つなぐ加盟店 vol. 35 あぶくり 嶋田玲子さん
“もうちょっと仕事を頑張りたいな……”
”もっとプライベートな時間がほしい……”
人によって思いはさまざまあるが、自分が望むライフスタイルを手にすることは、多くの人の願いであるとともに難しいことでもある。頭に描く理想と現実のギャップに悩んでいる人もいるかもしれない。
今回お話を伺ったのは、2児の母である傍ら東京・雑司が谷でサンドイッチとコーヒーのお店『あぶくり』を運営している、嶋田玲子さん。仕事と子育てに全力投球する嶋田さんは、自身の理想とする生き方をどのように手に入れたのだろうか。
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仕事にも子育てにも全力で向き合いたい
かつて自動車メーカーでデザイナーをしていた嶋田さんは、短時間勤務制度を活用し、子育てをしながら働いていた。同社には子育てをする社員のことを考えた制度が整っていたため、恵まれた環境だと周りから言われていた。しかし、嶋田さんが求める働き方を実現するのは難しかったという。
「子育てとの両立ができる環境があるのはありがたいことだったと思います。ただ、17時以降の会議に参加できなかったり、子どもの体調が悪くなって勤務時間中に迎えにいくことが多くなったりするうちに、サポート業務が中心になってしまったんですよね。『もっと主体的に仕事をしたいな…..』という思いが次第に大きくなっていきました。」
嶋田さんは仕事と育児を両立させた上で、仕事にやりがいを感じる働き方を望んでいた。理想と現実のギャップに悩んでいた当時は、夫・洋平さんに愚痴をこぼすことも多かったそうだ。
「夫には自分の思いを正直にぶつけていました(笑)。ある日、そんな夫から『今の働き方に不満があるなら、会社を辞めたらいいんじゃない?』と提案されて、自分の中で決心がついたんですよね。『理想とする働き方を自分で作ろう』って。」
会社を辞めることには不安はなかったという。嶋田さんは、学生のときに漠然と憧れを持っていたカフェを始めることにした。
あぶくり誕生までの道のり
2012年の3月末に会社を辞めた嶋田さんは、サンドイッチとコーヒーのお店をオープンすることに決めた。看板メニューを“サンドイッチ”にした背景には、子どもを持つ嶋田さんならではの考えが隠れている。
「看板になるようなメニューを持とうと考えたのは『このお店といえば〇〇!』というものが1つあった方がいいだろうという、ビジネス的な理由からです。それを“サンドイッチ”にしたのは、片手で食べられるからです。当時私は授乳をしていたので、授乳をしながら食べられるもののありがたみを感じていました。小さなお子さんを連れて来店されるお母さんが食べやすいものを提供したかったんです。」
嶋田さんは退職してから4ヶ月後の2012年8月1日に店をオープンさせると決めて、物件探しや開業資金の借り入れ、メニューの考案、コーヒーの勉強、内装工事、スタッフの募集に奔走した。
「子どもが2歳と4歳で小さかったことを考えると、自分でもよくやったなと思います。当時は無我夢中で大変だとは思いませんでしたが、今同じことをやれと言われても、もうできないでしょうね(笑)。」
仕事と育児をしやすい環境を作るために、嶋田さんは2つの工夫をした。1つ目は店の場所。移動時間をなるべく減らしてその分の時間を仕事や子育てに使えるように、自宅と職場、そして子ども達が通う保育園・小学校が徒歩15分圏内になるようにした。2つ目はメニュー。嶋田さんだけが作れるような個人のスキルや感覚に頼るメニューでは、自分が簡単には休むことができなくなってしまう。スタッフ全員が作れるように、シンプルなレシピで美味しいメニューを作ることを意識した。
店名は、嶋田さんの娘さんが口にしていた空想上の生き物からとったという。
「上の子だったんですけど、しきりにあぶくり、あぶくりと言うようになって。面白かったので『あぶくりってなに?』と聞いたら、『これくらいの大きさの小人でね、青虫のおしりから生まれてくるんだよ!』と言うんです。トトロみたいに、子どもには見えて大人には見えない生き物かもしれないですね(笑)。」
こうして2012年8月1日、サンドイッチとコーヒーの店『あぶくり』が誕生した。
仮説検証を繰り返して成長する
店を実際にオープンしてみて、店を経営することの大変さに驚いたと嶋田さんは語る。
「“継続的に売上を立てる”ことがここまで大変だとは思いませんでした。オープンから5年半経った今でこそある程度自分の思うような経営ができていますが、売上に悩む時期もありました。2016年の夏頃ですかね。『このままではいけない』と思って、収支がマイナスになることを覚悟で1ヶ月間店を休みにして、振り返りにあてることにしたんです。」
そのとき出会ったのが、ある本に書かれていたタニタの社長の『売上で苦戦しているときは、適正価格まで値上げしなさい』という言葉。
売上が伸び悩ぶと、原価を下げて少しでも利益を出そうと考えるかもしれない。しかし、原価を下げるために食材の質を落とせば、お客様の満足度が下がり売上が更に伸び悩むという負のスパイラルに陥る可能性がある。売上が思うようにいかないときには、提供する価値を重視し、必要な価格まで値上げするといい、というのがタニタ社長の言葉の意味だ。
「スタッフと一緒に1ヶ月間産地直送の野菜をいろいろ食べ比べて、本当に美味しいと思える食材を探しました。今までよりも価格は少し高くなるけど、お客様はきっと“美味しさ”に価値を感じてくれるはずだと思ったんです。」
この判断が功を奏し、売上の伸び悩みは解消されていった。『厳選された食材を使った美味しいサンドイッチ』に、お客様が価値を感じた証拠だろう。
「継続的に売上を立てるために、常に仮説検証をするようにしています。お客さんの反応を見ながら改善を続けることによって、お客さんに喜んでもらえる店であり続けたいです。」
店をより良くするために仮説検証を繰り返してきたことで、あぶくりは困難な状況を乗り越えながら成長してきた。あぶくりがオープンしてから約5年半。嶋田さんのライフスタイルにはどのような変化が起きたのだろうか。
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編集部注:嶋田さんはオープンから6年後の2018年7月にあぶくりを閉店し、現在は「神田川ベーカリー」の経営に携わっています(2018年11月時点)。
(つなぐ編集部)
写真:鈴木香那枝