ここを訪れる人に非日常的な空気を味わってもらうためには、核となるものが必要です

空間デザイナー、工業デザイナーの嶋田耕介さんが目指したコーヒーショップは、五感のスイッチを切り替えるための非日常空間。一杯のコーヒーの風味だけではなく、口にするまでの過程をも大切にした店づくりを進めてきました。「ZEBRA Coffee & Croissant」のドアを開ければ、新しい何かを発見することでしょう。

コーヒーの可能性と脱日常へのスイッチ

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すべては2010年に訪れた、メルボルンから始まっていたのかもしれません。
 スターバックスに代表される深煎りヨーロピアンテイストのコーヒーに対抗し、アメリカ西海岸では産地や農場にこだわり抜いた「サードウェーブ」が席巻していました。当時、その波はメルボルンにも押し寄せていたのです。
 あるコーヒーショップで出されたのは、ブルゴーニュワインを飲むリーデルのグラスに入ったスペシャルティコーヒー。浅煎りでグラッシー(草っぽい)なそれは色が薄く、ロゼワインのようで、酸味のあるマスカットみたいな、とんがった味でした。
“コーヒーには想像を超えた何かがある”。そう確信しました。

 一方で、ふだんは空間デザイナーとして渋谷を仕事場にしている私は、ふと思い立った時に片道1時間ほどかけてドライブすることがあります。日常のスイッチを非日常へと切り替えることが、私にはとても大切だったのです。

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海外へ旅すると、その五感のスイッチが切り替わる場所に出合うことがあります。ヘルシンキの空港に降り立った時の身を切るような冷たい空気だったり、ニューヨークの高層ビルに響くクラクションだったり。
 都心から1時間ほどで行ける半径40㎞付近で、自分が満足できる、非日常へのスイッチに切り替えられる場所をつくろう。それが店をつくる、発想のオリジンでした。

日本で見たことのない巨大な店舗空間

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都心から半径40㎞圏は、ちょうど圏央道の周辺です。2011年12月。相模原市津久井湖の緑あふれる近くに、空き倉庫を見つけました。1階の天井の高さは5m。“この壁の遠さや空間は、日本ではあまり見かけない店舗になる”。非日常を演出する魅力的な雰囲気に、この倉庫で開業することを即決。早速スケッチと内装デザインに取りかかりました。
 サンフランシスコで、初めて「Square」の決済システムを見たのもこの頃です。まだ店のプランすらなかったのに、つくる前から導入することを決めていました。レジスターのない、カードによる決済。それは未来でした。

 内装は白と黒の空間に統一。そこに、日本特有の無垢材は絶対に使いたいと思っていました。2012年2月初旬。最初に着手したのは、美しい木目をもつ2000枚の秋田杉の切り出しでした。
 製作スタッフとともに、自分たちで床を張り、壁を塗り、キッチンやテーブルをつくる。4月初旬、すべてが手づくりで、敷地面積750平米、店舗面積220平米のスケルトンスペースができあがりました。

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非日常空間にふさわしいモノたち

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ここを訪れる人に非日常的な空気を味わってもらうためには、核となるものが必要です。
 巨大な空間にオブジェとして成立させるため、焙煎機にはポルトガル製のオーダー品を採用しました。焙煎量は1回に15㎏。ショップロースターでもここまで大きいマシンを所有しているところはないと思います。重さは約1トン。圧釜は熱風式で、芯まで火が通りやすくなっています。

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オーディオには1958年製のパワーアンプ・マッキントッシュMC240と、JBLスタジオスピーカーを設置しました。マイルス・デイビスがライブでトランペットを吹いていた時代の息遣いを再現するため、技術者が感性でチューニングする機種を選びました。フラットな音ではありませんが、レコードに収められたエモーションが音圧で伝わってきます。
 そして、キッチンのカウンタートップは900㎜に設定し、それよりも高い位置に置くのは豆のグラインダーとエスプレッソマシンだけにし目線以上の要素を取り除きました。

「LA MARZOCCO」の「リネア」は丈夫で、圧力と温度にブレがありません。ボトムのないフィルターで抽出する際、直接バスケットからエスプレッソが一本の筋になって落ちてきます。いい抽出ができているかどうか、液体の揺らぎや色で見極めるためです。豆の量も通常のエスプレッソの約3倍程使用し、抽出量が45mlになるよう、豆の細かさや詰め具合を設定しています。

一杯に至るまでの行程に価値を見出す

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 ここまで非日常性にこだわったのは、コーヒーだけを目的にするのではなく、この空間に足を運ぶプロセスそのものが、生活を豊かにしてくれるひとつの価値観だと思ったからです。いわば“茶道”のように、一杯の茶を点てるまでの行程にも意味を見出す。それがもしかしたら文化というのかもしれません。
「ZEBRA」には横浜、品川、川崎ナンバーのクルマや、川口ナンバーのハーレーダビッドソン、自転車やバイクツーリングの最終目的地にしているグループもいらっしゃいます。
 それは一杯400円のコーヒー以上の、なんらかの価値を見出していただいているからだと思うのです。

本記事は2015年3月現在の情報です。