「Bean to Bar」ー それは、新しいチョコレートカルチャー
今、「Bean to Bar」カルチャーが、米国で盛り上がっている。
「Bean to Bar」とは、カカオ豆の産地からチョコレート・バー(板チョコ)になるまでの製造工程すべてにこだわり、小ロット生産するチョコレートのこと。
「Bean to Bar」のつくり手は、素材を生かす製造方法だけでなく、生産者との関係づくりやビジネスにおける透明性の追求といった、チョコレートづくりに取り組むスタイルやその過程に込めた思いを重要視する。そのため、「Bean to Bar」はクラフトビールやコーヒーのように、一つのカルチャーとして愛好家コミュニティも活発だ。
日本ではまだまだ認知されていない「Bean to Bar」。東京・蔵前の一角にある「ダンデライオン・チョコレート ファクトリー&カフェ蔵前(以下、ダンデライオン)」は、その「Bean to Bar」カルチャーのロールモデルとなるべく、日々チョコレートをつくり続けている。
▲店内は天井が高く開放的な空間。カウンターの奥にはチョコレートを製造しているファクトリーが見渡せる。
店内に入った途端、チョコレートのこうばしい香りに包まれる。ファクトリーが一体になっており、カウンターのすぐ向こうではチョコレートがつくられている真っ最中。チョコレートは身近なお菓子だけれど、こうして製造工程を間近に見ながら買えるのは珍しい。
広報の芹沢茉澄さんはこう話す。
「ダンデライオンがファクトリーをオープンにしているのは、より多くの人に『Bean to Bar』の製造工程や作業の透明性を知ってもらいたいからです。『Bean to Bar』を広く知っていただくことで、チョコレートの奥深さを広めていきたいと考えています」(芹沢さん)
「つくる」だけでなく「伝える」ための仕掛けとして、「Bean to Bar」の製造工程を紹介するファクトリーツアーも定期的に開催。2階のカフェスペースでは、毎週のようにチョコレートにまつわるワークショップやイベントを企画している。
▲築約60年の倉庫物件をリノベーションした店舗。天井の梁など、リノベーション前の面影を残す2階のカフェは、ワークショップスペースとしての機能も持つ。
▲壁には「Bean to Bar」ならではの、チョコレートを深く知ることができるワークショップやツアーのスケジュールが書かれている。
製造を一手に担う「チョコレートメーカー」の存在
▲「チョコレートメーカー」の伴野智映子さん。現在、トリニダード・トバゴ、ドミニカ共和国、マダガスカル、タンザニアなど7カ国のカカオ豆を扱っている。
ダンデライオンのチョコレートは、素材であるカカオ豆の特徴を生かしながら一つひとつ丁寧につくられており、食べると濃厚な味が口いっぱいに広がる。「チョコレートってこんなにおいしかったんだ!」と驚いてしまう。
「私たちのチョコレートは、乳製品や添加物は入れず、カカオ豆とオーガニックのきび砂糖だけでつくっています。豆は産地や収穫時期によっていろんな特徴があるんです。酸味があったりフルーティーだったり、色も大きさも違う。
シンプルな製法のなかで、それぞれの豆の可能性をどう引き出していくか。チームで相談しながら、何度も何度もプロファイリングして探っていきます。まるで自分の子供を育てるかのように(笑)。シンプルだけど、奥が深いんです」(伴野さん)
▲カカオ豆を人の手で丁寧に選別するところから、ダンデライオンのチョコレートづくりははじまる。
「チョコレートメーカー」の伴野智映子さんは、毎日つきっきりでチョコレートと向き合っている。豆の選別から味の調整まで、すべてに手間暇をかけるのは大変では?と聞くと「むしろ、やりがいを感じます」とイキイキとした笑顔を見せる。
「ここはファクトリーと店が一緒になっているので、お客さんの顔が間近に見えるのも楽しいです。試食の感想が聞こえてくる臨場感もいいですね」(伴野さん)
▲低温でローストした豆を3〜4日(豆の種類による)練り続けることで、豆本来の風味を損なうことなく豆から油分が抽出され、味が滑らかになるという。
ファクトリーで行われているチョコレートづくりは、カカオ豆の選定からはじまる。大きさが不揃いだとローストしたときに熱の伝わり方が不均一になり味に影響が出てしまうため、人の手で割れた豆や大きさが揃っていない豆を取り除く。その後、風味を逃さないよう皮つきのまま20〜40分低温でロースト。豆の特徴を生かすため、豆の種類によって温度や時間を調整する。
