【商いのコト】従業員とゲストがプレイヤーになれる場所 ー泊まると熱海がくせになる「guest house MARUYA」

成功も失敗も、すべては学びにつながる。ビジネスオーナーが日々の体験から語る生の声をお届けする「商いのコト」。

つなぐ加盟店 vol. 46 guest house MARUYA 市来広一郎さん

一体、どうすれば人が積極的に関わってくれる事業になるのだろう? 従業員が雇用されているからただ働いていたり、お客様が料金の代わりにサービスをただ求めるだけになったりする状況が生まれる可能性を、ゼロに留めておくことはむずかしい。

しかし、静岡県熱海市にある「guest house MARUYA」はスタッフもゲストも自らMARUYAを楽しんでいる。その楽しむ気持ちは、自然と施設の外に漏れ出ていて、MARUYAに関わった人は熱海という街のことも楽しんでしまう。MARUYAオーナーの市来広一郎さんにMARUYAについて聞き、人が関わりたくなる事業づくりを探った。

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個性が活きることは場の付加価値

MARUYAは市来さんが代表を担う株式会社machimoriの一事業だ。マネージャー1名、スタッフ4名がA番・B番に分かれてシフトを組み、運営している。客層は20〜30代が75%を占め、男性が55〜56%とやや多い。他の宿泊施設と比較して低い価格帯や他のゲストハウスで宿泊した際にゲスト同士の会話で伝わった評判、熱海市で数えられるほどしかないゲストハウスという形態を取っていることなどが決め手になり、旅行者から宿泊先に選ばれている。夏には青春18きっぷを利用した人も多く集まる。熱海駅周辺のハブとしての顔も。

「泊まると熱海がくせになる」というMARUYAのビジョンの通り、目標は熱海のファンを増やすこと。MARUYAを囲む、昭和レトロな風情の商店街で、地域の食材や人との交流を体験できることが旅に深みを与え、ゲストは満足する。なかには、MARUYAでイベントを企画するゲストも現れるほど。例えば、毎週金曜は地場の食材を卸す仕事をしているゲストが主催して、「グルメの日」という土地の食材を味わうイベントが開催されている。

MARUYAに関わる人が、やりたいことを自由に始めることができる環境と、意欲を後押しする人たちがそろった結果、個性が活きる場になっているのはMARUYAの付加価値だ。

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オーナーの原体験が事業化

市来さんは2015年9月にMARUYAをオープンした。MARUYAをゲストハウスにしたのは旅の記憶に由来する。

市来さん「旅をして、記憶に残る場所には、だいたいゲストハウスがあって、良い出会いがあったなって。例えば、タイのチェンマイでは、トレッキングで1〜2泊しながら、いろんな国からきた人たちと山奥で寝泊まりして楽しかった。ガイドの人と仲良くなって、ゲストハウスに戻ってからも、地域を案内してもらえて。ポーランドのクラクフでは、洞窟ツアーに行って仲良くなったいろんな国の人たちと、ゲストハウスに帰ってからした食事はすごい印象に残っているんです。熱海っていう場所にそういうゲストハウスがないことはすごいもったいない。あったら、そういう楽しみ方ができる、おもしろい街なので」

だから市来さんには、MARUYAで体現したいゲストハウスの姿がある。

市来さん「MARUYAがやっているのは、ゲストさんが街のお店や人に入り込んでいけるきっかけづくり。それは、ぼく自身が旅で泊まったゲストハウスでの体験と同じです」

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オープンから約3年経ち、理想のゲストハウスをMARUYAは体現できているのだろうか?

市来さん「先日、スペインのホステルに宿泊して、感想を知人に伝えたんですね。スタッフがフレンドリーで、でもグイグイ来すぎず、サバサバでもなく、適度な距離感で、ゲストハウスみたい。教えてほしい情報があったら親身になってくれて。『すごいよかった!』って送ったら、『別にMARUYAと一緒じゃない?』って返事がきて。MARUYAが常にそうできているとは思わないですし、『話しかけてもらえなかった』という感想が寄せられることもありますけど、でも、やりたいことには近づいているのかもしれません。MARUYAのスタッフが、街を好きになって、楽しんでいて、心から良いと思っている場所をゲストさんに伝えられているからかな」

MARUYAには、どんなスタッフがそろっているのだろう?

