つなぐ加盟店 vol.58 atelier eMu新夛麻衣子さん
富山県・高岡駅から車で約20分。静かな住宅街の一角に、シックな外壁の建物が目に入った。扉の横には、真鍮で作られた「eMu」の文字。真鍮アクセサリー作家、新夛麻衣子(にったまいこ)さんのアトリエ兼店舗「atelier eMu」は、外観からして存在感のある店だった。店内へ足を踏み入れると、一瞬にして美しいアクセサリーと洗練された空間の濃密な世界に引き込まれた。
新夛さんが実家のある氷見で店を開き、自分の作品を販売し始めたのは、21歳のとき。特にいつかお店をやりたいと思っていたわけではなかったが、自分の好きなものをつくり続けたいという気持ちは強かった。これまでの経緯、ものづくりに対する思い、結婚・出産を経たいま、暮らしと仕事をどう両立させているのかなど、新夛さんは確かめるようにゆっくりと話してくれた。
流れに身を任せて、行き着いたものづくりの世界
初めて「自分はものづくりが好きなのかもしれない」と意識したのは、高校受験の時。父親に、工芸高校への進学を勧められたのがきっかけだった。
「それまではあまり意識していなかったんですが、中学校の美術の授業で私がつくった銅板レリーフを見て、父は私がこういうものづくりが得意なんじゃないかと思ったみたいで。進学先に高岡工芸高校はどうかと勧めてくれたんです。そこには木材工芸、金属工芸、漆工芸と3つのコースがあるのですが、漆は他ではなかなかできないかなという理由で、漆工芸を専攻しました」
卒業後は大阪の専門学校へ進学し、雑貨のディスプレイや仕入れなどを学ぶコースに通った。ところがやがて「やっぱりつくることをしたい」という気持が抑えきれなくなる。学校は一年でやめ、ビーズアクセサリー店でアルバイトをしながら、真鍮でアクセサリーをつくる作家のアシスタントの職を得た。
「たまたま募集を見てすぐ電話しました。ここで働いたら真鍮のアクセサリーの作り方を学べるんじゃないかと思って。ビーズアクセサリー店の方も店長が彫金をできる方だったので、教えてもらいながら、両方に通っていたんです。そうして一年ほど大阪で働きましたが、次第に営業に出ることを求められるようになって。じつは私、初めての人に声をかけたりする営業がとっても苦手なんです。そんな時に、家族が帰ってきたらと言ってくれて」
氷見に戻ると決めた胸のうちには、そろそろ自分自身のものづくりを本格的に始めたいという気持もあった。それが12年前、新夛さんが20歳の頃の話だ。作家としてのスタートは早い方と言えるだろう。流れに導かれるようにしてものづくりの世界へ入り、真鍮でアクセサリーをつくる道を歩み始めた。
身近なところからの第一歩
お店をやってみようと思いついたのは、氷見に戻ってほどなくした頃だった。実家から近い店舗が空いていると聞いて即座に決断。それまで年に一度の手づくり市に出るほかは、売ることよりつくることに専念していた新夛さん。お店を始めることに不安はなかったのだろうか。
「私、何かしようと思うといつも直感で決めるタイプなんです。その時もあまり深く考えずに、ここでお店をやったら誰か来てくれるかなと思って。母もやってみなさい、ダメだったらやめればいいよって背中を押してくれました。祖父が大工仕事が得意だったので、棚やカウンターなどすべてつくってくれて、おかげでお金をかけずにできたんです」
新夛さんにとって、お店を運営することそのものや、売上をあげてこの道で食べていくといった話はそれほど重要な関心事ではないのかもしれない。ただただシンプルにものづくりを続けたくて、無意識のうちに、つくったものを誰かに届ける場を探していたのではないか。結果、この店は約10年間続いた。口コミやメディアを通して、地元だけでなく、金沢や高岡、富山市など遠方から訪れるお客さんも多かった。だから結婚して高岡に新しく家を建てるとなった時、新夛さんは迷いなく、新居のそばにアトリエ兼店舗を移転オープンさせることにしたのだ。
「住宅街なので、周りからはこんなところで商売なんて無理だよって言われることもありました。でも今まで氷見にも遠くから来ていただけるお客さんがたくさんいらしたので、大丈夫じゃないかと思えたんです。高岡の方がむしろお客さんにとっては来やすいかもしれないなって」
▲「atelier eMu」の店内。ネックレスやピアス、リングなどの真鍮アクセサリーが映えるダークな色を基調とした空間。
自分自身が身につけたいものを
繁華街から離れた場所であっても、ちゃんとお客さんが訪れる。その最大の魅力は、やはり、アクセサリーそのものの質の高さにあるだろう。新夛さんのアクセサリーは、シックでクラシックな雰囲気がありながらも、一切古びた感じがしない。華やかさと、真鍮の落ち着いた光沢がほどよい上品さに。お洒落を楽しみたいという女性心をくすぐる一方で、日常でもさりげなく身につけられる使い勝手の良さが、一つの人気の秘密だ。
