仕事と子育て、理想のバランスを自分でつくるには --ママはビジネスオーナー イベントレポートvol.1

12月のよく晴れた昼下がり、日本家屋をリノベーションした懐かしい雰囲気のカフェに女性たちが集まってきた。子ども連れで来ている人も多い。

東京・文京区千石にある「庭の家カフェひだまり」。この日は貸し切りで、Square主催のイベント「ママはビジネスオーナー〜子育てしながらの働き方としての起業〜」が行われた。

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皆の前で起業の経験を語ったのは、子育てにも仕事にも全力投球したいと喫茶店「あぶくり」をオープン、6年間の営業の後に惜しまれながら閉店し、現在は「神田川ベーカリー」の経営に携わる嶋田玲子さん。聞き手は、会社勤めに息苦しさを感じて税理士として独立し(現在は税理士法人化)、最近では自著も出版した田村麻美さんだ。

会社員からカフェ経営者に転身した経緯や、未経験で飲食店の経営を軌道に乗せたポイント、理想とした子育てと仕事のバランスをどのように実現したかなど、専門家として多くの経営者に接し、自身もママである田村さんならではの視点で嶋田さんに切り込んだ。

自分が働きやすい環境は自分で作る

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▲嶋田玲子さん

カフェを始める前は、自動車メーカーでデザイナーとして働いていた嶋田さん。2人の子どもを保育園に預けながら時短勤務で働くというスタイルでは主体的に仕事を進めることができなくなったことが、独立を考える契機になった。

「自分が働きやすい環境を自分で作るしかないなと思って会社を辞め、『あぶくり』というカフェを開業することになりました」(嶋田さん)

保育園に迎えに行くために5時には会社を出なければいけないが、5時以降も会議が行われる。そういう場に参加できない嶋田さんはやりがいを感じられる仕事に携われなくなり、サポート的な業務が増えていった。そんな日々に悶々とし、会社の中では状況を変えることができないと悟った嶋田さんは、新しい環境を切り開くことを決意した。

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▲田村麻美さん

税理士として独立開業の難しさをよく知る田村さんは、家賃などの固定費がかかるカフェをやろうと考えたのはなぜか?と問いかけた。

「もともと『食』に興味があったのと、私は田村さんのように専門的な資格を持っているわけでもないし、会社を辞めてそのためにできることはカフェしかなかった、ということなんです」(嶋田さん)

嶋田さんは食にはとても興味があったが、料理や飲食店経営の専門知識はなく、最初は「1年くらい料理やコーヒーの勉強をしたい」と考えていたそう。でも、「そんな風に考えてたら、一生お店やらないよ」という夫の言葉を受け、会社を辞めて4カ月後には「あぶくり」を開店した。「ほとんど何も揃ってない状態で始めちゃって、あとはやりながら全部学んでいった」というのが実情だ。

嶋田さんが未経験でもスタートできた原動力には、前職の仕事で得た自信があったようだ。

「いろいろな人とチームを組んで一つのクルマを作るということをしてきたので、クルマがカフェに変わったというだけなんですね。そこは、自信があった。それだけなんです」(嶋田さん)

開業に必要な資金、続けるのに必要な毎月の売り上げは?

嶋田さんは「あぶくり」の経営を6年続けたが、田村さんによれば、お店を開いても3年続かないのが一般的で、1年以内に閉じてしまうケースも多いという。失敗のパターンで多いのは、はじめから固定費をかけすぎて売上でそれを回収できず、続けられなくなってしまうというものだそう。

「税理士視点で考えると、お金がなくなってしまうと事業を続けたくても続けられなくなってしまうので、最初に考えられる固定費は洗い出しておいた方がいいかな、と思います」(田村さん)

嶋田さんの場合、開業にはどのくらいのお金がかかったのだろうか。

まず店舗は、自宅とお店と保育園がすべて徒歩15分圏内という条件を設定し、不動産屋に行くのではなく、とにかく自分の足で近所を歩いて空き店舗や空き家を探したそう。最終的には、当時住んでいたマンションの管理人の紹介で希望に叶う物件に出会うことができた。家賃交渉もしたそうだ。

「お金のことを考えてなかったとはいえ、まず家賃を値切りました(笑)。そうしたらオーナーさんにも、子育てしながら地元密着型でやりたいという私の思いを理解してもらえたようで、『地元で頑張ってくれるならあなたに貸すし、その分ちょっとお安くしてあげる』と言ってもらえました」(嶋田さん)

物件が決まり、最初の内装や設備にかかったのは300〜400万円くらい。行政の創業融資制度も利用した。飲食業の場合、何千万もかけるケースもあるが、嶋田さんは意識して初期投資を抑えたそうだ。

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▲参加者たちは、お金のことも含むリアルな起業経験に熱心に聞き入った

お店の他にもう一つ、嶋田さんが初期投資として捉えていたのが、スタッフの雇用だという。

「子どもが風邪を引いたらお店を休業、というわけにはいかなかったので、投資として人を雇うことは最初から決めちゃいました。それと、私が休んでもお店が回るような仕組みを、最初から心がけてきました」(嶋田さん)

ここから田村さんが、シビアに費用と売上の試算していく。

「家賃が毎月15万くらい、スタッフを二人雇って一人あたり6万円だとすると、家賃と人件費で毎月27万円と。あと水道光熱費、仕入れの原価と考えると、最低でも50万円くらいは出ていくということですよね。単純に50万円は売上として獲得していかなければいけないわけです」(田村さん)

客単価は平均1100円くらいだったので、50万円÷1100円で1カ月に454人、週当たり113人、定休日なしで週7日営業する場合、1日当たりでは16人の顧客を獲得しなければいけないことになる。

「あぶくり」の場合は1日40人くらいのお客さんが来ていたので、固定費をきちんとまかなえていたということだ。

クルマづくりもカフェも、まずはターゲット設定から

「1日あたり平均40人くらいのお客さんが来ていたというのは、立地のセンスや、提供しているサービスや飲食物がすごく良かったということですよね」と、田村さんは嶋田さんの経営力に感心しきりだった。

成功の鍵は顧客ターゲットの設定と、それに合わせた商品・サービスづくりにあるようだ。

「クルマを作るときは、まず最初にターゲットを決めるんです。それによってどんなクルマを作るのかが決まっていくので。ターゲットを設定するのは結構得意だったので、『あぶくり』というお店でもまずはターゲットを考えました」(嶋田さん)

「あぶくり」の周囲には私立の小学校がある。嶋田さんはそういった学校に子どもを通わせるお母さんたちや、近所のフラダンススタジオに通う50〜60代の人たちなどを平日のターゲットに、お休みを利用して遠方からわざわざ来てくれるような人たちを週末のターゲットに設定。その人たちが喜ぶようなメニューを考え、それに見合う値付けをしていった。逆に、リーズナブルなものを求めるサラリーマン層は、最初からターゲットにしなかった。

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「例えば体にいい野菜がバランスよく入ったサンドイッチなど、ターゲットの人たちが喜ぶことを考えて、ひとり1,000円以上の客単価を設定しました。単価を低く設定しちゃうと、食材にお金をかけられないからそれなりの料理しか作れなくなります。うちのお店はまず良いものを使う。きちんと良いものを使っているから、いい値段を取る。そうすると、そこに価値を感じてくれるお客さんがついてくれるんです」(嶋田さん)

ちなみに、6年間で顧客とトラブルになるようなことは一度もなかったという。それも、ターゲット設定の妙なのだろう。

後編に続く

文:やつづかえり
写真:和久田知博