CHAGOHAN TOKYO (マーサアンドカンパニー) 井上潤子さん
「茶」と「ごはん」を体験して持ち帰る場所
▲CHAGOHAN TOKYOを立ち上げた井上潤子さんとスタッフ。“茶”“ごはん”という二つの言葉を組み合わせた造語が店名だ。
地下鉄銀座線、浅草駅と田原町駅の間の少し静かなエリア「西浅草」に2015年の夏に誕生したばかりの『CHAGOHAN TOKYO』。“茶”“ごはん”という、日本人にとってはとても馴染み深いふたつの日常的な言葉を組み合わせた造語をローマ字で表記する店名。名前も外観もカフェのようだが、実はここ、和食の調理とお茶のお点前を体験できるユニークなダイニングだ。
海外でも日本食の人気が高まるなか、「自分の家でふつうの日本食をつくってみたい」「大好物のお寿司を自分でも握れるようになりたい」と思い、日本へやってくる観光客が多くいる。主にそういった人たち向けに、楽しみながら作って食べられて、実際に覚えて持ち帰ることのできる場所、それが 『CHAGOHAN TOKYO』だ。
▲入り口には、外国人観光客が安心して入店できるようにWi-Fi対応やtripadvisor、Squareのクレジットカード対応のステッカーが貼られている
『CHAGOHAN TOKYO』を立ち上げた一人、井上潤子さんは、欧米の高級消費財を取り扱うコンサルティング会社の共同経営者でもある。海外の取引先と日本でランチミーティングをしたり、家族ぐるみで食事をすることは日常茶飯事だ。そんな場では、取引先の欧米人から「この料理は食材に何を使っているのか」「大好きなカツ丼を家でも作れるようになりたい」「日本のおもてなしについて知りたい」といった質問が尽きない。質問にきちんと答えられるスタッフがいて、気軽に食事をしながら自分たちが商談もできるような場所があったらいいのにーー。そう思っていた矢先、この西浅草の物件が空くという、偶然の巡り合わせがあった。
もともと、別の事業のために探していたテナント物件だったが、土地柄“日本のおもてなしを体験してもらうためのスペース”というニーズにもぴったり。アットホームな環境で、リアルで身近な日本をもっと知りたいというニーズを満たすには適切なサイズ感のとてもよい場所だった。
「取引先をもてなす理想の和食処。ないなら自分たちで作ればいい。そう考えたんです」
物件が決まった後の井上さんたちは早かった。半年ほどの準備期間の後、2015年8月には営業を開始する。さすが、会社経営をすでにしているからこそのスピード感だ。
3時間の浅草滞在に組み込めるお料理体験コース
▲テーブルに整然と並ぶのはお料理体験の参加者が使う道具たち。この日は5人が体験に来るという
日本を訪れた観光客の朝は早い。限られた時間内でさまざまなエリアをしっかり見たいからだ。そのため、『CHAGOHAN TOKYO』のお料理体験コースは朝からスタートするものもある。
「外国人観光客が浅草、台東区に滞在するのは平均3時間程度。ならばそのなかの1時間でお料理も体験してご飯も食べられるようにして、残りの2時間は街の観光にあてていただけないかな、と。そういったプランを中心に組んでいます」
「色々なやり方がお料理教室にはあると思いますが、まったく知らない、イメージができていないものを作る場合、完成形が分からず、すごく大変。先生の言うとおりにやったとしても、短時間の中でおそらく作り方を覚えるまでは至りません」
だから『CHAGOHAN TOKYO』の料理教室では、まずは板前が行程を見せて完成までを想像してもらうところから始める。たとえば90分の回であれば、まずは板前による30分間のデモンストレーションを、スタッフによる英語での説明とともに行程を見た後、後半の30分間で実際に作る、という流れだ。
「初めに作る技術をじっくりと見ていただき、行程も全て訳しながらご説明して、ひとつひとつの完成までを想像したうえで、実際に作っていただく。外国人は本当に真剣にご覧になっています。たとえば松花堂弁当ではお寿司を五貫握りますが、作り始める時点で完成形が分かっていれば、二貫目までは苦戦したとしても三貫目からはみなさん握れてしまうんですよ」
