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【商いのコト】特集:スモールビジネスとテクノロジーの関係 --イイダ傘店

成功も失敗も、すべては学びにつながる。ビジネスオーナーが日々の体験から語る生の声をお届けする「商いのコト」。編集者でライターの一田憲子さんと共に、スモールビジネスとテクノロジーの関係について考えていきます。

つなぐ加盟店 vol.80 イイダ傘店 飯田純久さん

「これは木漏れ日。葉っぱを見上げたらこんな感じでしょう?」「こっちはとうもろこし。輪切りの断面を刺繍したんです」「あれは押し花。押し花を自分で一つひとつ作ってから絵に描いてデザインにしたんです」

イイダ傘店店主、飯田純久さんの説明を聞きながら、傘をひとつずつ広げていくワクワク感と言ったら! 

正直に告白すると、私は「傘なんて」と思っていました。電車で眠りこけ、はっと目覚めて慌てて飛び降り、傘を忘れる。そんなことをなんども繰り返していたので、高価な傘は持たないようになっていました。かといって、500円のビニール傘はすぐ壊れるし、使い捨てをしているようで胸が痛い。「シンプルで、丈夫で機能的な雨の日の道具」。それが、私の今までの傘の定義だったような気がします。

でも……。今回初めてイイダ傘店さんの傘を手にしてみると、「うわ〜、かわいい!」「へ〜、こんな風に見えるんだ」と楽しくてたまりません。そこには、実際に傘を広げ、その中に入って上を見上げた人にしかわからないときめきがありました。「閉じているものが開く面白さ。それが傘の面白いところですね」という飯田さんの言葉に深く納得したのでした。

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イイダ傘店は、雨傘や日傘を一本一本手作りする傘屋さんです。店舗は持たずに、全国を回る受注会を開催しています。私の周りでもファンが多く、傘だけで、どうやってビジネスを成り立たせていらっしゃるのか、いつか飯田さんにゆっくりお話を伺ってみたい。そんな思いがやっとかないました。でも、今回、聞けども聞けども、なかなかビジネスのお話は出てこなかったのです。

美術大学でテキスタイルを専攻していたという飯田さん。「テキスタイルへの興味はどこから生まれたんですか?」と聞いてみました。

「高校生の時にはバンドをやっていたり、あんまりいい学生とは言えなかったんです。バイクにも乗っていて、走り屋の友達も少なからずいました(笑)。それが学校にバレて、謹慎していた時期もあったりして。唯一僕がクラスのために貢献できたのが、体育祭のクラスTシャツを作ることだったんです。小さい頃から絵を描いたり工作は好きで、教科の中で図工と体育だけはいい、というタイプの子でした。でも、当時はインターネットもないし、どうやってTシャツを作ればいいかわからなかった。それでバイクに乗って町に出かけて、看板を探したんです。『オリジナルTシャツ作ります』みたいな。そこで、自分で描いた絵を使って、発注して、みんなからサイズのオーダーを聞いて作るってことがすごく面白かったんです」

それにしても、なんて非効率なやり方でしょう! バイクに乗って作ってもらえるところを探したなんて! でも、これが飯田さんのやり方でした。この後傘を作るようになってからも、ずっとやり方は同じ。「まずは、自分の足で探しに行く」という方法です。

進路指導の時期になっても自分が将来何をやりたいのか、さっぱりわからなかったのだと言います。そんな時先生に「大学に絵で入る方法もある」と美大受験をすすめられ、予備校の見学へ。「そうしたら、ちょっとはまったんです。僕の高校は自分含めチャラチャラした奴が多かったんですが、予備校には美術大学に通うために1年生からずっと絵を描いている人がいた。当然絵も上手いし、それを見て面白そうだなあと思ったんですよね」

結局一年浪人して美大へ。ところが……。「大学に行ったら、今度はダンスのサークルにはまってしまって。ストリートダンスですね。夜中に駅前とかでくるくる回ってるあれです」と飯田さん。かなり本格的なダンスサークルで、部員が100名もいたそうです。ダンサーになりたい、というメンバーも多く、「就職のことを考えなくちゃいけないんだけど、そんなことよりやっぱり次のダンスのステージの方が大事。そんな時期でしたね」と語ります。

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そんな飯田さんですが、卒業制作の時期になってやっと「踊りつつ案を考え始めた」そう。「人と同じことはやりたくないタイプだったので、毎日ブラブラしながら、布のものを探して、のれんを見たり、椅子を眺めたりしていました。そうしたらある雨の日に、ふと傘も布なんだよなあと思ったんです」

これが、飯田さんの傘作りの始まりです。「その頃友達たちはみんなすごく楽しそうに洋服なんかを作っていました。僕は、世の中に出回っている傘を見に行ったんですが、あの友達が作っている服と同じようにワクワクする傘ってないなあと思ったんです」

