悶々としていた僕を救ってくれたのはラテアートでした

大学卒業後、小池司さんがロンドンで出会ったラテアートとコーヒー文化。それは彼の人生に大きな転機を与えました。池袋に誕生したスペシャルティコーヒー専門店はコーヒーに馴染みのない人でも入りやすい、落ち着きのあるカフェ。なにげなく注文した「3PEAKS」は何かを変えるきっかけになるかもしれません。

目的のない人生を救ったラテアート

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 大学でやりたいことを見つけられず、悶々としていた僕を救ってくれたのはラテアートでした。
 大学を卒業し、2年間、ワーキングホリデーでイギリスに留学しました。働くことになったのは近所のカフェ。安っぽいエスプレッソマシンが置いてあり、どうせカフェラテを出すならと、ハートを描いてみることにしたのです。
 店で教えてくれる人はいません。でもYOUTUBEを見れば、うまい人が動画をアップしています。独学で試行錯誤しながら、ようやく形になってきました。
 いつも常連でやってくるお客さんに出してみるとおもしろがってくれて、あるとき「あの日本人が淹れるときれいなんだよ」と、友達を連れてきてくれました。ちょっとうれしくなりました。
 ピックを使う方法もあるのですが、絵心がない僕は、エスプレッソを注ぐだけで描くアートに夢中になりました。左右対称に描くのはむずかしく、シンプルで好きなパターンはいくつかあります。ポイントはエスプレッソを注ぐ角度、位置、タイミング。でも、ひとつできて次のパターンをやろうとすると前のパターンができなくなったりするのが厄介でした。
 ラテアートの大会にまで出るようになったとき、帰国してもバリスタとして働こうと決意し、渋谷にあるコーヒーショップで修業することになったのです。

居心地のいい昔ながらの新しい喫茶店を目指す

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 2014年3月に、ニューヨークで行なわれたラテアート選手権に出場しました。
 ちょうどその年の暮れに、池袋で新しいカフェをオープンする話が持ち上がりました。つくりたかったのは、昔の喫茶店のように居心地がよく、テイクアウトもできて、池袋にはなかったような新しい空間。生活にこだわりをもつような人が集まる、カフェ自体が目的地となるような場所でした。

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そこで内装は木を使ったナチュラルをイメージ。木材倉庫で選んだランダムな木を現場で切断し、一枚一枚削って壁に張っていくことにしました。普遍的で経年変化を楽しんでいこう。手づくり感を出すために、テーブルも木にパーツを取りつけて自作しました。
 コーヒーはもちろん、スペシャルティにこだわりました。しかし、経験の浅い僕は、焙煎まで手がけることはできません。そこで監修を三軒茶屋の「OBSCURA COFFEE ROASTERS」に依頼。豆の仕入れから焙煎まで、以前からその姿勢を尊敬していた柴佳範さんにお願いしました
 喫茶店文化へのオマージュとして、フード・オブ・オリジンになる個性を出すために、「パ―ラー江古田」にパンを焼いてもらうことにしました。以前より馴染みがあって気に入っている店で、頼んだのは人気のハードパンではなく、オリジナルの食パン。トースト用にとお願いしたらびっくりされていましたが、試作を繰り返して全粒粉の厚めのトーストが完成しました。安らぎと口の中でとろける食感を求めた一品です。

自分の主観で選んだシングルオリジン

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豆のセレクトについては、完全に僕が飲んでおいしいと感じるものだけを仕入れるようにしています。
ポイントは豆の個性が立っているかどうか。いま入れているシングルオリジンは、メキシコ、ブラジル、エルサルバドル、ニカラグア、エチオピアの5種類。とくに5種と決めているわけではありません。オリジナルブレンドを加え、季節限定の商品を開発することもあります。
ブレンドは香ばしくしっかりとしたコクのあるボディ。ベリーやフローラルを思わせる華やかさ。このふたつのバランスをその都度変えながら、ベストな状態のブレンドを提供しています。
 そして、エスプレッソマシンはもちろん「LA MARZOCCO」。設定した温度などがしっかりと安定していて、使いやすいのが最大の魅力です。

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3つのフレーバーを比べられる「3PEAKS」

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 おいしさ本位の豆を選んだことで、ラテアートは以前よりも描きにくくなりました。深煎りのほうがミルクとのかみ合わせがよく、絵に伸びが出ます。しかし「VALLEY」で出すコーヒーは飲みやすくて飽きのこないものにしたため、焙煎は浅めです。
でも、それでいいんです。ミルクがメインではなく、コーヒーがメインなのですから。
場所柄、コーヒーマニアではないお客様もいらっしゃいます。とくに土日はかなりの人で、抽出に時間をかけてお待たせするわけにはいきません。そこでメニューはエスプレッソをベースにし、抽出法よりもバランスが安定した商品をお出しすることを優先して考えました。
 とはいえ、できればコーヒーに抵抗がある人にも、ひとつの豆から異なる風味を体験していただきたい。そこでひらめいたのが、エスプレッソ、マキアート、ドリップと、同じ豆で3種類の味が楽しめる飲み比べセットでした。これならばスペシャルティコーヒーの違いを感じていただいて、安定した品質で提供することができます。これは“3つの味の頂点”。店名の池袋を表す“谷地”の対極にある“頂点”を示すことから「3PEAKS」と名づけることにしました。この場所だからこそ、生まれてきたスタイルなのだと思います。
「同じ豆でもこんなに味が違うんだ」「エスプレッソ、やっぱり私はだめ」
人によって受け止め方はさまざまです。でも、その先には必ず何かがあるはずです。
僕がラテアートからコーヒーが好きになったように、コーヒーを好きになる入口、きっかけの店になればと願っています。

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本記事は2015年3月現在の情報です。