クラスは最大20名までの少人数制。アシスタントとして付くスタッフは留学の経験や飲食業での経験を活かし、お料理に関してもてきぱきと説明する。「すごくスローに板前が実演し、各参加者グループに1対1でついたスタッフが横で一緒にやれば、本当にみなさんできるようになるんです」
▲アシスタントのスタッフが付ける名札は英字表記だ
あえて形式にはこだわらない。大切なのは和を感じてもらうこと。
▲お抹茶体験も人気の高いメニューのひとつ。お料理体験同様、こちらもまずはお手本から
テーブルの上でのお抹茶体験も『CHAGOHAN TOKYO』では用意している。
「お茶の体験については畳を敷こうかと思ったのですが、外国人にとって正座は辛いので、格式ばったお茶の間ではなく、テーブルの上でお盆とポットを使ってお抹茶をたてる体験に工夫しました。ちなみにお茶はもともと自分たちが輸出を検討していた、とても貴重なものを使っています。お抹茶を自国に戻ってから点てたいという方に、茶筅(ちゃせん)や茶器も販売しています。ここでお抹茶を体験された方が自国で大切なご家族やお友達にお抹茶を点てていただけたら嬉しいですよね」
▲お茶はもともと自分たちが輸出を検討していた、とても貴重なものを使っている
浅草で和を満喫してもらうツアーを地域ぐるみで
そんな『CHAGOHAN TOKYO』が、最近積極的に取り組んでいるのが地域とのコラボレーションだ。
「これまでにお抹茶体験のコースに合わせて和装の着付け体験などは試みていました。最近は色々なお話を頂くようになって、先日、浅草の雷門から人力車に乗って来店するコースのコラボレーションを始めました。まず浅草を観光した後、この店の前まで人力車で移動。お料理やお茶を体験していただいたり、着物を着ていただいたりできるように、と。こういった地域の中でのコラボレーションが始まっています」
台東区が開催する訪日観光客の方へのおもてなし講座で井上さんが『CHAGOHAN TOKYO』の取り組みを話した際には、地域のお店からたくさんの質問やコラボレーションの相談が寄せられたという。
「一軒ではやれることに限界があっても、コラボレーションすれば相乗効果が生まれますし、和の世界ということであれば、人力車や着物と組み合わせたらもっと素敵な日本の文化を体験していただけます」
▲『CHAGOHAN TOKYO』を立ち上げた一人、井上潤子さん
歴史ある下町の職人の世界は厳しく、一般客を相手にしないというスタンスのところもある。一方、そういった道具や手技こそを観光客にも体験してもらえればと考える向きもあり、今、『CHAGOGAN TOKYO』のような交流拠点となりうる場所には多くの期待が寄せられているという。これまでの伝統や格式を伝える一方で、現代のニーズと調和させること。『CHAGOGAN TOKYO』は、その難しさを独自のバランスでクリアしているのかもしれない。
最近では、日本人向けの雑誌にも多く取り上げられるようになり、お店同士のコラボレーションだけでなく、日本人と外国人の交流拠点としての可能性など、さまざまなニーズの高まりを、井上さんは日々肌で感じている。
▲Come In, WE’RE OPEN!(どうぞお入りください!)[/caption]
さまざまな可能性のつまった『CHAGOHAN TOKYO』。オープンから一年が過ぎ、とても慌ただしい日々のなかではあるが、さまざまな新しい動きの真っ只中にいる井上さんはとても充実していて楽しそうだ。
「現在のお料理教室は英語と日本語のみの開催ですが、今後たとえばフランスからのお客様にはフランス語通訳の方についてもらってご予約を受け付けたり。また中国の富裕層の方々向けにも旅行会社さんと企画を進めているところです」
おそらく、これからより多くの国や言語に対応していくことになるのだろう。『CHAGOHAN TOKYO』のおもてなしは始まったばかりだ。
▲浅草駅と田原町駅の間の少し静かなエリア「西浅草」に『CHAGOHAN TOKYO』はある
CHAGOHAN TOKYO**{: .icon-anchor} 東京都台東区西浅草2-17-13-1F 03-6802-8248
文:鈴木 絵美里 写真:Cedric Riveau