【商いのコト】北極星のような道標でありたい。世界中から人の集まる町へ—cafe polestar

成功も失敗も、すべては学びにつながる。ビジネスオーナーが日々の体験から語る生の声をお届けする「商いのコト」。

つなぐ加盟店 vol.66 cafe polestar 東輝実さん

徳島県の上勝町にカフェ・ポールスター(以下、ポールスター)という素敵な店ができたらしい。そう風の噂に聞いていた。

ポールスターとは、北極星のこと。夜空に輝く目印であり、ひときわ強い光を放つ。北極星のようにこの町の発信源でありたい。訪れた日、オーナーの東輝実さんはそう話した。

輝実さんにとって、上勝は生まれ育った町以上の意味をもっている。彼女は自分の店のことより、ほとんど上勝の話をしていた。美味しいお茶が採れること、棚田がどれほど美しいか。訪れたのは3月上旬でまだ田んぼに水は入っていなかったけれど、その光景が目に浮かぶようだった。そしてポールスターは町にとっても大切な拠点であることがよくわかった。

なぜ、上勝なのか。なぜ、カフェなのか。輝実さんの思いを聞いた。

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上勝でもかっこいい仕事をしたい

徳島空港から車で約1時間。山と渓谷のまち、人口約1,500人の上勝町。
町の東部をゆるやかに流れる勝浦川のほとりにポールスターは建っていた。店の佇む風景だけ、輪郭がくっきりしていて違う風が吹いているようだった。

店内に足を踏み入れると、思わず深呼吸したくなる凛とした空気感。それでいて、随所に木が使われているためか、ぬくもりも感じられる。

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輝実さんは上勝に生まれ育ち、高校から大学にかけて故郷を離れたものの、卒業後すぐにUターン。2013年12月に、この店をオープンした。

「中学校3年生の時に、海外の中学生と一緒に船で旅をしながら環境問題について話し合うプログラムに参加する機会があったんです。英語はあまり得意じゃなかったけど、上勝のゼロ・ウェイスト(※1)の話をするとみんながすごく褒めてくれて、それが誇らしくて。将来は上勝でかっこいい仕事をしながら子育てしようって決めたんです」

その時は“かっこいい仕事”が何かまだ定かではなかったけれど、田舎によくある仕事じゃないことだけははっきりしていたと笑う。

「当時、よそから来て働いていた20代の女性がいて、キラキラしてかっこいいなぁって憧れてました。その方も上勝に長くいるにつれてどんどん都会っぽさがなくなっていったんですけど(笑)、その時に上勝でもっとかっこいい仕事ができてもいいのにと思ったんです。デザインの仕事とかクリエイティブな仕事とか」

その思いが、今のカフェには反映されている。上勝ではふれることの少ない文化的な刺激や、背筋が伸びるほどよい緊張感。長靴ではちょっと入りにくいと感じる場所が地域に一つはあってもいい。それが暮らす人たちの気持ちのハリになると輝実さんは感じていて、ポールスターがそんな場所であればと願っている。スタッフが私服ではなくきちんと制服を身に着けているのもそうした配慮から。

だからといって、「できるだけ泥落としてきたんやけど」と入ってくるお客さんを無下にしたりはしない。今、カフェには遠くから来てくれるお客さんもいるけれど、地元のお客さんも多い。年配者や子どもが座りやすいようにとゆったりと腰を掛けられる椅子を置き、店の一角には子どもたちが遊べるスペースも設けている。

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※1:2003年より上勝町では、ゴミを出さないための活動を促進している。

ポールスターのゼロ・ウェイスト

上勝は、日本で初めて「ゼロ・ウェイスト宣言」をした町として知られる。町のゴミを限りなくゼロに近づけるためにリサイクルを進めてきた、環境活動の先進地。町の中心部には大きなゴミ・ステーションがあり13品目45分別される。リサイクル率はなんと79.7%(2017年度)。全国でもトップクラスだ。

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ポールスターでもゴミを出さない工夫を徹底している。おしぼりは必要な人にだけ、シュガーやミルクはもちろんポットで。廃棄が出ないようご飯の量は少なめ、でもおかわりは自由。生ごみはコンポストで堆肥にし、フードマイレージの低い食材を選ぶ、冬は薪ストーブ……などここにすべては書ききれないが、仕入れから販売まで、環境負荷をかけないための対策をいろいろ講じている。

さらには上勝の発信地らしく、食材もすべて地元産かお隣の町のもの。毎朝、輝実さんが産直市場で仕入れてきたものを使うため、メニューもその日の朝まで確定しない。ジャムなどの加工品も地産の素材にこだわり、販売されている食材や調味料も量り売りしている。

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▲地元素材の自家製コンフィチュール(ジャム)

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▲上勝産のお米や地元で焙煎された珈琲豆、調味料を量り売りしている。

母の思い描いた世界を見てみたい

このゼロ・ウェイスト活動を、町役場の職員として進めてきたのが、じつは輝実さんのお母さん、東ひとみさんだった。話を聞くほど、その仕事は職員の域を越えている。公私を越えてリサイクルの先進国であるドイツやニュージーランドへ自費で視察に行き、どうすれば上勝でゴミを減らせるかを考え続けた。今や世界的に知られるようになった環境活動の道筋をつくってきた張本人がひとみさんだったのだ。

「カフェを始めたいと言ったのも母だったんです。将来上勝には世界中から人が集まるようになる。その時おもてなしできる空間をつくっておかなきゃいけないと母は話していました。人が集まって話したり、交流できるようなサロンをつくりたいって」