その時飯田さんが作ったのは、いわゆる機能的な傘ではなく、傘の骨の上に、染めたり、刺繍した布をのせた「作品」でした。

「かろうじて開くような傘だったり、めちゃくちゃ重かったり。美大っぽい感じのアート作品ができましたね」

最初は、市販の傘を分解した骨を使っていましたが、さすがに大変で、電話帳で傘メーカーを探し、「傘の材料が欲しいです」と相談しにいったのだとか。ここでも「足で探す作戦」が始まりました。

「傘って、大量生産なので、僕のような個人はまったく相手にしてもらえませんでした。唯一話を聞いてくれたメーカーさんがあって、そこで特注で骨を作ってもらいました。さらに、もう一軒、三鷹で傘店を営んでいたおばあちゃんも話を聞いてくれた一人。ちょっと有名な方で、テレビにも出ているような傘づくりのプロでした。僕の作った生地のうち、1枚だけ『これなら張れるわね』と言ってくれて」

こうして、なんとか卒業制作は完成し、作品としてはもちろん、「傘」という形にするまでのプロセスが大きな評価を受けました。

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卒業後は、友達とデザイン事務所を立ち上げ、卒業制作でお世話になった傘メーカーから契約でデザインの仕事をもらうようになりました。その後独立。

「卒業制作で傘を作ってから、どこへ行っても傘を見てしまう癖がついていたんです。社会人になって、いろんな展示会を見に行っても、やっぱり面白い傘ってないなあと感じていて。やってみたら面白いかも、という気持ちが少しずつ大きくなっていったんです」

でも、そこで傘作りを「仕事」にしよう!と思わなかったのが、飯田さんらしさ。「週に何回かの契約の仕事を続けながらバイトでもして、死なないぐらいに暮らしていけたらいいかなって思っていました」と笑います。

ここから「イイダ傘店」を始めるまでのプロセスは、またもや体当たり! まずは染工場に相談に行き、隅っこでオリジナルの布を作らせてもらうことに。でも、今度は卒業制作と違って、骨に布をのっけるだけ、というわけにはいきません。

「じゃあ、誰が傘を作るんだってことになって……。作ってくれる人を探してもよかったんですが、人から『自分で作れたら、誰にも真似されない傘ができるよね』と言ってくれて、だったら自分で作ってみようと、ミシンや裁断台など、最低限の道具を買いました」

それから卒業制作のときに会った「三鷹のおばあちゃん」のところに通い始めました。

「自分では勝手に弟子入りさせてもらおう!と思っていたんですが、全然相手にしてもらえませんでした。でも、学生時代から仲良くしていたので、行くとお茶を出してくれるんです。でも、仕事を始めたら出て行かなくちゃダメでした。それで、独学で自分で作ったグチャグチャの傘を持っていったら、ダメなときには『これはダメ』とだけ言ってくれるんです。『これはいい、これはダメ』って指摘してくれて。それで一本作ったら毎回見せに行ってお茶してました(笑)。ここで基本を覚えましたね」

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なんとまた非効率なこと! でも、きっと飯田さんは傘の「作り方」以上の何かを学んでいらしたんだろうなあと思います。次なる問題は作った傘をどうやって販売するか、ということ。ここでも飯田さんは独自の進み方を選びます。

「販売するより前に、まず自分の作品集を出したいと思ったんです。それで、写真を撮ってプリントして製本までやって1冊の本に仕上げました。それを当時一番好きで憧れていたショップに送りました。そうしたら、お店のオーナーがすぐに興味を持って電話をくれて、その日のうちに実物の傘を持って訪ねました。そこで『在庫は持たずにオーダーで作ればいい』とアドバイスをもらって、初めての受注会を開いたというわけです」

この頃には、「傘で仕事をしていくぞ」と腹をくくっていたという飯田さん。自分の作った傘を少しでも知ってもらいたいと、知っているデザイナーの展示会などに傘を抱えて足を運びました。

「きらびやかなレセプションに、怪しげな長い包みを持って通っていましたね。目立たないようにしていたつもりなんですが、やっぱりみなさんの目につくみたいで『なにそれ?』と声をかけられれば、見てもらったりしていましたね。その頃ある人に『もし見てもらいたい会社やブランドがあったなら、一番トップの人に見てもらった方がいいよ』と言われていました。それまでは、小さなところから当たって、徐々に大きな会社へと思っていたのですが、そうか!って思いました。それで、自分なりに考えたトップが、スタイリストの大森伃佑子さんだったんです。じゃあ、大森さんはどこにいるんだろう?って考えて(笑)。いろんな人に『大森さんに会いたい』って言っていたら、あるパーティに来るかもしれないよと教えてもらいました。本当にいらっしゃるかどうかわからなかったけれど、暇だったし傘を持って行ったんです。そうしたら、お会いできて傘も見ていただけました。