ローストが終わったら豆を細かく砕き、余分な外皮を除いてドラム型の挽き機で挽く。すると、豆から油分が出てペースト状になってくるので、砂糖を加え、さらに練る。この工程を「メラジング」といい、このときの練る時間や圧力、砂糖を入れるタイミングによって味が左右されるという。
▲チームで味見をしながら慎重に味を判断する。
ほどよい状態になったら取り出し、ブロック状にして保管。このままでも十分おいしいが、脂肪分のかたまりをなくすため、最後に「テンパリング」という工程できめを整え、チョコレート・バーの型に流し込んで冷却。オリジナルの包装紙でラッピングして完成だ。
豆から1枚のチョコレート・バー(板チョコ)ができるまでに、1週間から10日ほどの時間がかかる。加工が少なくごまかしがきかない分、伴野さんたちは感覚を研ぎ澄ましながら繊細な調節を行う。「この豆は酸味の後にナッツ感がくるから、ローストする温度をもっと上げれば風味が豊かになる」などといった会話が毎日交わされる。
今では、スタッフ全員が微細なチョコレートの味の違いを見分けながら、豆のおいしさを表現できるという。”ナマモノ”な豆と向き合いながら、常においしさを引き出すための努力を惜しまない。
品質を重視した買い付け、カカオ豆農家との関係はオープンに
▲チョコレートに含まれる脂肪分を結晶化し、なめらかな口溶けにする「テンパリング」。表面につややかな光沢のある板チョコができあがる。
ダンデライオンで使われているカカオ豆は、サンフランシスコのスタッフが自らの足で世界中の農家をめぐり、品種や栽培方法などを確認して買い付けている。
チョコレートの製造過程は、カカオ豆の大量栽培による環境破壊や強制労働など深刻な問題をはらんでいる。その背景には、豆の値段が量によって決まっているために、生産者は収穫量を増やすことが目的になりがちで品質も落ちやすい。
一方、ダンデライオンは小規模農家を中心に個別に契約を結び、豆の品質に応じて対価を支払っている。すると、評価される豆を育てようと農家自身が向上心を持つようになり、高品質な豆を栽培するようになる。その結果、互いによいビジネス関係が生まれているという。
農園毎の小さな単位で産地を捉え、栽培品種や生産方法にこだわった、安心で質の高い「シングルオリジン」なチョコレートづくりを目指しているのだ。
▲「私たちの哲学について」「このレポートの主旨」というタイトルのページからはじまるソーシングレポート。読めばダンデライオンのビジネス理念がよくわかる。店内にも閲覧用の資料を手に取ることができる。(画像提供:Dandelion Chocolate)
毎年、契約農家のソーシングレポートも発表している。農園の様子から豆の品種、買い付け価格までが細かく書かれており、ウェブサイト(編集注:リンク先は米国サイト。日本版サイトでもソーシングレポートを公開できるよう現在開発中)から誰でも自由に閲覧できる。徹底したオープンなビジネススタイルだ。
同レポートは、ダンデライオンで働くスタッフにとっても自分たちが扱っている豆のルーツを知るための大事な情報源。「農家の方がどんな風に豆を育てているのかがわかると、チョコレートづくりへの思い入れも強くなります」と伴野さんは話す。
透明性を高めることで、チョコレートに関わる人たち同士の距離はぐっと近くなる。産地でカカオ豆が育ち、ファクトリーでチョコレートがつくられ、お客さんの口に入る。チョコレートをめぐる物語がはっきりと見えてくる。
誰もが当事者、誰もがつくり手
▲広くて明るい店内は、ファクトリーとカフェが一体となっており、製造工程だけでなくスタッフの動作や雰囲気まですべてがオープンになっている。
チーム全体でチョコレートをよりよいものにしていくためには、スタッフ同士の関係性が重要だと芹沢さんは話す。そこには「一人ひとりの主体性」と「互いを支え合う信頼と理解」を育むカルチャーがある。
「チョコレートを作る『チョコレートメーカー』、カフェを担当する『バリスタ』、チョコレート菓子を作る『ペストリー』、オフィス業務を担当する『ヘッドクォーター』。それぞれの仕事はあるものの、柔軟に互いをサポートする体制ができています。入社した全員がチョコレートメーカーの仕事を体験するプログラムがあるので、広報の私もチョコレートづくりの工程を自分の手で理解しています」(芹沢さん)
