【 STORE STORY 】 Miが私、Tuがあなた、Baciがキス。二人をつなぐ象徴を贈る指輪工房

時おり機械音がギギーッと鳴る中で、ルーペをのぞきこみ、指先に神経を集中させる男性がいる。その近くではガスバーナーを慎重に扱い、金属をあぶっている人の姿も見られる。彼らはリングを作る職人たち。

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ここは世田谷区三軒茶屋にある株式会社フジモリの工房である。45年前からオーダーメイドのジュエリーを製作していて、現在は結婚指輪・婚約指輪など、アニバーサリーに使うジュエリーブランド「MITUBACI」を立ち上げ、全国各地から注文を受け付けている。

MITUBACIというと虫のミツバチを思い起こすが、リングとはどういった関係があるのだろうか。工房の主宰者である代表取締役の藤森 隆さんに、ブランド名に込めた思いを尋ねてみる。

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「MITUBACIというのはイタリア語でMIが私、TUがあなた、BACIがキスするという意味です。英語でいうと“Kiss me”を連想しています。それが日本語のミツバチと同じ音で面白いな、と思ったんです。

日本語でもミツバチは子孫繁栄の象徴ですし、幼いころに読んだ“ミツバチは八の字にダンスをして、お互いにコミュニケーションをとる”という絵本がすごく好きだったので、この名前にしました」

MITUBACI は2011年1月11日に販売を開始。“キスしたくなるほど愛着のわくリングを作りたい”という思いが、ブランドのコンセプトである。

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「海外のサッカー選手がゴールを決めると、リングにキスするシーンを見かけますが、あれはリングを奥さんや恋人にたとえて感謝の思いを表しているんです。リングがコミュニケーションの媒体として存在できれば、またジュエリーの新しい価値になるのだと考えました」

さらに藤森さんは「作る人と使う人をつなげたい」という思いを抱いていた。そのためMITUBACIではお客さまを工房にご案内し、販売スタッフとともに職人が接客を行っている。職人を統括する専務取締役 新藤研二さんは次のように語った。

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「リングが欲しいと思うと、普通は“きれいなお店で選ぶ”ことをイメージするでしょう。でもMITUBACIでは工房見学をしていただくことによって、リングを作るスタッフの一人になった気持ちで選んでいただきたい、と思っています」

結婚指輪を買うのは女性主体になりがちなもの。しかしお客さまにモノづくりの現場まで入ってもらうと、それまで関心が低かった男性も興味を持つようになるという。

「工房で職人の作業を見ていただいてからサンプルのリングをご紹介すると、“あの工程を経て、こんなにきれいなものができるんだ”と感動してくださるんです」

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逆に職人がお客さまから学ぶことも多い。MITUBACIのデザインは、基本シンプル。結婚指輪は一生同じものを身に着けるため、流行や年齢による好みに左右されないデザインを考えているという。しかしお客さまと交流することで、職人では考えつかない斬新なアイデアをもらうこともある。

「最初のラインナップは18本でしたが、お客さまのご要望に合わせて、“これも作ってみよう”と積み重ねていくうちに、今は50本くらいのサンプルを製作するようになりました。お客さまにデザインを増やしていただいているようなものですね」と新藤さんは笑う。

基本的に職人は製作のプロであって、接客は得意でないと考えてしまうが、お客さまに接する職人を見て、その人の新たな一面を知ることもあるという。

「普段はあまりしゃべらないけれど、お客さまの質問にじっくり応えていて“想像していた以上にホスピタリティの心がある人なんだ”と驚くこともあります」

ただし職人に対しては接客スキルの向上をそれほど求めない。販売スタッフである大久保真生さんも、職人が自然体でいられるようサポートしていきたい、と話す。

「飾らずありのままの状態の職人さんを見ていただくのが、一番お客さまに伝わると思っています。その分、私たち販売スタッフは、彼らが得意なものを言いやすい空気を作っていこうと、試行錯誤しています」

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数年前からMITUBACIはシンガポールでも事業展開している。職人はほとんど英語が話せないにも関わらず、新規のオーダーを受けているそうだ。

「職人が作業をしているところを目にし、彼らが『私があなたのリングを作ります』とお話するのが、一番効果的です。海外でも職人が信頼されるポイントは同じなんです」

現在、MITUBACIではオーダーメイドジュエリーの製作に加えて、たびたびワークショップも開催している。東日本大震災の後、被災地支援として石巻の「プロジェクト結(ゆい)」というコンソーシアムの協賛企業として参加し、仮設住宅の子どもたちにシルバーリングづくりを教えたのが始まりだった。そこでも新たな発見があったという。

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「子どもたちは最初、当然ながら自分のリングを作りますが、2回目以降はこちらが何も言わなくても家族の分を作り始めるんです。ジュエリーは性別も年齢も超えて、誰の物にもなりえます。だから私には指輪は単なるモノではなく、“人と人をつなぐ象徴”に見えてくるんです」

今後もMITUBACIを大切に成長させていきたい、という藤森さん。

「フジモリは工房でスタートした会社なので、職人をバックアップしていくのが私たちの役割だと思っています。残念ながら今のジュエリー業界は、若い職人を受け入れる場があまりありません。しかしMITUBACIであれば職人がやりがいを感じながら仕事ができ、若手にもチャンスが回ってくる。そういったモデルになれるよう、ブランドを育てていきたいです」

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株式会社フジモリ・MITUBACI
東京都世田谷区三軒茶屋2-14-10
Tel: 03-5787-8238

Square編集部
文:鈴木はる奈
写真:Cedric Riveau
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