市来さん「自分のテーマや、やりたいことを持っています。みんなすごく個性的です。単純に雇用されて働くだけじゃない感覚を持っている人たち」

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自分らしさが人をいきいきさせる

MARUYAには、どんな個性を持つスタッフがそろっているのか。例えば、マネージャーの豊田ちほさんには、広めたいテーマがある。

豊田さん「恋愛も結婚も、人生のキャリアの一部で、女性だって恋愛と仕事を両方とっていい。それは、女性だけじゃなくて、男性も変わっていくことが大事で、そういう価値観を広めていきたいんです」

豊田さんがこのテーマを持った由来は、東京で会社員をしていた頃の体験だった。

豊田さん「周囲の男性社員を見ていると、みんなつくったような顔で働いていました。一皮剥くと、違う気持ちを持っているのに、大変そうで。嫌だなと思って。大袈裟なんですけど、みんながもっと自分に正直にいられる社会をつくっていきたいなって」

会社を退職した豊田さんは、2013年に移住してきた。machimoriの運営するクラフト&ファーマーズマーケット「海辺のあたみマルシェ」のボランティアスタッフになった後、マルシェの出展者に。その後、machimoriが運営していたカフェを定休日に借り、得意なマクロビオティック料理を出して、次第にカフェ自体の店長を担当するようにもなる。それがmachimoriで働くきっかけになり、カフェの閉店後、MARUYAの“女将”になった。

市来さん「豊田のように関わってくれる人が進む道を用意することは、ずっと意識していました。熱海のファンになってもらって、ファンがサポーターに変わってくれて、プレイヤーになっていく。いかにプレイヤーを増やしていくかって考えたら、まずは楽しく参加してもらうことが大切で。でも豊田がおもしろいのは、熱海に住んで寂れていると感じた後に、『なんとかしなきゃ!』って思ったところで。稀有な人なんですよ」

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あるいは、スタッフの渡辺紀貴さんは、やりたいことを実現している。

渡辺さん「恋愛相談をやっているんです。恋愛コンサルタントという肩書きもあります。毎週水曜日にfacebookページで告知して。以前、インターネットで20〜40代の恋愛相談にのっていた時、2年間で200件を受け持った結果、5段階で4.9の評価を得ていたから。いつか対面でやりたかったんです」

渡辺さんは新卒入社した会社で1日中パソコンに向かった。そんな日常が肌に合わず、2年目に適応障害を生じて、自身を振り返ることになった。

渡辺さん「やりたくないことをしていたことに気づいたんです。それで、やりたいことをやろうって決められました。『もう正社員にはならない』って決めて、25歳で世界一周をして、その後2年間はインターネットビジネスをしました」

ちょうどインターネットビジネスをしていた頃、渡辺さんの奥様と市来さんが知人だった縁で、MARUYAのスタッフになった。土曜日に満室になるMARUYAを日曜に掃除する週1日のアルバイトからスタートして、1年後にはフルタイム勤務。渡辺さんは次第に自分の根っこで人と接することを求めていると気づき、インターネットビジネスを辞める。2018年5月から、あるきっかけで正社員になった。

渡辺さん「3ヶ月に1度のオールスタッフミーティングは、各スタッフが自分を振り返る場で。そこに自分だけがアルバイトだったから、場を一歩退いて見ていることに気づきました。もっと責任を持って関わりたい。それで『正社員になっていいですか?』って聞いたんです」

