【商いのコト】スペシャルティコーヒーを味わう文化をつくる--UNLIMITED COFFEE BAR TOKYO

成功も失敗も、すべては学びにつながる。ビジネスオーナーが日々の体験から語る生の声をお届けする「商いのコト」

つなぐ加盟店 vol.79 UNLIMITED COFFEE BAR TOKYO 松原大地さん

気軽に入れるカフェも増え、コンビニでも挽きたてのコーヒーを手にすることができるようになった。さまざまな地域で個人店も見かけるようになり、飲むコーヒーのバリエーションも広がったように感じる。

そんななか、本当に美味しいコーヒーを飲むことを文化として定着させようと地道に、そして着実に活動しているのが「UNLIMITED COFFEE BAR」の松原さん。

お話を伺うため、東京スカイツリー駅から徒歩1分の店舗「UNLIMITED COFFEE BAR TOKYO」へと向かった。

自転車からコーヒーへ

広い交差点に面した青いビルが「UNLIMITED COFFEE BAR TOKYO」の目印。

扉を開けると木材を多く使った店内に西日がさしていて、ゆったりした空気が流れている。

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待ち合わせの時間よりちょっと早めに到着したので、カウンターでカフェラテを注文。メニューにはコーヒーカクテルなども並んでいて、さまざまなコーヒーの飲み方を提案しているお店だということが伝わってくる。

店内をゆっくり眺めていると、スタッフの方がエスプレッソの入ったコーヒー カップを持て来てくれた。

「注ぎたての触感を楽しんでいただきたいので、こちらでミルクを入れますね」と、目の前で泡立てたミルクをカップに注いでいく。

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カップの中がだんだんと満たされていって、ラテアートが表れる。ふわふわのミルクを口にすると、しっかりとした苦味というよりも柔らかな香りが広がる。

美味しいカフェラテをいただきながら一息ついて2階に上がると、代表の松原さんが出迎えてくれた。

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「1階はコーヒーバー、2階はバリスタトレーニングラボとなっており、バリスタを育成するスクールを開催しています」

爽やかな雰囲気の松原さん。コーヒーとの出会いを尋ねると、意外なところから話がはじまった。

「平日は都内でメッセンジャーとしてバイトしながら、週末は自転車のロードレースに出るっていう生活をしていました。ツール・ド・フランスが夢で、実業団に所属していたんです。当時はレース前にとりあえずカフェインを摂ろうと缶コーヒーを飲んでいた程度でしたね」

同僚にコーヒー好きがいて、エスプレッソマシンの置いてある店へと通うように。バリスタのつくるカプチーノやエスプレッソを飲むようになったのが、コーヒーの世界への第一歩だった。

「まあ、いろいろハマる癖がありまして。70万円くらい貯金をはたいてグラインダーとエスプレッソマシンをボロアパートに設置しました。自分でエスプレッソをつくることにハマってしまったんです」

「特にラテアートがおもしろくて。エスプレッソに泡立てたミルクを注いで、自分の技術だけでハートとかリーフを描くっていうのがとてもかっこいいと思って。スポーツと一緒で、練習を重ねるほどできる絵柄が増えていくんですよ」

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20代前半の松原さんは、メッセンジャーを続けながらレースにも参加。転倒して大怪我をしたことなどをきっかけに、次の道を考えるようになったそう。

「自転車の世界ってマイナーで厳しいんです。これ1本で40代、50代までずっとやっていくのは難しい。別の仕事を考えたとき、コーヒーの世界に入ってみるのもおもしろいと思って、マシンを輸入している会社に入社することにしました」

バリスタが育つ環境がない

エスプレッソマシンなどの営業を担当することになった松原さん。

新しくできるカフェに顔を出していると、従業員にエスプレッソやカプチーノのつくり方を教えてほしいと頼まれるようになった。

「オープン1週間前に2、3時間でお店の人に教えるんです。教えはするんですけど、焼け石に水というか。やはり技術を習得するには時間がかかるもので。そんな状態でもふつうにオープンしてお店が成り立つ、お客さまもそこまでのクオリティを求めていない時代だったんですね」

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働きながら勉強して、バリスタ世界大会の審査員としても活動していた。海外のバリスタと話をしているうちに、コーヒー先進国と呼ばれる国では、コーヒースクールに通って技術を身につけることがバリスタになる第一歩なんだということを耳にした。

「衝撃でした。当時日本には学べる場所がなかったんです。バリスタが学べる環境をつくらないと、世界に追いつきようがない。そう考えるようになって独立したのが、2013年のことです」

ちょうど日本ではブルーボトルコーヒーなど海外のコーヒーショップが進出し、サードウェーブという言葉が使われだした時期。

バリスタを育成するスクール事業で独立をする。周りに事例がないことをするのに、不安はなかったんだろうか。

「自分たちでお店をやるという選択肢もありました。でも教える側に回ってバリスタを育てたほうが何十倍、何千倍の速さで美味しいコーヒーを知ってもらえるんじゃないかと考えて」

「最初は自宅の1階を自分たちで改装して、マシンとシンクを置くという小規模なところからスタートしました。それなりに勉強していたつもりでしたし、いろいろな情報も入ってくる環境があった。逆に日本でスクールをやらない理由のほうがなかったですね」

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スクールをはじめると、ゼロから学びたいという人から技術を向上させたいバリスタ経験者まで、さまざまな人が集まってきた。開始して2年もすると手狭になり、探しだしたのが今の物件だった。

「日本の方、それに海外の方もたくさん来てくれます。最初はふらっと入ると思うんですよ。そんなときにスペシャルティコーヒーというのがあることを知る。そういうきかっけをつくるには、うってつけの立地だと思って1階はカフェにしました」