「自分自身が身につけたいものをつくるのが基本です。小枝や木の実などの植物をモチーフにしていたり、本物のレースから型取ったパーツを使ったり。アンティークな風合いを出すために、真鍮を一度真っ黒に着色してからまた磨くなどの工夫もします」
▲植物やレースなどを元に型取ったパーツ
さらに、お店を訪れて買う際には、色やサイズなど好みのものにカスタマイズしてもらえるという嬉しいメリットがある。
「もう少しじゃらっとした感じがいいと言われればパーツを追加したり、石の色を変えたり。できるだけその場でお客さんの要望に合わせてつくります」
作業の一部を見せてもらうと、想像していたよりもずっとハードな作業。金属を扱うのだから当然だが、叩いたり、溶かしたりといったタフな仕事が続く。その作業から繊細で可憐なアクセサリーが生まれるのだから不思議だ。
▲店の奥がアトリエ、作業スペースになっている。
「来てくださるお客さんも、30代から上は70代までと年齢幅が広いんです。お祖母さん、お母さん、娘さんと親子3世代で来てくれる方もいたりして。落ち着いたゴールドなので、肌になじみがよく、年配の方でも身につけやすいのかもしれません」
細部にこだわった店内の空気感も、訪れた人を魅了する。ネックレスやリングを置くスタンドから、価格を記す小さなプレートまで真鍮の手づくり。壁の色、什器など、妥協なく好きなものを揃えた。
子育て、家事と両立しやすいように
自宅のすぐ横にアトリエ兼店舗を構えようと決めたのは、子育てや家事との両立のためでもあった。アトリエは自宅とつながっていて、子どもが寝ている間に作業を進めるなど、効率的に時間を使うことができる。
「子どもができてから、ぼうっとしている時間はほとんどなくなりましたね。常に今のうちにこれをやっておこう、あれやっておこうって、段取り上手になったかもしれません」
ただ、やはり制作の時間が思うように取れない悩みもある。下の子どもの出産に合わせて、5月から半年間は店を休んだ。
▲今年生まれたばかりの長女、凪(なぎ)ちゃん。
「制作のペースも子どもがいなかった頃に比べると波があります。上の子がちょうど今5歳で、アトリエのものなど何でも触りたがるので、どうしても一緒だと集中できなくて。気持ちとしてはもっとつくりたいという、ジレンマもあります。新作をつくるには、やはり少しぼうっとする時間も必要なタイプで。でも今はなかなかその時間が取れないんです」
すべての作業を一人でこなすため、やることが多く「自分が何人も欲しい」と思うこともある。アクセサリーは、一つ一つを順番に仕上げていくのではなく、パーツごとにまとめてつくる。叩いたり穴を開けたりといった仕事もまとめて行うので、生産管理が必要になる。
「展示会に出るとなれば、いくつつくろうと目標数を決めて、そのために必要なパーツを洗い出します。進行表をつくって、ここまでできた、これも発注済み!とチェックを入れながら進めていかないと、自分でも全体がどこまで進んでいるのかわからなくなってしまうんです(笑)」
流行に左右されず、自分の世界観をつくりたい
まちを歩いていて、自分のつくったアクセサリーを身に着けている人を見かけるととても嬉しいと、新夛さんは顔をほころばせた。世の中の流行りが気になることもあったけれど、今は自分の感性のみを信じてものづくりをしていきたいと思っている。
「最近は、見たいと思わなくてもSNSなどでいろんなアクセサリーが目に入るじゃないですか。同じ真鍮でも、ああこういうのが流行っているんだなぁと思って、一時期はそういう要素を取り入れてみようと参考にすることもあったんです。でも、不思議とそう思ってつくったものほど、まったく売れなくて。最近は、もうこれが流行りだからとか、世の中の情報に左右されるのはやめようと思いました。自分の感覚を信じてそれを突き詰めたい」
お客さんが自ら手がけたアクセサリーを着けた時の嬉しそうな顔を見るのも好きで、アクセサリーづくりのワークショップも近々再開したいと考えている。以前手がけたウェディング用のアクセサリーづくりにも本格的にトライしてみたい。
この先、その手からどんな作品が生み出されるのか。心待ちにしている人がたくさんいるに違いない。けれど、誰よりも新夛さん本人が、新しい自分の作品との出会いを楽しみにしているのではないか。アクセサリーのことを語る、嬉しそうな顔を見ていて思った。
atelier eMu
富山県高岡市戸出町6丁目6−11
Tel:0766-75-3663
営業時間:10〜17時
※現在は不定期営業。お店にご確認ください。
文:甲斐かおり
写真:竹田泰子