正社員が嫌だった渡辺さんは、正社員になりたくなったくらいMARUYAに魅力を感じている。ゲストや、テラスで食事を楽しむお客様と接する日々は充実感に満ちている。

渡辺さん「自分の根っこに気づいてから、MARUYAはすごい良い場所だなって。やりたいと思った人に、やりましょうって言ってくれる人たちがいて。それだけで、“自分らしさ”を出せます。アルバイトだった時には、恋愛相談をやろうとは思えていなかったけど、関わり方が深まって、自分から踏み出した瞬間、現実になっていく環境がここにあったんです」

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自分らしさが伝染してお客様の楽しみに

豊田さんと渡辺さんのように、MARUYAに関わる人たちは “自分らしさ”を大事にしている。それは宿泊体験を良くすることにもつながっている。

渡辺さん「ゲストさんにMARUYAの周辺を案内する時、手書きの地図で紹介しています。スタッフが行ったり、聞いたりした情報を、あるスタッフが一人で描いた地図で、ゲストさんから『駅の地図よりも詳しい』と喜ばれることもあります」

スタッフ自身が街を楽しんでいるから、ゲストにMARUYAのある街を好きになってもらえるようだ。

渡辺さん「自分たちが一番に楽しむことを意識しています。本当に美味しかったなら、伝わるし、ゲストさんがお店に行って美味しいという体験ができたら、熱海が良いところだったって思ってくれるはずです。人伝いに教えてもらえば、一見、ハードルが高そうなお店にも入りやすくなって、そこの楽しさにも気づいてもらえて。『MARUYAの紹介です』って言えばサービスしてくれるお店もあるから、心も緩まみますよね」

昭和レトロな商店街には、厚い扉で店内が見えないところもある。そういうハードルの高そうな店に、まずはMARUYAのスタッフが足を運んでいる。

渡辺さん「各々で気になるお店に行ったり、一緒に通ったり。オールスタッフミーティングの後の、親睦会の会場がそういうお店の時もありますよ。熱海には、まだまだ足を踏み入れていないお店がありますから」

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お互いの人格を分かち合うミーティングの価値

MARUYAのスタッフが自分自身を振り返り、熱海の体験を増やす機会にもなるミーティングは、全部で3種類ある。MARUYAのスタッフのみ参加するのは、週1回のミーティングと月1回のMARUYAミーティング。そして、3ヶ月に1回machimoriの全社員が参加するオールスタッフミーティングだ。会場やテーマはマネージャー全員で決めている。

豊田さん「みんなで希望を話すうちに、いろんなところが挙がって、すぐに問い合わせて。行きたいけど、ふだん行けていないところを会場にしています。ご挨拶も兼ねて。つい先日は來宮神社(きのみやじんじゃ)に食事会場ができたので、ケータリングを利用してミーティングをしました。ミーティングでは忌憚のない意見が言い合える環境を作りたいと思ってます。スタッフ一人ひとりの個性が活きることで、ゲストさんにとっても居心地の良い空間になるんじゃないかと」

ミーティングの種類を分けている理由も教えてくれた。

豊田さん「シフトがA番とB番に分かれているから、A番とB番のスタッフが顔を合わせられるのは数時間しかないんですね。週1回のミーティングでは、全員が集まることってまずなくて。SNSが発達しているから情報共有はできるんですけど、誤解や勘違いは生まれやすいなと思って。相手を理解するには、直接話すのが一番で、こういう人なんだってことを少しずつわかっていけると、お互いに持っていた誤解も溶けるし、人となりも少しずつわかるから」

MARUYAミーティングとオールスタッフミーティングには、MARUYAを休館して1日かける。それだけ“自分らしさ”やその人らしさを理解することに重点を置いている。

渡辺さん「そうしているのは、きっとMARUYAのスタッフそれぞれが、自分じゃない時を経験しているからで」

豊田さん「自然と、自分らしくいることを大切にするスタッフが集まっているんです。スタッフがみんな自然に楽しめていれば、ゲストさんもそうなってくれるだろうなって」

渡辺さん「まず自分が楽しむところから、次に熱海を好きになってもらえるのかな。みんながそれぞれ楽しくやっていることが滲み出ていって、熱海になっているんですよね、きっと」

