【商いのコト】「会社の存在意義を胸張って言いたい」サラダ屋“サラド”が目指す企業の姿

成功も失敗も、すべては学びにつながる。ビジネスオーナーが日々の体験から語る生の声をお届けする「商いのコト」。

「すべてのステークホルダーが幸せになる会社を作れたら、自分たちの存在意義を胸張って言えると思うんです。僕はサラドをそんな会社にしていきたいです。」(細井さん)

つなぐ加盟店 vol. 19
サラド 細井優さん

「9年間働いた世界的IT企業を退職し、サラダ屋を始めた」

この事実を聞けば、多くの人は驚きの声を上げるだろう。
働く目的は人それぞれだが、高い給与水準や世間から注目を浴びる業務内容は、一般的には価値が重く置かれている要素。これらの要素が備わった大企業を辞め、サラダ屋を始めた人がいるという。サラドの代表取締役・細井優さんだ。

これまで築き上げた地位や安定を捨ててまで、細井さんをサラダ屋の起業へと突き動かしたものは一体何だったのだろうか。彼に話を伺った。

「メインになるサラダ」という、新たな常識を提案

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東京都目黒区に店を構える、サラダのデリバリーとテイクアウトの専門店「サラド」。「サラダで日本人の健康寿命を延ばす」というコンセプトを掲げ、2016年9月にオープンした。同店の特徴は、何といっても「ボリュームの多さ」。

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約400gもの量があり、サラダを食べただけで、お腹が一杯になるように作られている。量が多いと飽きてしまうのではないかと、心配になる人もいるだろう。しかし、味付けや食感、穀物や肉を入れるといった食材の工夫をしているため、食後の満足感はとても大きい。メニューのバリエーションも非常に豊かなので、その日の気分でさまざまな味を楽しめるようになっている。

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使用する食材にもこだわっており、なるべく産地直送の農家から仕入れるようにしているという。糖質を抑えているのも、健康を気にする人にとっては嬉しい心遣い。量や美味しさだけでなく、健康にも配慮して作られているサラダは、苦がなく食べられることによって、継続して続けられるように工夫されている。“食べ続ければ、お腹を満たしつつ健康になれる”、そんな食べ物を目指している。

働く意味について考えていた矢先、同僚が病気に

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なぜ、細井さんはサラダ屋を始めたのだろうか。理由を紐解くカギは、前職時代にさかのぼる。

仕事自体には、やりがいを感じて楽しんでいた細井さん。しかし、「自分よりも優秀な同僚たちがたくさんいる今の会社に、自分がいる必要があるのか。自分は社会に対して、果たして何か貢献できているだろうか」と、自問自答する日々が続いていたという。

そんな矢先だった。同僚が狭心症という病気を患い、手術を行うことになったという。原因は偏った食生活。手術の甲斐あり、同僚は何とか一命を取り留めることができたが、医師からは食生活を変えるように忠告された。そのとき、食生活についてこれまで何も考えてこなかった自分に気づいたという。

「同僚が病気になったのは、他人事とは思えませんでした。僕自身も食生活を気にしていませんでしたらからね。同僚が医者から食生活を変えるように言われているのを見て、自分も食生活を変えてみようと思ったんです。試しに、出来る限りサラダを食べる生活をしてみたら驚きました。全く苦がなく続けられたし、体重も自然に落ちました。健康になるためには、運動して食べたものを消化しようとするのではなく、食生活そのものを変える方が楽なんだとそこで気づいたんですよね。自分の仕事に疑問を持っていたタイミングでもあったので、“サラダで人を健康にする”ことこそが、自分がやるべき仕事だと強く思うようになったんです。」

働く意味について真剣に考えていたタイミングで起こった、同僚の病気。人生のターニングポイントとなる要素が重なり、細井さんは、自らが働くべき場所を「サラダ」というフィールドに見出したのだ。考え抜いた末に導き出した答えだからこそ、“起業”というハイリスクな選択をとることにも、ためらいはない。家族の理解にも助けられながら、細井さんは起業へと歩みを進めることになった。

全てのステークホルダーを幸せにする、「コンシャス・キャピタリズム」を目指して

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思いを描くことはできても、実際に思いをカタチにするのは容易なことではない。ビジネスモデルの構築、資金繰り、事業計画書の作成……。こうしたさまざまな障壁を乗り越えた人だけが、自分の会社を持つことができる。

細井さんは、知人に教えてもらったクラウドファンディングや政策金融機関を利用したり、友人の助けを受けたりしながら資金を工面し、起業を実現した。何より苦労したのは、サービスをtoBメインにするのかtoCメインにするのかということ。働く人の健康に直接的に関係するtoBメインの方向性を定め、店の立地や“デリバリーとテイクアウトの専門店”というスタイルを決めていった。

「僕はとても運がいいと思うんです。妻や友人など、たくさんの人たちの助けがあったからこそ、なんとか無事に店をオープンすることができました。」細井さんはそう語るが、彼の周りに人が集まるのは、決して偶然などではないだろう。

起業を志したきっかけから、将来成し遂げたいビジョンに至るまで、彼の描くストーリーは明確かつ希望に満ちている。だからこそ話を聞く人の心を揺さぶり、「彼のために何かしたい」と人が集まるのだ。

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そのうちの1人が、細井さんと共にサラドの経営に携わる増田学さん。増田さんは、細井さんの子供が通う保育園に自分の子供を通わせる“パパ友”同士。同じ経営者目線で物事を考えられる人材を探していた細井さんが、増田さんにサラドの話をしたところ「ぜひやってみたい」という話になり、オープン2か月前にジョイン。共にサラドを運営していくことになった。こうした縁も、細井さんが描く明確なビジョンがあったからこそ、引き寄せることができたものだろう。