その時は名刺を渡しただけだったんですが、3か月後ぐらいに突然電話がかかってきて『あなた傘、作れるのよね? 撮影で探しているからちょっと見せてもらえる?』って。何本か見てもらった中の1本を使ってもらいました。それが『ミナ ペルホネン』の着物に傘を合わせるスタイリングだったんです。その頃雑誌の『装苑』にも出してもらって、値段を聞かれたのでなんとなく答えたところ、売ったことのない自分の傘に2万円という値段がつきました。読者の方から何通かメールをいただいて、数万円の収入になりました。その時って本当に貯金の残高がマイナスになっていたから、傘が売れて生き延びることができましたね」

その後少しずつオーダー会をする場所を広げていきました。

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イイダ傘店の傘は、プリントや刺繍などいろいろな技法で作られています。生地づくりでは、いちばん最初に技法が決まるそう。「たとえば刺繍だと、糸を重ねるから凹凸が出ます。これだったらどんな柄がいいだろう?と布を触りながら考えます。このゴツゴツした感じは海苔だな、と思いついてできた柄が『のり弁』です」

飯田さんは、いつも道行く人がさす傘を見ながら、そこにプロジェクションマッピングのように、作りたい色や柄の映像を頭の中で投影して、傘作りのことを考えているそう。最初は、オーダーから制作まで一人で手がけていましたが、少しずつ手伝ってくれるスタッフが増え、今では6人で役割分担をしています。今のところ飯田さんの役割の多くは、デザイン関係の仕事と職人さんとのつきあい。

「先輩に『ある程度人に任せた方がいい』と言われました。出入りしていた染工場でも社長に『お前はここに来ない方がいい。その代わりちゃんと仕事で注文してくれた方がいい』って言われました。僕は自分でできることはすべて自分でやりたいと考えていたんですが、そうじゃないこともあるんだと知りましたね」

こうして、傘を作り続けて今年で14年目。飯田さんは「まだまだ自転車操業で」と言いますが、ファンが育ち、認知度があがってきていることは事実です。

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それでも飯田さんはこう言います。「傘を買ってもらわなくてもいいと思ってやっているんです。もちろん買ってもらえたらうれしいんですが、あんまり数字みたいなところは気にしないように……。『オーダー会に行ってみたら、楽しかったからまた行こう』って思ってもらえるところを目指してやっているんです。お店のドアを開けるなり『この前買ったから今日は買わないけど、また来ちゃった』って言ってもらえると嬉しいですね。買う気がないのに、悪びれずに、キャッキャとはしゃぎながら、どんどん傘を広げて、堂々と帰っていく。そんなお客様を眺めていると嬉しくなっちゃいます」

今回のインタビューで、飯田さんの口からは「ビジネス」という言葉は一度も出てきませんでした。でも、お話を聞いているうちに、これこそ一番確かな「ビジネスの形」なんだなと思ったのです。飯田さんの傘作りは、とことん非効率でした。でも、非効率だからこそそのプロセスの初めから終わりまですべてが飯田さんの見つけ出したオリジナルです。傘のモチーフひとつから、刺繍や染めなどの生地、持ち手の素材や形から、「オーダー会」という販売方法、そして手に取った人が傘を広げて味わうワクワク感まで、すべてが「イイダ傘店」にしかないものです。だからこそ、人はここに集まり、1本手に入れた人はまた別の季節の別の柄で、新しいワクワク感をもう一度味わいたくなる……。

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今は、東京、福岡、京都、神戸を中心にオーダー会を開き、その合間にいろんなお店でのポップアップショップを開催。毎年新柄を発表しています。「布を作るのって意外に時間がかかるので、1年前ぐらいから準備に取り掛かります」と飯田さん。東京のアトリエの1階では、不定期にお店も開くようになりました。さらに、傘と同じ生地でポーチやバッグなども制作して販売。ずっとアナログの経営でしたが、ようやく最近カード対応のためにSquareを導入しました。

「今は、限られた会期の中だけなので、もう少しだけ使ってもらいたい人のもとへたくさん届けられればいいなと思うようになりました。僕が若い頃やっていたバンドもダンスもリアルタイムに見て聞くのがいちばん伝わると思うんですよね。傘屋もそれときっと同じはず。だからオンラインでどこでも誰でも、というよりも、実際に足を運んでもらって傘を手にとってもらいたい。ビジネス視点での判断に背を向けながら、どこまでやっていけるか挑戦ですね」

傘を広げたら、自分の頭の上の世界が変わる。「イイダ傘店」のビジネスの種は、そんな「見上げる体験」なのだと思いました。

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イイダ傘店
東京都武蔵野市吉祥寺本町4-28-2
アトリエのオープンに関してはInstagramで最新情報をご確認ください。

文:一田憲子
写真:木村文平