​集まる​人たちなら、​気も​合うに​違いない。​その予想ど​おり、​富山や​金沢など​遠方からも​知人が​知人を​呼ぶ形で​人が​訪れる。

さらに、​店を​構えてから、​近所の​人たちと​信頼関係が​一気に​深まった。

「やっぱり​ここで​宿を​やっている​ことが​わかると、​周囲の​皆さんに​事業者と​して​見て​もらえるし、​前より​地域の​一員と​して​認めて​もらえている​実感が​あります」​(慎也さん)

場を​もつことで​本人たちの​覚悟もはっきりし、​周囲も​安心して​付き合う​ことができるのだろう。

「心配も​されるんですけどね​(笑)。​私たちしっかりしていない​印象が​あるのか、​毎回​買い物に​行くと​100円とか​200円とか​まけてくれますもん。​よく​行く​お寿司屋さんも、​私たちの​宿の​お客さんには​とても​優しく​してくれて、​サービスしてくれるんです」​(奈津美さん)

年配の​自営業の​大先輩たちから​みると、​2人は​まだ危なっかしく​見える​部分も​あって、​それが​可愛くて​仕方が​ないのだろうと​想像できた。​2人の​行きつけの​寿司屋には、​HOUSEHOLDからの​カードを​持った​外国人客が​頻繁に​訪れる。​カードには​奈津美さんの​字で​「この方は​日本語が​わかりません」とか​「○○が​食べたいそうです」と​いった​大将宛の​言伝てが​丁寧に​書かれていて、​大将は​そのカードの​束を​嬉しそうに​見せてくれた。

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▲店内には​近隣の​マップや​雑誌、​書籍も​置いて​あり、​米や​野菜など​氷見の​食材も​販売している。

2人は、けして​まちづくりが​したいわけじゃないと​口を​揃える。​ただ、​周囲の​人たちが​HOUSEHOLDを​介して​元気に​なるのであれば、​そのエネルギーは​間違いなくまちを​めぐる。​その着火剤のような​役割を​HOUSEHOLDは​果たしていくのかもしれないと​思えた。

HOUSEHOLD
富山県氷見市南大町26-10
電車:JR氷見線 氷見駅から​徒歩7分/車:氷見ICから​10分​南大町交差点すぐ
喫茶の​営業時間:7:30-10:00​(朝食)、​13:00-18:00*定休日: 毎週​木曜
ギャラリー:展示会の​ある​期間の​み