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今カフェで働いているのは、全員スクールで学んだバリスタたち。店舗をはじめてから4年半、人材募集で困ったことはない。

「いい原料とちゃんとした機材を使ってバリスタができる環境って、少ないんです。問い合わせをいただくことも多くて、先月まではスペインから来た子が働いていました。バリスタを目指してオーストラリアに行く人も多いですね。海外ではバリスタがすごく認められた仕事なんです。日本でバリスタっていっても、なかなか稼げないんですけどね」

バリスタという職種を知っている人は多いけれど、技術を持った職人としては認識されていない状況があるという。

「必要性が認知されていなくて、消費者の方に求められていない。ホールの人がついでにコーヒーをつくっているようなお店も多いですよね。オーストラリアなどコーヒー先進国の人はみんなコーヒーが好きなので、いいバリスタがいる店にはお客さんが集まる。求めるレベルが高いんです」

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美味しいコーヒーは、甘い

日本でコーヒー好きが集まる場所と聞いて思い浮かぶのが、老舗の喫茶店のような場所。そこで出てくる苦くて濃いコーヒーと、松原さんたちがつくるスペシャルティコーヒーはちょっと違うような気もする。

「コーヒーを飲む文化は昔からありますよね。苦いコーヒーに慣れちゃってる人は、スペシャルティコーヒーのようなフルーティーなものを飲むと、あれなんかおかしい、酸っぱいぞって受け入れるのに時間がかかっているところはあると思います」

スペシャルティコーヒーは、苦くなるまで焙煎しなくても美味しく飲める、質の高いコーヒーのこと。高品質なコーヒーをつくる生産者が認められ、正当な価格で取り引きされる流れをつくるために提唱されたもの。

松原さんが審査員をしているバリスタの世界大会も、スペシャルティコーヒーを普及させるためにはじまったものなんだそう。

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とは言え話題のコーヒーショップに行ってコーヒーを口にしたとき、強烈な酸味を感じてびっくりした経験のある人は少なくないかもしれない。松原さんが考える「美味しいコーヒー」ってどんなものなんでしょう。

「審査員をしているバリスタの世界大会ではルールがあって、それに基づいて評価をしていきます。たとえば味覚でいうと甘さ。甘さがどれだけあるかっていうところが大事ですね」

コーヒーで甘さですか。

「苦いとか酸っぱいっていうのはわかりやすいんですけど、甘さは感じにくいかもしれませんね。焙煎前のコーヒーにはほとんど甘さはありませんが、焙煎することで甘みが生まれます。いい原料を適切に焙煎・抽出すると、かすかに自然の甘さが出ます。適度な苦味と酸味、そして甘さのバランスがいいと美味しく感じるんです」

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コーヒーの甘さを感じてみたいと思ったら、技術のあるバリスタがつくるカプチーノやカフェラテを飲んでみるのがおすすめなんだそう。

「エスプレッソってかなり苦いイメージがあると思うんですけど、私たちのエスプレッソはさほど苦くありません。コーヒー本来の甘さを出しているのでフルーティーなんです。そこにちょうど60度くらいまで温めたミルクを入れると、さらに甘さを感じることができます。たとえばミルクだけを温めたものとカプチーノを飲むと、カプチーノのほうが甘いんですよ」

美味しいコーヒーを飲む文化

松原さんの話を聞いていると、身近なようで奥深いコーヒーのことを知ることができてとても楽しい。

スクールでは、一緒にコーヒーを飲んで味覚を体感しながらバリスタとしての技術、そして感覚を身につけていくそうだ。そんなふうにバリスタを育成する場所は、今でも日本にはほとんどないんだとか。

「スクールで学んで地方で開業する方も増えています。チェーン店のコーヒーショップしかない町にスペシャルティコーヒーの店ができると、けっこう流行るんですよ。まだまだチャンスのある世界だと思いますね」

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「だけどどんな業界でも下積みと言うか、勉強する期間はある程度必要だと思うんです。お店をはじめると、コーヒーを淹れてればいいっていうわけでもなくなるので。帳簿をつけたり、掃除をする時間も圧倒的に多いですから」

爽やかにコーヒーを淹れて、提供しながら常連さんと楽しそうに会話をする。雑誌で特集されることも多くなり、コーヒーに関わる仕事が“クオリティ・オブ・ライフ”の象徴的なものと捉えられることもあるという。

「スペシャルティコーヒーを飲む流れを、一時期の流行りで終わらせたくないんです。しっかりと定着させて、文化にしたい。そのためにはしっかり学んだバリスタがいて、いいコーヒーを飲める場所がないといけないと思うんです」

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「日本ってまだまだ美味しいコーヒーが飲めるところが少なくて、大多数がコンビニですよね。僕はこの傾向をポジティブに捉えています。その前は缶コーヒーでしたから。ようやく挽きたてのコーヒーを飲むところまできた」

「コーヒーが好きになったら、次はもっと美味しいコーヒーを飲みたくなる。10年後、20年後はまた変わっていると思います。スキルのあるバリスタがきちんとその価値を認めてもらえる仕事になっていくと思うんです。将来なりたい仕事の上位になったらいいなって、本気で思っています」

コーヒーをつくるというよりも、美味しいコーヒーを楽しむ文化をつくる仕事。

とても地道な道だけれど、松原さんの目には、それがあたり前になった社会がはっきりと見えているように感じた。

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UNLIMITED COFFEE BAR TOKYO
東京都墨田区業平1-18-2 1F
TEL:03-6658-8680
営業時間:火曜 12:00-18:00、水曜・木曜 12:00-22:00、金曜 12:00-23:00、土曜 10:00-23:00、日曜・祝日 10:00-22:00
定休日:月曜(祝日の場合は営業)

文:中嶋希実
写真:オノデラカズオ