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同じ価値観のスタッフをそろえる採用フロー

MARUYAでは、特にルールを定めていないのに共通の価値観を持つ人が集まってくる。だから、どうやって人をそろえているのか、採用が気になった。

市来さん「四次面接までやっています。最初は、MARUYAのスタッフが一緒に働きたいかどうかを見て、次に役員面接です。キャリアカウンセラーがいるので、受けた人のキャリアとMARUYAがマッチしているのかを考える面接もします。machimoriの方向性を踏まえて、受けた人にとって本当に勤務することが良い結果になるのかを考えたあとに最終面接をします」

渡辺さん「不安を抱えたまま受ける方は落ちてしまいます。逃げることよりも、ここに来てからが大事だから、目的を持っている人が受かっていて。逃げることは正しい反応だけど、物事を選ぶ時に難しさを生んでしまうんです。隣の芝生が青く見えて。だから、これまでの人生で何をしてきたか、これからの人生をどうしていきたいか。明確になっていなくても、一歩ずつ、深掘りして、目標が見えている人がいいなって思います」

自分らしく楽しい人生を歩む人が一人でも増えてほしい。採用の合否はmachimoriやMARUYA、就職希望者の状況とタイミングに左右されることで、面接を受けた人の人格を否定するものではない。

一人ひとりに親切な人たちに見えた。だからMARUYAに関わりたい人は多いのかもしれないと、納得しかけた時に市来さんが正してくれた。

市来さん「熱海という街の力だと思うんです。この街に関わると、おもしろそうだと多くの人が感じてくれるんだろうなって。熱海は、もともと寂れている小さな街です。だから参加できることが多くて、少し取り組んだら変化が起きます。手応えを感じられるし、小さい街なのに知名度は高いからニュースに取り上げてもらうこともできて。そんな風に街を変えていく体験は、おもしろいんじゃないかな」

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自分らしく楽しく、いきいきしていく体験を得やすい。そんな熱海という街でゲストハウスを営んでいく、これからも。

市来さん「今後はMARUYAをハブにして、離れ家を増やしていきたい。熱海には昔、大湯という温泉のお湯を使っていた宿が27軒あったんですね。そこには文化人が集まっていて、ここから文化が生まれていました。決して昔に戻したいわけじゃなくて、そういう歴史をヒントにしていて。寝室1個しかないような小さな部屋を含めて、MARUYAのなるべく近くに部屋を増やしていけたら、ゲストさんにもいろんな部屋を選んでもらえて、まだ宿泊してもらえていない年齢の方々にも来てもらうことができると思っています。それと、温泉も運営したいですね。温泉はコミュニティの場になるから、今の熱海の人たちと出会うきっかけができます」

市来さんのビジョンは遠くまで広がる。その足元を固めるために、どんな経営をしているのだろうか。最後にどうしても、お金を稼ぐ方法が知りたくなった。

市来さん「わかりやすく説明できることがあるなら、ぼくも教えてほしいです(笑)MARUYAを始める時に、それなりに借り入れをしたので、うまくいかなかったらどうしようと考えました。ゲストハウスをやっている人や、宿泊所を経営している人、それ以外にもいろんな話を聞きましたし。事業計画を立てた後も話を聞いて、直して。MARUYAを利用してくれそうな年代の人に、ゲストハウスができたら利用したいか聞いたりもして。本音で話してくれそうな人に。でも、ずっと『志は高く、一歩目は低く』って思っているんです。先のことは先のこととして考えつつ、一歩目は一歩目として。一歩進んだら、次の一歩が見えてくる。いつ、そこに辿り着くのか、たまに不安になることはあるんですけど、それでもどこか楽観的に。これからも進んでいこうかなと思って」

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guest house MARUYA
静岡県熱海市銀座町7-8
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文:新井作文店
写真:袴田和彦