【商いのコト】チョコレート専門店で描く福祉の ”NEW STANDARD”

「まずは商品の品質やデザインに納得していただき、そこから作り手などの商品の背景について知っていただく順序を踏まないと、彼らの仕事力や才能は評価されないままなんです」

つなぐ加盟店 vol. 14 NEW STANDARD CHOCOLATE kyoto by 久遠 吉野 大地さん、塩見 茜さん

「まちづくり × 福祉 × お菓子」のアイデアを実現する

京都市内、二条城から程ない距離にある堀川商店街に、チョコレート専門店がオープンしたのは2014年12月のことだった。

まじり気のない上質なカカオに、京都の美味しい素材をふんだんに取り入れたショコラが人気の「NEW STANDARD CHOCOLATE kyoto by 久遠」。日本でも数少ないトップショコラティエ・野口和男氏を中心に「障がいのある人を一流のショコラティエに育てよう」というプロジェクトの第1号店だ。

とはいえ「障がいのある人が作ったチョコレート」という宣伝文句は一切うたっていない。しかも、チョコレート専門店を始めた発端には「まちづくり」があったという。一体どういうことだろうか?

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▲久遠プロデュースの豊富なチョコレートがずらりと並び、それぞれをつまんで試食する楽しみがある。

NEW STANDARD CHOCOLATE kyoto by 久遠がある堀川商店街は、16世紀からの歴史を持つ市内有数の市場であり歓楽街で、戦後に全国初の店舗付き集合住宅「堀川団地」の建設が行われたことで注目を集めたエリアだ。

「ここは僕の地元なんですよ。昔は毎日のように通りも人で溢れ、ものも飛ぶように売れ、賑わいのある商店街でした。ただここ数年は、住民の高齢化と建物の老朽化に伴い閑散としています。

何があればみんなが来やすく住みやすい場所になるだろう?と考えたときに、『お菓子屋さんなら子どもから大人まで楽しめる場所になるな』と思ったんです」

そう話すのは!-style」理事の吉野大地さん。!-styleは「街にひらいた福祉」を理念に、障がい者就労支援活動を通じた福祉とビジネスの融合に取り組んでいる。「福祉を中心に考えたまちづくりを推進すれば両方の課題が同時に解決する」という考えのもと、堀川商店街エリアで活動を続けてきた。

過去には、団地の高齢化問題をテーマに商店街の中心部に入浴介護ができる銭湯を提案。結果的に銭湯は実現しなかったものの、新しいまちのあり方を模索し続けている。そこで次なる挑戦として「堀川商店街リノベーション」のプロジェクトに取り組み始めた。

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▲お店は商店街のアーケード内にある。各店舗の上には「堀川団地」が建ち、多くの人が暮らす住職一体の商店街である。

以前から、!-styleでは他の飲食事業を通じてチョコレートを素材として扱う機会があり、チョコレートの可能性を感じ、店舗展開の手立てを探っていた。

そんなとき、「全国夢のチョコレートプロジェクト」に取り組む「La Barca」の夏目氏から声をかけてもらえたことで物事は動き出した。

「チョコレートは、地域の食材との相性がよくてバリエーションも豊富な点がいいですね。世代に関係なく好まれ、ポテンシャルはものすごく高い。

何より、チョコレート作りは誰でもできる作業工程にまで落とし込むことができるんです。福祉と仕事の視点で考えてみても、相性は良いと考えました」(吉野さん)

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▲KYOGOKU DININGの店内。!-styleでは、地域の人が集う場所として隣接した3つの空き店舗を活用し、飲食店「KYOGOKU DINGIN」、コミュニティスペース「堀川会議室」、目玉としてのスイーツショップ「NEW STANDARD CHOCOLATE kyoto by 久遠」の運営を同時に行っている。

「専門店を始めるならば、より品質の高いものにこだわりたい」。しかしそのために必要不可欠なカカオの仕入れ体制や、プロの製造技術が不足していた。

それを「全国夢のチョコレートプロジェクトに参画すれば、トップショコラティエの力を借りることができる」という考えから、La Barcaとの協働の話が進んだ。

そこからLa Barcaの「久遠チョコレート」のブランドが立ち上がり、製造拠点と販売店を兼ねた「NEW STANDARD CHOCOLATE kyoto by 久遠」が堀川商店街にオープンした。

障がいのある人の「仕事力」を可視化し、発信するためのチョコレート

店舗で製造しているチョコレートは10種類ほど。商品を求めて、遠方からお店に足を運んでくれる人も増えてきた。今では百貨店にも販路を広げ、より多くの人にチョコレートが届く仕組みもできている。繁忙期だとオープン時の5倍まで売上が見込めるほどになっているという。

実は、この「製造から販売までの流れができた」ことが、最も大きな成果だと吉野さんは話す。

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▲一番人気の「京テリーヌ」。抹茶や黒豆、柚子など京都の素材を生かした計6種類がお店に並ぶ。

!-styleの活動は「事業者自体が、障がい者の真の仕事力を見極められず、差別をしているのではないか?」という疑問から始まった。そのため、飲食やものづくりを通じた障がい者就労支援において「福祉的文脈を前面に出さない」ことが方針なのだ。

「まずは商品の品質やデザインに納得していただき、そこから作り手などの商品の背景について知っていただく順序を踏まないと、彼らの仕事力や才能は評価されないままなんです。

だからこそ『障がい者の人たちが作りました、だから買ってください』で勝負をしてはいけない。ビジネスとして一般の流通に商品を乗せることが必要だと考えていました」(吉野さん)

そうした思いが根底にあるからこそ、NEW STANDARD CHOCOLATE kyoto by 久遠では障がいのある人たちの就労を支え、その「仕事力」を発信する場となっているのだ。

