文:cafe polestar 東輝実
2019年1月2日。
毎月購読している雑誌の付録で占いの本が付いてきた。今年はどんな年になるというのか? 開いてみると、そこには「2019年は目が回るほど忙しく、常に用事に追い立てられる状況になりそう」とあった。そして「忙しくとも、心に余裕を」とも。今年一年を振り返るにあたって、まず思い出したのがこれだった。「忙しくとも、心に余裕を」
カフェを始めて6年になる。「6年が経った」という実感はわかない。毎日、毎月、毎年がそことなく過ぎていき、いつの間にか今がある。自分は何かを残せているだろうか。知らぬ間に過ぎ去った日々を思い返しては、少し焦る。人口1,500人足らずの町でカフェを始めてよかったのだろうか。
私がカフェを徳島県上勝町という町で始めたのは、上勝という町が好きだからだ。生まれ育ったこの町は葉っぱビジネスやゼロ・ウェイスト*1活動で知られる町となり、視察だけで毎年約2,000人近くの人々が訪れる。「小さな町が世界を変える」なんて戯言だと言う人もいるかもしれないが、実際に上勝町は社会に大きなインパクトを与えてきた。そんな町を故郷にもつことを誇りに思うし、もっと多くの人に上勝町のことを知ってもらいたいとも思っている。
カフェのコンセプトは「上勝を五感で感じられるショールーム」。上勝らしさとは何かを常に自分たちに問いながら、ここに来れば上勝の人に会え、情報を収集できる目印になるようにと店の名前も夜空に輝く道標、北極星から「polestar(ポールスター)」とした。
多くの人たちが四国で一番小さな町にやって来るのだが、特にここ2、3年は海外からの取材クルーや旅行者が増えている。みな「ごみゼロ」に取り組む町を実際に自分の目で見て確かめたいと遠くからやって来るのだ。店の中をふと見渡せば、外国人のお客様だけなんて時があって「どこだ、ここは」と、コーヒーを淹れながらそう心の中でつぶやく日もあった。
外国人のお客様が増えたことで「菜食」への対応は必須となった。ほとんどの方がベジタリアンもしくはビーガンだからだ。「とにかく大量のサラダを出してくれ。」そう注文されることもあった。日本では野菜だけが食べられる場所が少ないようで、みな野菜に飢えていた。これを受けて、店ではカレーを完全に野菜のみで作るよう改良した。彼らのための専用メニューではなく、既存のメニューからお肉要素を全て抜いたもの。これによっていつ菜食の方が来ても基本的には対応可能となり、喜んでもらえることが多くなった。
また、店にはゼロ・ウェイストを「体験」しに来店される方も多い。当店は2017年から上勝町とNPO法人ゼロ・ウェイストアカデミーが運営する「ゼロ・ウェイスト認証制度」の認証店でもある。それもあって、店でのごみをゼロにする取り組みを知りたいと来てくださる方々がいる。「ゼロ・ウェイストを体験できる」というのもショールームとして果たすべき大切な役割の一つ。そのため、店ではごみを作り出さないという観点から、お手拭きを出さずお客様にハンカチの持参をお願いしていたり、ストローの代わりにマドラーの利用をすすめたり(ストローが必要な場合は「すげ」という植物の茎のストローを出す)、調味料やコーヒーなどを量り売りしている。今年はそれに加え、ラップの代替品となる商品の販売など、ごみの発生抑制を提案する商品の物販も始めた。当店に、また上勝町に来る人々は環境問題に対して意識が高い人が多いこともあって、そういった商品も興味深く手にとってもらえている。私たちもお客様の反応から、ゼロ・ウェイストを目指す上勝町にある店だからこそ、提案できることや店づくりがあることをより一層実感している。
上勝町のショールームとして、たくさんの方に自分たちなりの提案をしていきたいと思う一方で、常に課題となるのが人手不足だ。どこのお店でもそうだと思うが、店を運営し続ける上で人材確保は非常に重要である。特に過疎地においては飲食店だけに限らず、どの事業所もが抱える課題であるように思う。私たちも今春、これについて悩み、どうすべきか話し合った。そしてスタッフから「インターンという形式で受け入れては?」という提案があった。
私たちはお客様と話をする中で、上勝町に学びに来たものの、ゼロ・ウェイストや田舎の生活を体験できる仕組みがないことに不満を覚えている人たちが一定数いることに気がついた。彼らは視察という形で町内を回るだけでなく、もっと深く、上勝で暮らす人々の日常を体験し、そのマインドを知りたがっていた。そしてそんな時に障壁になるのは、滞在先とコネクション。どこで過ごし、誰に会えば良いのかということだった。そしてそれは、私たちが提供できるものでもあった。
かくして、私たちは独自のインターンシップを始めた。上勝町で滞在する間、彼らは我が家で寝食を共にする。その代わりにカフェを手伝ってもらう。加えて、もしも彼らが農業に興味があれば、知り合いの農家さんにお願いしてお手伝いをさせてもらうし、上勝町の資源回収拠点「ごみステーション」でごみの分別を手伝わせてもらい、45種類に分けて資源化することを実践から学ぶこともできる。そんな互いの「欲しいもの」を交換するシステムを5月末から始めて、カナダ、中国、ドイツ、アイルランド、イギリスからのインターン生を受け入れた。その中の一人、カナダ人のリンダは上勝町を気に入り、最終的には移住することとなった。10月末に就労ビザを取得し、上勝町への住民登録も済ませ、来年からは一緒に働くことになっている。正直なところ、こんなことが起きるなんて、夢にも思っていなかった。現実に少し戸惑いつつも、それ以上に面白がっている自分がいる。
さぁ、息つく暇もなく、今年が終わろうとしている。今年は確かに忙しい年だった。多くの試行錯誤を試みた年だった。予期せず英語漬けの毎日を送った。来年もきっと、もがきながら新しい出会いの中で生きていくだろう。
思い出される冒頭の言葉。「忙しくとも、心に余裕を」
大丈夫。私は余裕どころか、今この瞬間をとてつもなく楽しんでいる。
*1 ゼロ・ウェイスト
ゼロ・ウェイストとは、無駄・ごみ・浪費 をなくすという意味。
出てきた廃棄物をどう処理するかではなく、そもそもごみを生み出さないようにしようという考え方。徳島県上勝町は2003年に日本で初めてゼロ・ウェイストを宣言した自治体で、2020年を目標年として町内から排出される焼却・埋め立てごみをゼロにすべく現在はごみを45種類に分別して資源化し、リサイクル率は80%を超える。
画像提供:cafe polestar