ところが、設計が完成してこれからという時に、ひとみさんは倒れ、帰らぬ人となってしまう。もともと2人で始める予定だった店。計画そのものを中止にすることもできたはずだ。けれどここで止めてしまったら、母のやりたかった店を実現することは一生かなわないのではないか。輝実さんは、一人でお店を始めることを決意する。

「もちろん、母の思いを受け継ぐという気持ちもありますが、それ以上に私自身が母の思い描いた世界を見てみたかった。それはゴミをゼロにするだけではなくて、母が最後に取り組んでいた循環型の社会を上勝で実現することを含めて。

今まで母は外に出ていろんな人と話をしてきたけれど、これからはこの町で合宿したり勉強会を開いて世界に発信していきたいと話していました。上勝に世界中の人たちが訪れるというビジョンの背景にはそんな理想像があったんだと思います」

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ただのカフェじゃないはずだ

店を始める上で、輝実さんには参考にしている店がある。母とよく通った徳島市内のカフェ。ジャズのかかる大人な雰囲気のこの店に、母はいろんな人を呼び出しては話をし、相談をしてきたという。

「小さな町から何かを発信しようと思うと、やっぱり町の中の人材だけでは足りなくて、いろんな人に関わってもらった方がいい。それを母は実践していたんだと思います。今は逆にうちの店にわざわざ遠くから来てくれる人がいる。その時に大事なのは心地よくいられる場所であることと、心地よく話せる相手がいることだと思うんです。

何度も来てくれるお客さんは、自分の家のようにここでくつろいでくれる。こちらも声をかけたり、時には話し込んだり。それが嬉しい」

カフェでイベントを行うことも増えた。勉強会やプロを招いての演奏会。お客さんに声をかけてもらって器の作品展も行った。愛される店としていい循環ができ始めているようにも見える。

ところが、店のオープンから5年。輝実さんはカフェに向き合う時間が十分でなかったとも感じている。

「2015年からの3年間はNPO法人ゼロ・ウェイストアカデミーの仕事を兼任していたこともあって、この店をどんな店にしていくのか、上勝をどんな町にしたいのか考えたり発信していく面が薄かったとも感じていて。最近、ある方に言われたんです。この店はただのカフェじゃなかったはずだよねって。これからの世の中をどうしたいか、それを上勝からどう始めていくのか。みんなで考えて発信する場として始めたんじゃなかったのか、もっと頑張れって励まされて」

子育てしながら日々店の運営に追われ、思い描いていた夢に近づく歩みが遅くなっていたかもしれないと省みた。

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そこで店に専念できるようになった昨年から、二つの試みを始めている。一つは上勝の暮らしを発信するウェブマガジン「上勝暮らしカル(Kamikatsu Classical)」。

「自分たちも30代になって町のことを最前線で引っ張っていかなきゃいけない年齢なんだなと感じることが多いんです。これだけゼロ・ウェイストは対外的に有名になったけれど、その真の意味を理解している人がどれくらいいるのか、町内でもばらつきがあると思っていて。町も環境も、まずは自分たちが個人の意見をちゃんと持つことから始めようと思って、記名性で記事を書くことにしたんです」

もう一つは滞り気味だった「上勝百年会議」を再開したこと。上勝を100年後、1000年後まで残すために必要なことをゲストを招いて参加者と語り合うオープンな会議だ。

上勝を好きになってくれる人を増やして、多くの人たちと関わりながら生きていきたい。でもそのためにはまず自分たちがしっかり思いや意見をもつ人にならなければ。その上で一緒にやれることをやっていく。そんなマインドを取り戻そうとするトライだ。

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▲地元の企業が手がける新製品。木の繊維でつくられたタオルなどの布のブランド「KINOF」。

また会いたいと思ってもらえるように

小さな町で、人手不足は慢性的な課題でもある。カフェの働き手も例外ではなく、募集しても長く働いてくれる人とはなかなかめぐり合えない。そこで、輝実さんが考えたのは、宿と食事を提供する代わりに、カフェの仕事を手伝ってもらう期間限定のインターン制度。

上勝へは、ゼロ・ウェイストに関心をもち海外から訪れる人も多い。中には節約のために車中泊する若者もいて、輝実さんはその度に、自宅の一室を宿泊所として提供し、その代わりに小さな仕事をお願いしてきた。

「その形で正式に募集しようと思っているんです。WWOOF(※2)のカフェ版のようなものですね。ずっとこの小さな町にいると出会えないような人とも交流できるので、子どもにとってもいいことかなと思っているんです」

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店のことだけでなく、ツアー客や移住者など、町に人を迎えることに対しても熱心だ。県と進めている移住促進事業では、徳島に関心をもってくれる人とフランクに知り合える場をつくろうと自ら交流イベントを手がけた。

上勝がこれからも輝き続けられるかどうか。それは外の人たちといい関係をつくっていけるかどうかにかかっている。

「地方創生や関係人口って言葉を使った瞬間に閉じてしまう出会いもあると思っていて。町に関心のある人とシンプルに知り合って、また会いたい、遊びに行こうと思ってもらえることが大事かなと。誰かに会うためだったら多少遠くても、徳島へでも小笠原へでもみんな行くと思うんですよね」

そう語る眼差しがいきいきしていた。子どもの頃に望んだかっこいい働き方をしながら子育てするという夢は、もうすでに実現できているのかもしれない。

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※2:World-Wide Opportunities on Organic Farmsの略。有機農場で働きたい人向けに、農業を手伝う代わりに宿と食事を提供する。農業体験と交流を目的とした活動。

cafe polestar(カフェポールスター)
徳島県勝浦郡上勝町大字福原字平間32-1
TEL:0885-46-0338
営業時間:月〜金10:00~17:00、土日10:00~19:00
定休日:木曜と月の最終週の金曜日

文:甲斐かおり
写真:藤岡優