つなぐ加盟店 vol.64 テライクラフトメント 武市暁さん
自分のやりたいことを実現しなくては。新しいものを生み出さなくては。
なにかをはじめる時、肩肘を張ってしまい身動きがとれなくなることがある。
今回話を聞かせてくれたテライクラフトメントの武市さんは、自分が好きなこと、そして自分のなかに生まれる違和感に正直な人。小さくてもアイディアを社会に差し出し、失敗と成功を重ねながら進んできた。
それはとても自然で、健やかな生き方のように感じた。
つくることがすごく好き
東京・台東区は、古くから手工芸や革製品を扱う職人や問屋が集まっているものづくりの街。最近は下町の雰囲気に惹かれ、新しいつくり手が工房や店舗を構え、カフェや雑貨店が増えている。
新御徒町から蔵前方面に5分ほど歩いた場所に、店舗兼工房を構えるのがテライクラフトメント。
扉を開けると、さまざまな形の帽子が出迎えてくれた。
奥に続く部屋を覗くと、裁断機やミシンなどが並んでいる。
ここで帽子づくりから広報、販売などを行っているのが武市暁(たけいちあき)さん。
「昨年の春に引っ越してきました。そのタイミングでお店もやってみようと思って。ただ現状は限られた人数で生産や運営しているので、お店は週に1回だけ。アトリエショップというかたちで営業をしています」
「小さいころから、つくることがすごく好きで。寝るのがもったいないって、ずっと手を動かしていました」
記憶にあるのは、テレビで流れていた工作番組。見よう見まねでつくっているうちに、素材は紙から布へ。ミシンを使ってバックやポーチをつくっては喜んでいる子どもだったそう。
大学では工芸科で学び、ガラス作家の元でアシスタントとして働きはじめた。
「ものをつくって食べていくってどういうことなのか、勉強したいと思ったんです。ただ当時の私には行動力や知識、経験も足りなくて。どうしたらいいかか行き詰まっていた時期がありました」
ちょうどその頃、友人が務めていた帽子メーカーで人が足りないと声がかかった。アルバイトとして手伝いはじめ、トントン拍子に就職することが決まった。
「手を動かすことを続けられるなら、これもご縁かなと思って働くことにしました。本当にいちからの帽子づくりだったので、最初は仕事を覚えるのに必死でしたね」
会社での主な仕事はブランドからOEMで受託する帽子づくり。主にパターンと縫製の部分を担い、着々と仕事を覚えていった。
自分に目隠しをしない
職人として一通りのことができるようになったころ、その先のことを考えるようになった。
「ほかと比べたら悪くない工賃で、いい環境で働かせてもらっていました。ただ、それ以上は見込めない。どれだけ頑張ってもずっとこんな感じなのかなって」
環境を変えることに不安はあった。それでも、自分のなかに生まれた違和感に目隠しをすることはできなかった。
自分でブランドをはじめてみようと考えるのは、とても自然な流れだったそう。
最初に工房を構えたのは、台東デザイナーズビレッジという創業支援施設。デザイナーやクリエイターが集まっていて、最大3年間、ブランドをつくっていくためのアドバイスや支援を受けることができる。
「地域の方と交流もあって。そこでちょうど、帽子の製造業を辞めるという方を紹介してもらうことになったんです。それが今入居しているビルのオーナーで、どうせ貸すのであれば帽子をつくっていたり、地域に貢献するような人に物件を貸したいと探していたみたいで」
今の場所にやってきたのは、2018年春のこと。
いわゆる“うなぎの寝床”と呼ばれる昔ながらの間取りで、間口は狭く、奥行きが深いつくり。この空間を活用しようと、店舗を併設することを決めた。
「製造しながらなので、週に1度だけなんですけどね。奥でつくって手前で販売する。この物件じゃなかったら、店舗を持つのはもうすこし先だったかもしれません」
気分が上がる帽子
「ブランドをはじめる当初、すごくニッチなところを考えていて。40代男性向けの帽子をつくろうと思ったんです」
自分はどんなものをつくっていくんだろう。若い人向けのファッションアイテムとしての帽子をつくりながら気になったのは、キャップをかぶり続けるおじさん達の姿だった。
「たとえばのど自慢に出てくる、農業一筋のおじさんとか。基本ファッションに興味がないし、そのキャップもデザインが気に入っているのかどうもわからない。それでも1つのキャップを何十年もかぶり続けたりするんです。うちの父もどちらかといえばそうなんですよ。私はそこに魅力を感じてしまって」
「そういう方が、たまに『今日のキャップ、かっこいいじゃん』って家族から言ってもらえるようなものがつくれたら、楽しいなって。ちょっと気分が上がるものをつくりたいと思ったんです」
