【商いのコト】この場所に暮らす豊かさを伝えられる店でありたい--toita

成功も失敗も、すべては学びにつながる。ビジネスオーナーが日々の体験から語る生の声をお届けする「商いのコト」

つなぐ加盟店 vol.76 toita 高野知子さん

仕事はがんばっているけれど、ちゃんと“生活”をしていない。そう感じている人は、案外多いのではないだろうか。お金を得るために働くのは当たり前としても、ゆっくり幸せを感じる時間や、大切なものを犠牲にしてまで仕事を優先していないか。
「toita」の店主・高野知子さんも、そんな疑問を感じて、札幌から今の店がある洞爺湖町へやってきたという。

toitaのお隣にあるパン屋「ラムヤート」の店主、今野満寿喜(こんの・ますき)さんが新しく食品店を始めたいと思ったとき、一緒にやらないかと声をかけたのが高野さんだったのだそうだ。

高野さんが惹かれたのは仕事の内容だけではない。自分の暮らしを見つめ直したかったことと、今野さんたちの自分の手で何でも生み出す生き方に魅了されてのことだった。
10年前に初めて洞爺湖町を訪れた時から、今に至る話を伺った。

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大切なものを犠牲にしていないか、という疑問

日本広しといえど、洞爺湖のような湖はほかにない。真ん中に、ぽこんと突き出た山型の島々が何とも愛らしい。toitaはその湖から歩いてすぐの場所にある。表の木板にはtoitaの文字。中へ入ると、ジャムや調味料などの食品、本や生活雑貨などが並んでいる。

店主の高野さんが各地を旅するなかで見つけた品や、近隣の農家から仕入れたもの、こだわってつくられた少量生産の加工品などを扱っている。

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高野さんはもともと札幌でアパレルの販売員をしていた。洞爺湖町を訪れたのは、10年ほど前のことだ。

「はじめはふらりと遊びに来ただけだったんです。水の駅に立ち寄ったら、ちょうどラムヤートがオープンしたばかりの頃で。こんなところにお店ができてるよって妹と店に入って、今野さんと30分近く話し込んで。面白い方だなぁって」

それ以降も交流を続けてきた高野さんと今野さん。回を重ねるごとにいろんな話をするようになった。

「今野さんたちがなぜ今のような暮らしを選んだのかを聞いてすごく共感したんです。自分たちで薪割りしたり、家の改修もしたり、どちらかと言えば手のかかる大変な暮らし。パンの焼き方も、敢えて薪と天然酵母で、と大変な方を選んでいて。かたや自分をふり返ると、仕事優先で暮らしにはまったく手をかけていなくて。とくにアパレルなので一年先を見て慌ただしく仕事をしていました。周りにもそういう人が多かったんです」

「でも今野さんが、家のローンを返すために子どもの一番可愛い、大事な時期を逃してまで働く意味がよくわからないって仰っていて。それだったら自分で働くシステムをつくればいい。みんなお金を払うために一番大事なものをおざなりにしているのって変じゃないかなって話をしていたのが心に残りました」

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足元の暮らしを見つめ直したい

それでも、すぐに洞爺湖で暮らせるとは思えなかった。農業ができるわけではないし、ほかに仕事も見当たらない。時々休養で遊びに行く場所というままで時が過ぎた。
決め手になったのは東日本大震災だ。その年、高野さんは東京に赴任することが決まっていたのだという。

「でも震災が起きてしばらく転勤が保留になって。ずっとアパレルの世界にいて流行の最先端は東京にあると思っていました。東京の店で働けることが夢で、それを目指してがんばってきたところがあったんです。でも震災から数ヶ月が経った頃、東京へ行きたい気持ちに変わりはないかと会社から聞かれたとき、ハイって答えられなかった。自分の気持ちが変わってしまっていたんです」

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震災で目の当たりにしたことは、高野さんの価値観を大きく揺さぶった。流行ではなく、もっと大切にしなければいけないことがあるんじゃないか。足元の暮らしを見つめ直したいと思うようになった。

「東京でも交通機関が途絶えただけでみんなが歩いて帰らなければならなくなったり、電気がなくて生活がパニックになっているのを見て、便利なことのもろさを感じたんですね。自分の暮らしも、お金を出せば誰かが何もかもやってくれる何不自由ない生活。でもラムヤートの方たちは自分たちの暮らしを自分たちの手でつくっている。そんな彼らの強さに惹かれました」

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▲toita のお隣のパン屋「ラムヤート」

洞爺湖町に人が集まる理由

ラムヤートは映画『しあわせのパン』の舞台にもなった、今や全国的にその名が知られるパン屋さんだ。お客さんも、買ったパンを食べきるとまた次を買いに来るといったリピーターが多い。今は友田さんという2代目のパン職人が、手ごね、天然酵母、薪窯を用いてハード系の食事パンを焼いている。今野さんはこう話していた。

「パン屋は土日祝日しか営業していなくて。売上に上限を決めて、その額に達したらもうそれ以上はつくらない。スタッフにもその空いた時間で別の仕事をつくったらいいよと話していて。僕自身も大工の仕事をしたり、今年からは畑でパンのための小麦の栽培も準備を始めています」

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▲「ラムヤート」店主の今野満寿喜さん

今、ラムヤートやtoitaの周りには、この場所の面白さを知って移住してくる人たちが増え、次々と新しい店ができ始めている。ドーナツのおいしい宿屋「チャシバクINN」、ラムヤートの裏手には18歳のアナンさんが2019年7月にオープンした「ANAN coffee」。アンティークショップ「FIVE FROM THE GROUND」も最近鎌倉から越してきたばかり。

