JR渋谷駅西口から徒歩10分、国道246号沿いに立つビルの入り口に、ロックな文字で「楽器好きにはたまらないHoochie’s」と書かれている。地下へと階段を下りると、店内にはさまざまなギターやベース、アンプ、パーツがずらりと並ぶ。
「ギターのことはよく分からないんですが……」と躊躇しながら店の人に声をかけると、彼らは「知らなくても大丈夫ですよ」と店内を案内してくれた。
ここはMusicians Farm Hoochie’s。出迎えてくれたのは株式会社クルーズ代表取締役の吉岡喜久夫さんとHoochie’sの村田善行さん。吉岡さんはスティーヴィー・ワンダーの日本ツアー時の機材スタッフを務めるなど、世界中のミュージシャンから厚い信頼を得ている。
▲左:吉岡喜久夫 代表 / 右:村田善行 担当
「音は自然に飛んでくるもの。だからすべてを凌駕(りょうが)してしまうんです」と音楽の魅力を語る吉岡さん。「たとえば、良いギターとそうでないギターを聴き比べたら、誰でも必ず良い方の楽器を選びます。人間の耳は正直なんですよ。専門知識がなくても楽しめます」と説明してくれた。
吉岡さんは学生時代にフォークソングに魅せられ、輸入商社に入社。海外の楽器市場やミュージシャンの現場を直に見てきた。
「影響を受けたのはウェザー・リポート(アメリカのジャズ・フュージョン・グループ)のジャコ・パストリアス。日本ツアーに同行したのですが、当時誰も知らなかった事、例えば『弦は何を使っているのか』『セッティングはどんな感じなのか?』など、いろいろ教えてもらいました」
そして約30年前に31歳で独立。ギター・ベースのボディ、パーツの卸業務やリペアの仕事を手がけていたところ、噂を聞きつけたミュージシャンたちが来るようになり、世田谷・環七沿いの三軒茶屋近辺にお店を出した。
当時、日本とアメリカのミュージシャンの間に技術的な差はあまりなかったが、レコーディング環境が大きく違ったという。
「お店を訪れる日本のミュージシャンに、世界で活躍するプロフェッショナルの音質を味わえる環境を提供したいと思いました」
吉岡さんは海外のプロミュージシャンが使う機材を集めて販売。さらに、当時は輸入ギターが高かったため、「海外の人が買っている値段と同じ価格で日本のミュージシャンにも使ってもらおう」という思いで、自社ブランド“Crews Maniac Sound”を立ち上げた。Crews Maniac Soundは、今や耳の肥えたミュージシャンたちから高い評価を受ける国産の有名ブランドに成長している。
Hoochie’sは10年前に渋谷へ移転。これからプロを目指す若者、趣味でギターをやっている一般の方から、大物アーティストのドームツアーを支えるミュージシャン、さらにRihannaやスティーヴィー・ワンダーのバンドメンバーといった海外からの来店もあり、幅広いお客様(ギターマニア)が集まる店になっている。
▲店内には吉岡さんが震災オークションで落札したギターへサインをするエリック・クラプトンの写真が飾られている。
なぜそのような場所になったのだろうか。
「今はインターネットでなんでも検索できます。でも逆に、実体験に基づいた話が少ない。ここを訪れるお客さまは、リアルを求めて来店しているのではないかと思います」
そう説明するのはHoochie’sの村田さん。
「吉岡のズボンが汚れているでしょう? さっき表にトラックを付けて、『良いギターのボディが作れそうな木があったよ』と、持ってきちゃったんです」
ギターを作るとなると木材から輸入し、「ギターの木材は、本来10~20年寝かせるものだ」という話を聞けば、自分の店で場所を変えながら何年も寝かせる。吉岡さんは自ら体験することを何よりも大切にしているのだ。
インターネットが発達した今日、「吉岡さんの実体験に基づいた話を聞きたい」と、海外のギターメーカーや輸入商社、そして世界中のミュージシャンが今でもお店を訪れる。
さらにHoochie’sでは、お客さんのこだわりに応えられるよう、つねにアンテナを張っている。
「たとえば若い子が『70年代の音を出したい』と思っても、普通の楽器店では相手ができない。でも、ここに来れば専門的な話に対応できますし、さまざまな提案ができる店であり続けたいと思います」
それは誰に対しても同じだ。
「一緒に手伝っていて、気づいたら売れてたとか、全然知らないでやったら、すごく有名な人だった、ということはあります。でも私たちにとっては、有名ミュージシャンであろうと初心者であろうと、関係ないんです」
「楽器店はあくまでも裏方」と考える吉岡さん。今、私たちが音楽を心ゆくまで楽しめる背景には、ミュージシャンの音楽に対する探究心、そして彼らを支えるHoochie’sのような存在があってこそなのだ。
東京・渋谷 / Musicians Farm Hoochie’s
Square編集部
文:鈴木はる奈
写真:Cedric Riveau