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2016年9月にオープンしたサラドの評判は上々。従来の常識を覆すボリュームと美味しさのサラダに、FacebookやTwitter、そしてinstagramで驚きのコメントが数多くあがっている。

しかし、サラダの美味しさだけでは会社は上手くいかないのも現実だ。事業を成り立たせるためには、企業としての価値を打ち出していかなければならない。細井さん自身も、経営者として毎日頭を悩ませていた。そんなときに出会ったのが、「コンシャス・キャピタリズム」という概念だった。

「『世界でいちばん大切にしたい会社 コンシャス・カンパニー(Harvard Business School Press)』という本を読んだ時に、“社員、顧客、コミュニティ、投資家、サプライヤーという5つのステークホルダーすべてが幸せになるような会社を作るべきだ”という考えに触れたんです。これがコンシャス・キャピタリズムという考えなんですけど、この本を読んだ時に『ああ、これを実現できたら、自分たちの会社の存在意義を胸張って言えるな』って思ったんです。増田にもこの本の内容を共有したのですが、考え方に強く共感してくれました。だから僕は、サラドを本気でそういう会社にしていきたい。」

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以前は、作る製品そのもので会社が評価されてきた。しかし今では、製品が生み出された背景や従業員の働きやすさなど、ステークホルダーにとってどれだけWin-Winの関係を実現できるかどうかが、会社の価値に大きく関係するようになってきている。

とはいえ、利害が交錯しやすい各ステークホルダーの幸せを実現するのがどれだけ至難かは、想像に難くない。

1つのステークホルダーを喜ばせようとすると、たちまち他のステークホルダーに不利益を与えてしまう。これは、経営をしていると往々にして起こってしまうもの。細井さん自身も、会社の利益を最優先しなければならない経営者としての立場と、コンシャス・キャピタリズムを推進したいという理想の立場との間で、決断に頭を悩まされることが多いという。共同で経営に携わる増田さんとも、同じ理想を目指すからこそ激しい議論を交わすこともあるのだそうだ。

ステークホルダーすべてを幸せにする第一歩として、細井さんがまず着手しているのは、“従業員”を幸せにすること。彼らの気持ちに寄り添うために、週5日でキッチンに入るなどして、従業員の思いを理解しようと試みている。

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「僕がキッチンに入ってできる仕事が増えていくと、従業員が『嬉しいです』って喜んでくれるんですよ。すごく意外でした。キッチンに入ることによって、従業員と経営者がお互いのことを理解し合える機会が生まれるので、大切にしていきたいですね。従業員は非常に優秀なメンバーばかりで、毎日僕の想像と期待を遥かに超えるクオリティの高い仕事を、献身的にしてくれている事に驚かされています。感謝してもしきれません。」

その他にも細井さんは、人事評価方法として、従業員全員がお互いを評価し合う“360度評価制度”を導入するなど、従業員に配慮した取り組みを行っている。まだ創立から半年ほどしか経っていない企業が、こうした制度を導入するのはかなり珍しい。企業文化の大半が決まってしまう設立初期に、従業員に配慮した取り組みを積極的に行うことが、コンシャス・キャピタリズム実現の一歩となるのではないだろうか。

また、お客様にアンケートをとることによって、顧客満足度を上げようという取り組みもしている。商品が入っている袋にQRコード付きのチラシを入れておき、そこからアンケートフォームにアクセスして質問に回答してもらうというもの。「野菜がおいしい」「細かく切ってあるから食べやすい」といったお客様からの生の声を具体的に知ることで、より良い商品を生み出すことにつなげようとしている。

会社を経営することは、会社に関わるすべての人の生活に責任を負うことに他ならない。さまざまな困難に直面しながらも、“すべてステークホルダーの幸せの実現”という理想に妥協を見せない細井さんの話を聞いていると、“細井さんならば、本当に価値ある企業を創ってくれるに違いない”という希望を感じさせてくれる。

サラダで、人々の食生活に少しでも気づきを与えたい

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今後は、サラダに使われている野菜が作られる過程を子供達に見せたり、栄養士と協力してワークショップを行ったりするなど、サラダを軸にして活動を広げていきたいと細井さんは語る。その思いの根底にあるのは、サラダを通して、少しでも多くの人を幸せにしたいという彼の思いだ。

「『こういう食生活がいいんじゃないの?』としっかり提案した結果として、その生活をいいと感じる人がどんどん増えてきたら、僕らがいる意味というものが出てくる気がするんです。僕の場合は、同僚が死にかけたことがきっかけで食生活が変わりましたが、そんな悲しいきっかけは要りません。情報提供やワークショップをしてきっかけを作って、食生活の改善につなげられたらいいですね。サラダに関するあらゆる活動を通じて、少しでも気づきを与えていくことが、僕らのミッションであり思いでもあります。」

サラダで人を健康にしたいという思い。
そして、すべてのステークホルダーが幸せになる会社を作りたいという思い。

2つの思いが交わる先にあるのは、サラダを通してすべての人が笑顔になる未来だ。世界的IT企業を辞めた彼が目指すのは、人々の健康、そして幸せ。彼の頭の中にあるストーリーには、既にその未来が描かれているのかもしれない。

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サラド
松見坂キッチン
東京都目黒区大橋2-8-18 ドエル大橋1階

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つなぐ編集部

写真:小堀将生