▲2階ワークショップスペースからは、ファクトリーの様子を覗くことができる。どこまでもオープンさを追求している姿がうかがえる。
チョコレートの味を決めるときは、チョコレートメーカー以外の役職からも意見を求める。フラットな関係のなかで、スタッフが自分ごととして働いている様子が店内の雰囲気からも伝わってくる。
「店の良さを決めるのはスタッフ一人ひとり。みんなが充実感を持って働ける仕組みをつくるために、チームビルディングを専任で担当するスタッフがいるほどです」(芹沢さん)
サンフランシスコのスタッフを定期的に日本に派遣することで本国の文化に刺激を受けたり、希望した社員はサンフランシスコに研修に行ける機会もあるという。決まった仕事をやらされるのではなく、一人ひとりが主体的に動く。ダンデライオンのチームワークはサンフランシスコ由来だ。
素材にこだわる、クラフトやローカルへの思い
▲店舗は築60年以上の倉庫物件をリノベーションしたもの。目の前には公園があり近所には小学校も。蔵前の人たちの生活空間に自然に溶け込んでいる。
ローカルを大切にする姿勢も、ダンデライオンの特徴だ。それは蔵前という店の立地にも現れている。
蔵前はかつて江戸の城下町として栄えたエリア。最近ではクラフト系のショップやカフェが次々とオープンするなど新たな活気に満ちており「地域の雰囲気は、サンフランシスコの店舗があるミッション地区とすごく似ているそうです」と芹沢さん。
とはいえ、サンフランシスコの店舗をそのまま再現するのではなく、日本ならではの特色も随所に取り入れている。カフェで提供している器は、徳島県の大谷焼ブランド「SUEKI CERAMICS」がダンデライオンのために作ったオリジナル。
他にも、蔵前で完全無農薬有機栽培で育てられた日本茶を販売する「NAKAMURA TEA LIFE STORE」とコラボレーションした、ほうじ茶を使ったオリジナルメニュー「Kuramae Hot Chocolat」を提供するなど、ローカルならではの工夫も。
▲チョコレート菓子のラインアップも豊富。奥の部屋でペストリーチームが日々丁寧につくっている。
こうした姿勢の根底には、素材にこだわり、ものづくりを突きつめる職人に対する共感がある。
「大きな企業より、小さくてもしっかりと思想があるところと組んでいきたいと考えています。その方が、相手との距離が近くなってよいものづくりができるんです。『SUEKI CERAMICS』と器をつくったときも、お互いに納得いくまで何度も試作を重ねました。その過程で親しくなって(笑)」(芹沢さん)
着実に、じっくりと広がる「Bean to Bar」の思想
▲バリスタの折田政人さん。チョコレートだけでなく、コーヒーもこだわりのあるものを提供している。
カフェスタッフの一人、バリスタの折田政人さんは2011年の「バンクーバーラテアートチャンピオン(Vancouver International Latte Art Competition )」で優勝した実力の持ち主。なぜコーヒーからチョコレートの世界に転身したのだろうか。
「コーヒーは豆の産地や店によって味が変わるところが面白く、『Bean to Bar』も同じことが言えます。苦みがあったり酸味があったりと、豆そのものの特徴を大事にしながらおいしさを追求する。これまでコーヒーにしかなかった楽しみがチョコレートでもできる、そんなワクワクに関わってみたいと思いました」
折田さんは、日々お客さんとコミュニケーションをとりながら、ダンデライオンのチョコレートづくりを説明している。「地元の人たちや付近に職場がある人を中心にリピーターが増えてきて、豆の種類でチョコレートを選ぶ人が着実に増えてきている」と、「Bean to Bar」の考えが広まっている実感があるという。
あらゆるものをオープンにしながら、日々の振る舞いすべてを通じて「Bean to Bar」の考えを広める。急速な展開ではなく、じっくりとゆっくりと食べてもらう人の顔を見ながら、チーム全体でチョコレートづくりに向き合っている。
個々の力だけでなく、チーム全体で共創させることで、着実に「Bean to Bar」の思想を広げていく。ダンデライオンの試みは、はじまったばかりだ。
ダンデライオン・チョコレート ファクトリー&カフェ蔵前
東京都台東区蔵前4-14-6
文:吉田 真緒
写真:鈴木 渉