それぞれの個性に寄り添う働き方のデザイン

障がいを持つ人たちの「仕事力」。それを世の中に伝えることで、障がいに対する理解を深めるきっかけをつくるチョコレート店を目指す。

そんな想いがこもったキッチンに立つのは、知的、精神、発達障がいを持つ、全9名のショコラティエ。それぞれ異なる個性を持ったスタッフが集まるなか、一丸となってお店づくりを進めている。チームビルディングには、!-styleならではの繊細な工夫がある。

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▲お店の扉を開けると、色鮮やかなパッケージで商品が並んでいる。その向こうにはクルーが丁寧に作業を進めており、作り手の顔が見える空間となっている。

お店の現場を担当するのは、!-styleマネージャーの塩見茜さん。その仕事は多岐にわたり、店舗マネジメントやスタッフの職業指導だけでなく、彼らの生活面や医療機関、関係機関をつなぐサポートまでを担っている。

一人ひとりのケースの把握や、それぞれの仕事や人生の目標を聞いた上で支援プランを作成し、そこにアプローチするための段階を設定。他の料理人やパティシエと相談しながら、日々の課題や担当作業を考え、割り振っていく。

「本人はもちろん、ご家族からもヒアリングしています。苦手と聞いていた作業が実は得意だったりすることもあるので、実際にいくつかの作業を一緒にやってみて、その上でクルーの個性を見極めます。

何か問題が起きたら、なぜそれが難しかったのか、何か他に道具があれば出来たのか、口頭ではなく絵や文字で説明した方がよかったのか。試行錯誤を繰り返していきながら、それぞれにあったトレーニングに入ってもらいます」(塩見さん )

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▲「働く人たちにとって『作業』が『仕事』になっていき、次第に自信と誇りを持ち始めて顔つきが変わった。それまで自分にしか興味がなかった人が、他人に興味を持ち始めた。そんな小さな変化が広がり、自然とチームワークも生まれてきた」と語る塩見さん。

急に1、2人の欠勤が出ても作業行程に影響が出ないようにスケジュールを組み、日々各クルーの状態や変化に寄り添いながらオペレーションを調整している。

「私自身もクルーも悩むことはあります。でも、たとえ『作業がいやだ』と彼らが泣いて帰っても、絶対にまた店に戻ってきてくれるんです。何かをやりたい!という気持ちでいつも来ているんです。

日々色んなことが変化していきます。良くも悪くも、本人もついて行けないくらいのスピードで。それを現場で目の当たりにできるのが何より嬉しいです」(塩見さん)

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▲商品づくりには、見た目や味はもちろん「どのような作業工程があるか」という視点も欠かせない。クルーの「フルーツの切り方」「チョコレートの漬け方」などの独自の工夫が商品の良さを引き立てることも。

クルーの集中力と丁寧さは、質の高いチョコレートを作るために必要なエッセンスでもある。

「刻む・溶かすなど、チョコレート作りの作業行程を細分化したとき、一般的にそれぞれの作業に集中できる時間はほんの数十分程度。でも彼らは数時間ずっと集中できるので、私たちではとても敵いません。一人ひとりの仕事力と個性をどこでどう生かしていくか。それを考えた全体のデザインが大切です」(吉野さん)

シビックプライドを育みながら、商店街の入口となる

オープンして1年半以上を経たいま、この堀川商店街に新しいチョコレート屋ができたことによって変化はあったのだろうか。

「京都以外でもお店を知ってくださる人は増えました。ただ、あくまで地域のためのチョコレート屋さんを目指しているんです。『商店街にはない、新たなお店をつくろう』がスタートだったので」(吉野さん)

だからこそ、店舗には「開放的で、入りやすく、中が見える」リノベーションが施されている。また地域の誰もが記憶している街の風景を壊さないよう、以前の趣きを残すように意識しているという。

一般的に、伝統があるゆえにルールや作法も厳しい商店街において、リノベーションも含め新しいことを実践して認めてもらうまでに時間はかかる。だからこそ、この商店街で育った吉野さんの存在は大きい。

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▲クレジットカードが使えることは、お客さんの入口を広げるきっかけでもある。

「近所のおばあちゃんや、僕が子どもの頃から通ってる飲食店の大将もお店に顔を出してくれます。地元で働くのは難しさがある反面、大きな楽しさもありますね。

お店の知名度が上がることで、この場が地域の人の誇りとなり、お店に立ち寄ってくれる人が増えることで、商店街自体の認知が上がってくれたら嬉しいです」(吉野さん)

過去の賑わっていた頃を知っているがゆえに「いまさら何をやっても仕方ない」と考える人が多いなか、若者が集まることで商店街を元気にしたいと考える吉野さんの想いが少しづつ形になってきている。

昔の「当たり前」を商店街にとり戻すために

「近所付き合いのなかで、老人、子ども、障がい者を問わず互いに助け合う様子が昔は当たり前にありました。だからこそ、将来的には『まちづくり』や『福祉』といった言葉がなくなるくらい、それらの行為や考えが誰にとっても当たり前になることが理想です」(吉野さん)

目的ではなく、結果としての「まちづくり」と「福祉」に。それらが日常化した堀川商店街をとり戻すことが、これからの課題だと吉野さんは話す。 

福祉に対する理解を「仕事力」としてのチョコレートで発信し、場を地域にひらいていくことで、まちづくりにも取り組むNEW STANDARD CHOCOLATE kyoto by 久遠

その店舗名が宣言する目標そのままに、彼らはこれからの働き方や社会における”NEW STANDARD”を着実に築いている。

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NEW STANDARD CHOCOLATE kyoto by 久遠
京都市上京区堀川出水上ル桝屋町28
075-432-7563

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文:鈴木 沓子

写真:久保田 狐庵