ここも10年前まではとても寂しい場所だったのだと今野さんは教えてくれた。

「たまたま僕たちが住むことになった家が商店街の真ん中で。それなら何か店をやろうかってことでパン屋を始めたんです。それが町で20年ぶりにできた個人店だったらしくて。この地域では過疎化が進んでいて、若い人が道を歩いていただけでその日の夕食の話題になるって笑い話があったほどで」

今野さんが声をかけてここへ移り住むことを決めた人は少なくない。

「誰かの縁で知り合って、何度か会っているうちにいいなぁと思った人に声をかけたりして。高野さんもラムヤートを始めて間もない頃にお客さんとして来てくれて、ずっと仲良くさせてもらっている方でした。近くにおいしい調味料や食品を扱うお店がないから始めたいなと思っていた時、一緒にやらないかって声をかけたんです」

高野さんも、ラムヤートを取り巻く人たちの雰囲気がとても気に入ったのだそうだ。

「ここの方々には包み込んでくれるような安心感を感じて、一緒に働いてみたいなと思ったんです。印象に残ったのはラムヤートの朝礼。これがすごくいいんですよ。アパレルに居た頃も『今週の売上目標は〜』みたいな朝礼があったんですけど、ラムヤートでは日々の他愛もないことをみなが報告し合ったり、その時遊びに来ている人がふらりと参加したり。そういうあったかい感じがいいなぁと思って」

そうして2015年にtoitaが開店した。

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自分が使ってみていいと思ったものを

店の仕入れは、すべて高野さんに任されている。観光で訪れる人も多いため、人気があるのはやはりこの土地にちなんだもの。「洞爺てぬぐい」や「トーヤのせっけん」などのオリジナルプロダクトをつくっていたり、トウキビなど近隣の農家の作物も期間限定で販売している。

「目の前に水の駅があって野菜などはそちらで買われる方が多いので、重ならないよう、品目を絞って仕入れることが多いですね。この地域のものでなくても、自然農にこだわってつくられている小麦粉など、ここでしか買えないものを求めてこられる方も多いんです」

札幌の石鹸メーカー「サボン・デ・シエスタ」とのコラボレーションでつくったオリジナル品が「トーヤのせっけん」。洞爺の大豆でつくった豆乳を原料に「洞爺湖のイメージの香り」を石鹸にしてもらった。パッケージには、ある女の子が高野さんにプレゼントしてくれたという可愛らしい絵が入っている。

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宝石のような瓶詰めジャムは、お隣の豊浦町で新規就農された夫妻がつくった無農薬いちごのジャムと、長沼町の農園でつくられているHIROKA JAM。
仕入れるものに、基準はあるんですかと聞いてみた。

「オーガニック食品などは、自分がきちんとお客さんに説明できないものは置かないと決めています。いいものか悪いものかよくわからないならやめておこう、といった感じですね。それ以外は、自分が使ってみていいと思ったものを積極的にお勧めします。ナンプラーなども自分が気に入ってこれいいよって伝えていると売れるようになって。自分のブームが他へ移るとまた伸び悩んだりするので、そこを調整しながら(笑)」

お店をやるということは、自分が見つけたものを「これはいいよ!」と人に勧める行為にほかならない。だから高野さんの関心は地元だけでなく、いろんな地域に向いている。

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町の人たちが集まる場所としての、店

取材で訪れた際、toitaの前のベンチには一人のお年寄りが座っていた。何をするでもなく長いことぼんやり湖を見ていたが、近所の女の子が走り寄って話しかけると、嬉しそうに笑顔を返した。そんな窓の外の様子を、高野さんがこれまた嬉しそうに眺めていた。

toitaの内装は、ほとんど今野さんが手がけたもので、店の窓の高さは高野さんの背の高さに合わせてあるのだという。店の奥にいても、窓の向こうには洞爺湖の水面が見える。

「ここに一人でいても寂しくないようにって今野さんが窓をつけてくれたんです。お客さんが来る前にこちらに向かってくるのも見えるので心の準備ができていいんです。子どもたちの見守りの意味もありますね」

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店の裏手はちょっとしたイベントスペースになっていて、近く行われるライブイベントのための改修工事が進んでいた。

「やっぱりこういう場所では、毎回同じモノを置いているだけではなかなかお客さんに何度も足を運んでいただけないので、あそこへ行けば何か面白いものがあるよねって思ってもらえるように、2ヶ月に一度はイベントも行うようにしていて。最近では高知の布作家、早川ユミさんのワークショップを行いました」

近所の人たちにとっては、町に一つ必ず開いている店があるのも心強いだろう。とくに冬、町全体が雪にすっぽり覆われてしまうような日はことさら。

「だから、定休日以外は必ず店を開けるようにしていて。今日は誰も来なかったな、なんて日もあるんですけど、それでもあそこへ行けば誰かに会えると思ってもらえていることが大事だなと。今野さんもそれを理解してくれていて、私がどうしても居ないときには別のスタッフにお願いして店を開けるようにしてくれています」

高野さんと話していると、この町に暮らす人たちの日常にお邪魔したような気持ちになった。それが、toitaを訪ねるもう一つの楽しみかもしれない。

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toita
北海道虻田郡洞爺湖町洞爺町85-2
TEL:0142-87-2250
営業時間:10:00~16:00
定休日:火・水

文:甲斐かおり
写真:山田聡美