ブランドがはじまって4年。今店舗にはキャップのほかにもベレー帽や麦わら帽子など、さまざまな形状の商品が並んでいる。どれも男女問わずかぶれるような、やわらかな色彩のものが多い。
「お客さんの声を聞いているうちにつくるものが増えてきました。帽子を通して相手が喜んでもらえるんだったら、私なりにできることをやっていこうと思って」
定番のアイテムとしてつくりつづけているものの1つが、ストレンジャーハット。
つばを上げ下げできるよう細かいステッチが入っていたり、中折れ帽のように頭頂部がへこんでいたり。得意なパターンの技術を活かして、力が抜けつつラフすぎない形をつくっているそうだ。
▲画像提供:テライクラフトメント
「帽子って日差しよけだったり防寒だったり、機能を求めて使いたくなるアイテムなんです。私は帽子をつくるとき、あまりデザインを描かないんです」
どういう季節に、どんなシチュエーションで、なにを帽子に求めるだろう。快適にかぶることができる機能を考えつつ、平行してデザインを進めていく。
ヒントになるのは、販売時にお客さまから直接耳にする言葉。
「『私、帽子が似合わないの』とか『合うサイズがないのよ』ってよく言われるんです。それにはやっぱり理由があって。帽子って、フリーサイズと呼ばれる謎のサイズがあるんです。誰にでも合うわけではないですよね」
「だったらサイズ展開をしたり、フレキシブルに調整できる帽子だったり。お顔に合わせていくつかバリエーションをつくっておいたり。選択肢を増やせば解消できることがあるって、少しずつわかってきました」
帽子を介して共有する
手を動かすことが好きで、職人として働いてきた武市さん。今は淡々とものをつくるほかにも、ブランドを運営していくために卸先との連絡やブランドの広報、販売など、さまざまなことをほぼ1人で担っている。
「職人だったころは、自分がつくったものをお客様に知ってもらう、買ってもらうのがどういうことなのか、今ほど考えたことがなかったんです。最初はぜんぜんうまくいきませんでした」
合同の展示会に出店したり、売り場を回って取り扱ってもらう相談をしたり。自分にできる範囲で手にとってもらえる機会をつくっていった。
「売れなかったときと、手にとってもらえたときのことを比較して、よかったときのことを重ねていきました。経験を重ねるごとに、できあがったものを人に喜んでもらうのが癖になってきて。ひとりでつくるよりは、人と共有したいと思うようになりました」
「手にとってくださったお客様が『ありそうでなかったよのね』って言ってくださることが多いんです。そういう言葉をいただくと、お客様自身も気分が上がっているのを感じて、私も嬉しくなります」
「私の場合、コミュニケーションの間に帽子がある。ものを通じて相手と嬉しい瞬間を共有できることが、私にとっても喜びになっているんだと思います」
小さく先へ進む
自分にとっての楽しみが、手を動かすこと以外にも広がってきたという武市さん。とはいえ、なんでも自分でやることに大変さはないんだろうか。
「たとえば経理とか、苦手なことはたくさんあります。もちろん人に頼むことも考えますよ。でも自分の性格的に、一度は自分でやって把握しないと人に頼めないところがあって。まずやってみてから、人に頼めることを考えていきたいです」
「それでも今は小商いがしやすい時代ですよね。昔このあたりって、個人相手に小売はしませんっていうところばっかりだったんです。今は小売大歓迎。私みたいな規模でも、材料を手配するのに壁がないんですよ」
材料が必要なときには、自転車で近所を一周すればだいたいのものは手に入るそう。小さな事業をしている友人も身近にいて、気軽に相談ができる環境も心強い。
「私がつくって、相手に差し出して、喜んでもらう。そういうコミュニケーションは、帽子以外でもできるような気はしていて。言うだけはタダなので、思いついたら人に話して反応を見ています」
たとえば帽子づくりの技術を活かして、洋服やランプシェードをつくってみる。古いミシン椅子の座面を張り替えれば、オリジナルのものがつくれるかもしれない。どんなものをつくるのか、アイディアは常に浮かんでいるそうだ。
「最近はニット工場に編地をつくっていただいて、私がニット帽を整形しています。今は帽子というアイテムのなかで、いろいろな素材に挑戦しているところです。これだ!と思うものが見つかったら、並べてどういう反応があるか試してみたいですね」
いい予感がしたら、まずは小さく試してみる。違和感があったら、見て見ぬふりをしない。
そんな武市さんの話を聞き終えて、大きく深呼吸をしたくなった。肩に力が入りすぎていると感じたときともに出かける帽子を探しに、また会いに行きたい場所ができた。
テライクラフトメント
東京都台東区三筋1丁目11-13
営業時間:毎週土曜日13:00-20:00
文:中嶋希実
写真:オノデラカズオ